第03話 王位争奪戦


 普通に大学生活を満喫していたと思う、普通に友達も出来て、人間付き合いもそれなりにあって、成績はまあ普通だったけど、そこそこ楽しくやっていた。

 髪の色で不良に目を付けられたこともあったけど、絡まれて、気付いたら血まみれのボコボコになってたし、俺が。 生まれ付きなんだからしょうがないじゃんなんて思ったりもした。だけど少し気に入ってもいる。普通な俺に唯一の普通じゃないところだから。

 彼女は出来なかったけど、恋も出来なかったけど。普通に楽しくはやってはいたんだ。ゲームだって漫画だってアニメだって普通に見ていたし、スポーツも見てた。漫画家になろうぜと誘われて試しに描いたら女の子が異形の生物になってしまって、ドン引きされたこともあった。


 人から受けたものはちゃんと返したい主義だし、返さないと心が死にそうになる。親にだってきちんと恩返しが。一族から浮いていて嫌煙されながらも俺を育ててくれた親に。

 昔から見たくもない一族のゴタゴタを見ていたから、人の事は良く見ているつもりだ。優しい人は顔を見れば分かる。逆にいやらしい考え、目障りだとか思ってるのも分かる。それのおかげか、人間関係は上手く立ち回っていた。


 そんなごく普通の人間である俺、近藤銀二の楽しみであった成人へなる日は、ひっそりとお酒を嗜んでみようと思った。それだけだったのに――。





「んあ」




 眠っていた。あれ、確か死んだんじゃ……。火の玉が当たった顔の形が変形していないか確認すると髪が少しチリチリになっている。死んでは無かったみたいだ。

 木陰に寝ている。風が気持ち良い。ここに寝かせてくれたのだろうか。


 ちょっと整理してみよう。俺は異世界へ転移した、ということなんだろう。騎士も魔法も存在している。飛び道具が当たらないらしい? 特殊能力が身についてる。持ち物は無いに等しい。今はマルトアレという北の国へ居るらしい。


 ……それしかまだわからない。


 整理もクソもない、情報が無さ過ぎる。


「はぁ……」


 小さくため息が漏れる。空を見てみると綺麗な青空がどこまでも広がっている。この空を日本人は何処かで見ているのだろうか、それとも日本なんて国はここには存在してないのか。


 ……ずっと寝て考えているわけにもいかないので体を起こす。

 少し先に倒れた場所が見える、そんなに離れてなかったみたいだ。


「ん、起きた?」


 俺が寝ていた木のすぐ横で腰掛けて弓の手入れをしていたらしいフィリアがこちらに顔だけを向けて確認をする。

 ただの動作なのに思わず二度見してしまった。理由は簡単だ、フードを取っていたからだ。先ほども少し見えてはいたがちゃんと見ると本当に綺麗な顔をしている。目鼻立ちがくっきりしてて、長いまつげとパッチリした深い青色の瞳は吸い込まれそうな程に澄んでいる。髪はセミロングくらいだろうか水色だと思ったが青寄りの水色って感じだ、サラサラで風で揺れている。


「最初に謝っておくね、ごめんなさい。体は、大丈夫そうね。髪が……ちょっとあれね。残念なことになってるけど他は無事みたいでよかった」

「……」

「ん、大丈夫?」 小首を傾げる。その動作だけでも絵になる。写真撮って額縁に飾って家宝にしたい。

「ホントに大丈夫?」


 片手を軸に身を乗り出して体を近づけてくる。そんなに近いわけでもないが驚きすぎて

「へい!でぃ丈夫!」

 なんて大丈夫では無い返事をしてしまった。なんでこんなにドギマギしてるんだ、俺は。女性と話すことは何回かあっただろう。グループで遊んだこともあっただろう。それの延長みたいなものだろう。なんでこんなに緊張しているんだ。


「なんだか変わった人ね」 


 そんな笑顔を俺に向けないで、何か、何かが爆発しそうだ。あばばばば……。


「そういえばさっきの事だけど、大体の予想になっちゃうんだけども、多分『固形がある飛び道具を回避』する感じなんじゃないかなって、火魔法はダメだった、だから雷魔法もダメだと思う。あと風魔法もダメかな。土と水、というより氷は多分躱せるはずよ」


 確かに、かまいたちみたいなので頬も切ったし、火魔法も顔に当たった。納得はできる。


「どうせなら全部回避の方が良いのになんでこんな中途半端なんだ……」


 すでにこの状況を受け入れ始めてる自分がいる。しょうがないさ、こうでもしないとストレスで胃が死ぬ。


「そんなことないよ、だって弓矢とかは当たらないってことだよ? それだけでも十分過ぎるくらいだよ」

「まあ、そうかもしれない」

「そうだ、ちょっと着いてきて」


 急に手を掴まれて、ドキッとしてしまう。柔らかくてすべすべしてる。弓を撃ってる手とは思えないほどに綺麗な手だ。女の子と手を繋いだのなんて何時振りだろうか、小学校の遠足の時だっただろうか。

 そのまま引かれるままに着いて行く。曲がり角で積荷を確認していたファルテの所へ連れていかれる。


「兄ちゃん、ちょっといいかな」

「なんだ? あ、ギン起きたね、良かった。フィリア、大事な話じゃないならまたあとに」

「いえ、結構大事、一段落したらギンを寝かせたところへ来て」

「はいよ、すぐ行くよ」


 あれ、ギンって呼ばれてる。あだ名で呼ばれるのはなんか嬉しいけど兄ちゃんって呼ばれているのを聞き逃さなかったぞ、羨ましい。


「あのさ、ギンは何処かへ行く予定とか、何かあるの?」

「いや行く当ても、行先も、これからの行く末も、何もかも真っ白だ、どうすればいいのかもさっぱりだよ」


「そう、良かった。じゃあ私達の家族になってよっ」



 ……かぞく……? カゾク? 華族、家族……家族!? 今の告白!? すっ飛ばし過ぎじゃない!? 今日初めて出会ったばかりだよ!? 握られている手から変な汁がドバドバ出ている。フィリアは気持ち悪くないのだろうか、離すに離せなくて申し訳ない気持ちになる。


「え、どういうことなの? いいの……?」 


「うん、もちろん」 花丸笑顔が素敵、もう良いってことだよね?


 ……。


 ……いやいや、待つんだ、軽率に動いてはダメだ。ここは日本じゃない日本の考えが普通と思うんじゃない。これは罠だ。Trap……。


「あれでしょ!? 仲間になってとかそういうやつでしょ!?」

 そうだ、そういうやつに違いない、違ったらごめん、一世一代のチャンスを逃したかもしれない。俺は生きていける気がしない。


「ん? そうだよ?」


 心でガッツポーズ。よし、きたぁああああ! あぶねぇ……危うく兄さんにハチの巣にされるところだった。いやそんな人なのかもまだ知らないんだけども。


「…………ぁ……!?」 俺の様子を見て、言動を思い返していたのだろう。少し考えて変に捉えていたのに気付いたようで顔が真っ赤になって手が離れる。名残惜しく感じて俺の手は空を切る。

 一方フィリアの両手は、頬へ当てられて、目が泳いでいる。目の中に渦巻きが出てるような、『はわわわわ』とか効果音が出てそうな様子だ。


「そ、そうじゃなくて、そう、そうなの仲間に、なってってことなの! えっとあのその、家族ってそういうのじゃなくて、そうじゃなくもないけど……あの……」



「……」 眼福。心の中で合掌。




「この国、水魔法の国に来てくれないかってことだよね」 

 ファルテは用事が終わったようでこちらに来てたみたいだ、タイミングよく助け舟に入る。



「あ、兄さん」 口が滑る。

「誰が兄さんよっ!!?」

 ペシッと肩を叩かれる。痛くない。まるで猫がじゃれ合って来てるような気持ちに浸る。


「はっははは、ギンジは面白いね、ホントに兄さんなっても良いかはこれから見定めるとして、本題を聞こうじゃないか」

「んん、そうね」 と軽く咳払いを挟んで気持ちを切り替えたのだろうけどまだ耳が赤い。完全には拭えてはいなかったみたい。 「ギンをこの国に入れたいのと、その回避能力を使いたいってこと」


「まあ、そうだろうと思ったけどね、半分は使いたいで、半分は使わせないってことかな。恐らく魔法は水と土にしか作用しないから、使われでもしたら厄介極まりないからこっちにおいておきたいってことだよね」

「……うん」

「ということなんだけど、ギンはどうかな?」



 そんなの即答に決まってる。

「入るよ、入らせてもらう」


 どこに行けば良いかもわからない、人も良さそうだから、と言うのは建前で。


 さっきまで何だかんだ文句を言っていたが、こんなどこの馬の骨かも分からない奴を拾って来て、野放しにして、手当もしてくれる。そんな国がどこに存在するんだよ。普通なら牢屋とか木に括り付けたり拷問したりするもんだろう。それすらしない。最初は警戒こそしていたが面と向き合って話してくれてたし、今はもう警戒すらしてないだろう。この国の人は優し過ぎるんだ。

 以前にもこの優しさが原因でトラブルが起きてた風だったし、それでも招き入れるのは国柄、人柄が良いんだろうな。ここにきてまだ数時間だが、この国が、人が好きになってるみたいだった。


 良く分からないものを押し付けられたけどこれを必要としてくれる人がいるなら答えるべきじゃないか。これがあったから出会えたとも考えられる。


 用途は分からないが、酷い使い方はしないと確信している。そもそも人殺しとかそういうのに使えないんだけどさ。


 最初にマルトアレと出会った時点で、この国の為に何かしないといけない運命だったんだ。


 理由もなくあそこへ転移してくるわけがない。そうじゃないか?



 それに――。



「わかった、ありがとう」


「ギンは記憶が無いらしいから説明しておくよ。『僕達の水魔法の国、火、土、風、雷の五属性』の国が『王を決める継承戦』というものが近々行われるんだ。簡単に言えば五つの国で戦争ってことだね」

「王様が亡くなる度に行っているんだけど、王だけじゃなくて序列も決まってしまうんだ。今は4位。そして現王は火」

「勿論上に行けば良く程、裕福な暮らしができる。それに国の決め事も優位に進めることも出来る。だけど独裁に走りすぎると反乱が起きたりでロクなことにならないから、その辺は王になる人の手腕次第かな」

「そして、大事な事がもう一つ、無差別に殺戮を行って国を亡ぼす訳にもいかないから『各国一人の大将を決めて、その人の首を取る。』これが大まかなルール」

「その大将をギンにやってもらい、と言いたいところだが、リーダーや王様の親族じゃないといけなかったりするんだよ。つまり今回はフィリアになっている」


 まじか……。


「簡単に言うとフィリアを全力で守り通し、そして全力で相手の首を取りに行けば良い。ということになるね」

「手伝ってくれるかな……? 断っても大丈夫なんだけど……。正直なところ関係ない人だから無理強いはしたくないんだ」

「手伝うよ、手伝うに決まってるだろう」

「いいの? 命に係るかもしれないんだよ? 大人しく街で暮らしてても大丈夫だよ?」


 既に街で住む話になってるのは本当にお人よしと言うかなんというか、能力をよそに渡さないってだけじゃなく俺自身を案じてくれている。

「能力を持っているのに後ろから見てるだけなんてしたくない」

「そうか、分かった。ありがとう。じゃあよろしく頼むよ」

「こちらこそ」



 握手を交わし決意を固める。




 さて、それじゃ人助けのついでに国助けもしてやろうじゃないのさ。


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