瓜野里さんの不祥事

 瓜野里さんは私もお世話になっている、数少ない地元の歯医者である。今日はその瓜野里さんから聞いた面白い話をしよう。

 ある日、都会の大きな歯科医院に努めている頃である。そこへわが国の誇れる大物俳優、浅野康二がやってきた。そして幸運なのか不運なのか、担当は当時働き始めて間もない瓜野里さんとなっていたのである。

「最近、歯がうまく磨けているか心配になってね。一度プロの方に一掃除していただこうと思いまして。」

「そうでしたか。では始めに、汚れが残りやすい場所を確認するために、赤い特別な液を使って検査していくことにします。」

虫歯だ、などと言われたらどうしようかと心配だったからか、瓜野里さんは歯の掃除と分かってほっとした。

「はい、じゃあ赤い液を付けていきます。」

口をゆすいだ後で、赤い液が残っている場所に、汚れがあるということだという。

「椅子を起こします。しっかりお口をゆすいでください。」

まさか。こんな歯並びの良い大物俳優の歯に、汚れなど残っているはずないだろう。瓜野理さんは確信していた。

「では、この鏡で確認していきましょう。こちらを。」

「緊張するねぇ。」

緊張しているのは、決して浅野さんだけではなかった。


 鏡に浅野さんの男前な顔が映ると同時に、衝撃が走った。歯が美しく赤色に染めつくされている。探しても探しても、歯の本来の色には到底及ばなかった。

「どうだね?もう少し口をゆすいだ方がよかったのかな。」

「ええ。えっと、はい。もう一度、お口をしっかりゆすいでいただいてよろしいですか。」


 2回目も同じだった。間違っているところを指摘したのに、直さずに提出された宿題のノートを見るかのような感覚に近いはずだ、と瓜野里さんは言っていた。

「どうだね?」


・・・・・・・・


「これはお掃除も必要ありませんね。きれいに赤く染まってますから、汚れているところは見当たりません。」

「そうか、そうか。それは良かった。わざわざありがとうございました。」


 瓜野里さんが、赤い色は掃除しないと落ちないことを思い出したのは、とっくに浅野さんが歯科医院を後にした時だったそうだ。

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