ほしとつき

花 千世子

ほしとつき

「巨大隕石が衝突……?」


 僕はそう呟いて、左手に持ったチョコバーを落としかけて、床に落ちる直前でキャッチ。


 ――してくれたのは、手のひらサイズの小さな子どもような姿をしたアンドロイド、ピクシーだった。


「ナーイス!」


 ピクシーは自分で自分を褒めてから、その体にはまるで丸太のように見えるチョコバーを僕に渡してくれる。


「ん。ありがと」


 僕はチョコバーの袋を開け、そしてさっきまで映し出されていた画面が消えていることに気づき、ピクシーに言う。


「ピクシー、ニュースに戻してくれる?」


「いぇす、まいろーど」


 ピクシーの声がしたかと思うと、目の前にニュースの画面がでかでかと表示された。


 そこには、黒い服を着た女性キャスターが淡々とニュースを読み上げている。


『――の発表では、巨大隕石が激突することが分かっており、生態サイクル循環システムを搭載した巨大宇宙船団で地球から14光年先にある、人類の居住が可能だと有力視される「惑星ケプラー452b」に今日のお昼前に出発予定です。到着まで120年かかるものの、コールド・スリープ技術は未完成なため、その間の生活は船内で――』


 僕はチョコバーをかじりながら、ぼんやりと画面を見つめた。


 なんだかキャスターの女性の服が、喪服のようだ。



 今の状況を三行で説明するとこうだ。


 ・地球に巨大隕石が近づいている。そろそろ衝突しそう。

 ・だから外宇宙への亡命のため、宇宙船団に日本は抽選で二百万名をご招待!

 ・僕はその抽選にもれた。


「やっぱり死ぬってことじゃん」


 そう言ってため息をつく僕の隣で、ピクシーは「ほーーーーーー」と己の映した画面を見ている。


 つい昨日まではテレビでは、宇宙船団のことに触れてもいなかったくせに。


 おまけに宇宙船団は今日の午前中には出発するらしい。


 なんでも、一回きりしか使えないものすごいやつをつかうから、短時間で太陽系外に出られるとか。


 そんなすごい技術をつかうってことは、本当に隕石は衝突するんだなあ。


 変に納得しつつ、残りのチョコバーをすべて口に入れた時、ふと思う。


 そういえば、月奈つきなは抽選に当たったのだろうか。


 きれいな恋人の横顔が頭にぽんと浮かぶ。


 その横顔は、まるで神様の最高の傑作かのようにきれいで、常に彼女にはスポットライトが当たっているみたいに輝いているのだ。


 うん、月奈は抽選に当たったのだろうな。


 だって、小さい頃からビックリするほど運が良いしなあ。僕とは正反対。


 それで最近、なんだか忙しそうにしてたのか。宇宙船で暮らすための準備とか手続きとかあるんだろうなあ。



「死ぬのか」


 そう呟いてから、僕はベッドに寝転ぶ。


 死ぬって実感がない。


 むしろ、去年、ビルから落下してきた植木鉢が僕の真横をかすめた時のほうが、死ぬかもって実感あったな。


 あの時も、月奈がそばにいたから、きっと僕まで運にあやかれたのだ。


 月奈は僕と違って、運がいいだけじゃなくて、かわいいし勉強も運動もできるし、やさしいし、料理もできるし、僕にはもったいないくらいの彼女。


「月奈と付き合うことで、僕の一生分の運を使い果たしたのかもしれない」


 そう考えると妙に、納得できてしまうから悔しい。


 確かに彼女みたいに有能な人が、抽選に当たってどんどん子孫を残していくほうが……。


 僕はそこでガバッと起き上がる。


「ダメ! それはダメ!」


 将来は月奈と結婚をしたいとこっそり思っていた僕としては、この現実は辛い。


 できることならば、月奈にも独身を貫いてほしい。


 これは僕のワガママなのだろうか。


 そんなことを考えてため息をついたら、ぐーきゅるきゅると腹の虫が。


 緊迫感、台なし。


 もうすぐ死ぬっていうのに、腹は減るのか。


「そうだ!」


 僕は勢いよくベッドから降り、狭い台所へ向かった。


 そして、棚からカップラーメンやらレトルトカレーを取り出し、それらをすべて調理する。


 お湯をわかすだけで調理と呼べるのか疑問だが。


 しかも、「ピクシー、お湯沸かしてー」と言えば、電源が自動的に入る仕組みだし。

 

「今日はもうパーティーだ。買い置きした食材、全部食べてやる!」


 僕はニヤリと笑って、冷凍庫からアイスクリーム(ファミリーパック)も取り出した。


 一人暮らしだと、こういうことができるからいいよね。



 カップラーメン、カップ焼きそば、レトルトカレーや中華丼、冷凍ラーメンなどが所狭しとテーブルに並ぶ。


「うんうん。なんかパーティーっぽい。アイスが置けないのが寂しいけど」


「ぱーてぃ、ぱーてぃー」


 ピクシーはそう言いながら、箸を持ってきてくれた。


 箸を受け取って「いただきます」と言ったところで、玄関のドアが開いた。


星哉ほしや、星哉! いるの――って、なにしてるの?」


 慌ただしく部屋の中に入ってきたのは、月奈だった。


 彼女の視線はテーブルの上の不健康だらけの食事に向いている。


「パーティー。だってもう地球はなくなるし、僕死ぬし、最後の晩餐みたいな」


「隕石ぶつかるの、今日とは限らないでしょ? ニュースだと最高でも二日後、らしいし」


「え?! そうなの?! 全部、食料つかっちゃったよ!」


 そう言って慌ててから、はたと気づく。


「あれ? 月奈、宇宙船に乗らなくていいの?」


「あ、私、このラーメンもらっていい? 朝から何も食べてなくて」


「え? ああ、いいよ。それ美味しいよ。チャーシューとか厚いし本格的で」


「それなら半分こしよっか。私も何か食料、持ってくれば良かったなあ」


 そう言って笑う月奈に、僕はふと思う。


 もしかして、彼女も抽選にもれたのだろうか。


 いやいや、あり得ない。


 彼女は、月奈だ。


 すげー運がいいってだけで、中学の時から有名だったじゃないか。


「月奈、早く行きなよ。乗り遅れるよ」


「いいの。乗らない」


「はあ?! なに言ってるんだよ!」


 僕の声の大きさに、月奈は目をまん丸くする。


 そして彼女は反論してきた。


「だって、星哉のいないところで生きてたってしょうがないもん!」


「そんな理由で――」


 そこで僕はハッとする。


 星哉のいないところで生きてたってしょうがない?


 え、なにそれすごいうれしいんだけど!


「ねえ、月奈、それもう一回、言って。録音するから」


「録音してどうするの?」


「ちょっとつかうだけ。電話の着信と目覚ましのアラームの音と、あとメールの着信と」


「それ、ほぼ全部よね?!」


「月奈の声で生活を満たしたいから」


 僕の言葉に、月奈が真っ赤になった。つられて僕も真っ赤になる。


 いやいや、赤くなっている場合ではない。


「僕はともかく、月奈には生きていてほしい」


「なんで星哉はともかくなのよ」


「死んでも悲しむ家族はいないし、運が悪いし、顔もなんかこう、パッとしないし、勉強も苦手で、運動音痴だし、おまけに方向オンチだし……」


 自分で言ってて悲しくなってきた。


「そんなことないよ。私は星哉が好きだよ。星哉と一緒にいると、癒されるの。大好きなの」


 月奈がそう言ってにっこり微笑む。


 ああ、きれいな笑顔。


 心もきれい。僕にはもったいない。


「私は、星哉と一緒にいるって決めたの。星哉本人がダメって言っても、これだけは譲れない」


「月奈は、がん……一度決めたら揺るがないタイプだもんね」


「いま、頑固って言おうとしたでしょ」


 月奈がそう言って僕をじろりとにらんだ。


「ご、ご両親はいいの? 月奈の、ご両親は?」


「お父さんとお母さんは、抽選にもれたのよ。だから、尚更、行く意味ないの」


「そっか」


 僕は、そう言ってテーブルに視線を落とす。


 そして、月奈に言う。


「食べよっか」


 麺ののびきったラーメンとか冷めきったカレーも、月奈と食べると不思議と美味しい。

       

「明後日まで、どうやって暮らすの?」


 ラーメンを食べ終えた月奈がふと僕を見る。


「うーん。適当に」


「家においでよ。非常食もあるし」


「いいよ。ご両親がビックリするし、人様の家の非常食を僕のせいで減らすのは気が引ける」


「じゃ、私がここにいよ」


 月奈はそういうと、そのまま絨毯の上に寝転んだ。


 まるで、最初から「ここにいる」と言うつもりだったみたいな口ぶり。


 それまで空気を読んで黙っていたピクシーが、「月奈、お泊り?」と彼女に聞いている。


 なんでうれしそうなんだよ。


「そうよ。うちのピクシーちゃんも連れて来れば良かったね」


「あー……それは必要ありません」


 ピクシーはそう言うと、自分自身で充電器へ戻っていく。


 僕はそれを見て口を挟む。


「前に、月奈んとこのピクシー連れてきてくれただろ? なんか相性良くないらしい」


「へー。ピクシー同士にも相性あるのね。まあ、あるか」


 すっかりとくつろぎ体制の月奈に、僕はカレーをスプーンですくいながら言う。


「ねー。月奈、まだ食べられるならさ、カレー半分手伝って。僕もうお腹いっぱい」


 月奈は寝転んだまましばらく黙りこんだ。


 眠ったのかな?


 そんなことを考えて、カレーを口に入れたところで、月奈が独り言のように呟く。


「ねえ、星哉、しよっか」


「なにを?」


「避妊しなくていいから」


「ぶっふぉっ!」


 思いきりカレーを口から吹きだした。テーブルの上がカレーまみれになる。


「冗談よ」


 月奈が寝転んだまま、くすりと笑った。


「女の子がそんな冗談を言うもんじゃありません!」


「でも、私、」


 月奈はそこまで言って、やめる。


 そして起き上がってテーブルを見て笑う。


「汚ったなーい!」


 誰のせいだよ!



 結局、僕と月奈は、ご飯を食べたあと二人そろって眠ってしまった。


 目が覚めたとき、巨大隕石が地球に衝突するなんて夢ならいいのに。


 そう思ったけれど、ニュースを確認すれば、嫌でも現実を突きつけられる。


 宇宙船団は、今日のお昼前に出発したそうだ。


 例の宇宙船団は、太陽系外のどこへ出るかもわからないので、その後は地球との通信は途切れてしまうとさっきの喪服のニュースキャスターが言っていた。


「完全に地球を見放すってことか」


 僕がそう呟くと、「腹立たしいなあ」とピクシーが同意をしてくれるが、怒っている顔がおもちゃを買ってもらえない幼児そのものなので、僕の怒りもふっと溶ける。 


「晩ご飯どうする?」


 目をこすりながら起きた月奈は、まだ眠そうなくせに、すでに晩ご飯の心配をしている。


 気づけば窓の外はオレンジ色に染まっていた。


 時刻は午後四時三〇分。


「私、なにか作ろうか?」


「今、冷蔵庫には牛乳と生クリームとアイスクリーム(ファミリーパック)しかないよ」


「それは想定外」


「晩ご飯は、アイスクリームの上に生クリーム乗せようか」


「それ、おやつって言うのよ」


「食べたくないなら、食べなくてもいいけど」


 僕が言うと、月奈が頬をふくらませた。かわいい。



 アイスクリームの上にたっぷりの生クリームの乗せて、高カロリーで甘い晩ご飯を食べる。


 月奈は一口食べるたびに「太りそう」と呟いていたけれど、もうどうせ死んじゃうんだから太ろうが痩せようが関係ない。


 そんなこと、口には出さないけれど。


 甘すぎる晩ご飯を食べた後、月奈は窓の外を黙って眺めていた。


 もしかしたら、宇宙船に乗らなかったことを後悔しているのだろうか?


 やっぱり、僕と家族と離れてでも、宇宙船に乗って生きるほうの選択をしたいと思っているのかもしれない。


 でも、月奈がそう考えたとしてもおかしくない。


 だって、晩ご飯にアイスクリーム食べちゃう彼氏とか、頼りないし。


『後悔してる?』


 そう言葉に出したら、僕が後悔するかもしれない。


 月奈は気を使って『後悔なんかしてない』って言うかもしれない。


 でも、手で髪の毛を耳にかけたら、僕はそれが嘘だと一発でわかってしまう。


 月奈は嘘をつくときに決まって、髪の毛を耳にかけるという癖があるから。


 彼氏の僕しか知らない月奈の癖。


 本人も自覚はないだろう。


 だから、僕は嘘を見抜いてしまう自信もある。


 口を開きかけて、やめた。


 一緒にいたいと言ってくれた月奈の言葉を、信じよう。


 僕がそう決意をした時。



 窓の外を見上げたままの月奈が言った。


「家族、作りたかった」


「え?」


「家族。星哉との間に私に似たすごくかわいい子供がいてね、星哉はね、たぶん三〇代でハゲちゃうと思うけど、私は気にしないよ」


 なんだろう。これ、実は悪口なんじゃないのだろうか。


 まだ生存中の髪の毛を確認して、そして僕は口を開く。


「バーコードにしても?」


「えー。バーコードはやだなあ。それに星哉は絶対にスキンヘッドにしちゃう性格だよ」


「そうだね」


「私は、ハゲても、スキンヘッドにしても、それでも好きよ」


 月奈はそう言うと、僕を真っ直ぐ見つめた。


「星哉とずっと、ずーーーーーーっと一緒にいたかった」


「うん。僕もだよ」


「じゃあ」


 月奈の口がゆっくりと動く。


 彼女は怪しい笑顔を、整ったきれいな顔に貼りつけたままで続ける。


「死のうか」


 その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


 死ぬ、という言葉に反応したピクシーは、よっこいしょとやけに人間らしい反応で起き上がり、幼児のようにとてとてとこちらに歩いてくる。


 そして、ピクシーは僕を見上げて、こう言う。


「警察、よぶますか?」


「めっちゃ噛んでる。すっかり寝てたな。いいよ、ピクシー。寝てなよ。ただのお話だから」


「いぇすまいろーろ」


 ピクシーは大きなあくびをして、それから充電機へと戻っていく。


 僕は、小さくため息をついてから、こう言う。


「どうせ、死ぬじゃん」


 自然と言葉に出たけれど、月奈は気にしていない様子で窓のほうに視線を向けた。


「だって、こうして死を待つのって怖いよ。生きたい未練が募っていくだけだよ」


「僕はまだ、正直、実感がない」


「星哉は、今日、知ったばかりだもん。私は、抽選のメールで一ヶ月前から知ってた」


「そうなの?!」


「うん。で、さり気なく星哉に抽選の話を振ったけど、ぴんと来てないみたいだから、星哉は抽選に落ちたんだって分かったの」


 月奈がゆっくりと頷く。


「星哉、一緒に死のうよ。楽な方法で。隕石が衝突したら、痛いかもしれないし離れ離れになっちゃうかもしれない」


 なんと返事をしたら良いのかわからない。


 僕は確かに今日、事実を知ったばかりで現実を受け入れられない。


 だけど、月奈はずっと、一ヶ月も悩んできたんだ。


 相当、辛かったんだと思う。


「一ヶ月間ね、色々と調べたのよ。星哉と宇宙船に乗る方法とか、隕石がもしかしたら小さいかもしれないとか、本当に色々と調べたんだけどね」


 月奈はそこまで言うと、力なく笑った。


 僕は彼女の華奢な肩に手をかけ、言う。


「じゃあ、一緒に死のうか」


「うん」


 月奈が、安心したように笑った。


 その瞬間。


 窓の外が、やけに明るくなる。


 何事かと窓の外を見ると、空を覆う大きな大きな黒い物体があった。


 それは、ぴかぴかと電飾のようなものをつけて輝き、轟音を轟かせている。


 これが巨大隕石?


 予定よりも早いし、思ったよりも派手だけど、きっとそうだ。


 だけど隕石は、空中で停止したまま落ちてくる気配がない。


 なんだ?


 どういうことだ?



『地球のみなさん、こんにちは』


 どこからかそんな声が聞こえて、少し遅れて表示した覚えのない画面が映し出される。


 画面に映っているのは、人間……にしては、肌が赤色だし、髪の毛も銀色だし、なんだか違う生き物のような。


 ピクシーは熟睡もとい充電中だから、これはピクシーに指示した画面ではなく、どこからか映し出されてるのか。


『我々は、地球の外より来ました』


「地球外生命体?」


 僕と月奈が同時に言う。


『いま、地球の上空を覆っている宇宙船が、我々のものです』


「あのピカピカしたのが」


『我々は、訳あって、隕石に偽装した宇宙船でここまできました』


 ん? 隕石に偽装?


 僕と月奈は顔を見合わせる。


『もし、我々の宇宙船を巨大隕石だと思い、地球がパニックになっていたら、申し訳ない』


 申し訳なさそうな顔で画面の向こうの地球外生命体の人が言う。


 もう、手遅れだけどね。


『我々は、地球を攻撃しにきたのではありません』


 地球外生命体は続ける。


『星を追われてしまったのです。どうか、地球に住まわせてくれませんか? 我々のテクノロジーがあれば、地球のお役に立つことでしょう』


「良かった……。隕石もなくて、地球を侵略しにきたわけでもないのね……」


 月奈がそう言って、安心したように僕にもたれかかってきた。


 シャンプーの良い香りがして、僕は思わずこう言う。


「ねえ、月奈、僕らいつか、家族をつくれるね」


「うん。つくれるね」


『我々の故郷であるケプラー452bは、酷い状態です。あと、何百年も戦争が続くでしょう』


 ん? 今、どこかで聞いたことのある惑星の名前だったような。


 まあ、いいか。


 僕は、ふと尋ねてみる。


「あのさ、僕が将来ハゲて、バーコードにしても愛してくれる」


 その言葉に、月奈は「うん」と言って耳に髪の毛をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほしとつき 花 千世子 @hanachoco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説