平々凡々な異常者レスティヌ
@keifun29
プロローグ 街中での決闘
馬車がすれ違うことができる程の広い通り。石畳の整った街道に二人の男が対峙し、周囲を大勢の観客が囲んでいた。
一人は三〇代半ば、長身で精悍な顔つきをした男性である。短く刈り込んだ金色の髪に揉み上げから顎にかけて髭を生やしている。
もう一人は、わずか一三歳の少年である。体格は、年齢を考えれば平均的、対峙する男と比べれば、頭一つ以上身長に差があった。黒い髪に赤茶色の瞳をしていて、一般的な少年と比べて特筆すべき外見は持ち合わせていない。
喧嘩をすればどちらが勝つかは明らかであったが、その二人が火花を散らすように睨みあっていた。さすがに年上の男性は、やや嘲笑したように笑みを浮かべ、少年を見下ろしている。
「さあ、他に賭ける人はいないかい? もうすぐ締め切るぞ」
二人の周囲を、篭いっぱいにお金を入れた男性がうろつく。
これから闘う二人、どちらが勝つかを皆賭けているのだ。この都市には大きな闘技場もあるが、それ以上に突発的な決闘が多く催されており、市民の娯楽の一部となっている。観客は各々好きな方へ賭け、賭けに勝った者は決闘者や審判などの運営費を除いた賭け金を賭けた金額に応じて受け取ることができる。
「おい、どっちに賭けた?」
「そりゃあ、ラスタだろう。あんなガキにゃあ負けるわけがねえぜ」
「いやあ、でもあのガキ、国立指揮官学校のエリート様だろう? ひょっとしたらすげえ強いんじゃあないか?」
「ラスタは百戦錬磨だぜ? いくらエリートでもガキには負けねえよ」
観客が口々に自分の予想を口にする。
大方の予想では、八対二という圧倒的な倍率で、ラスタと呼ばれる男性が有利だった。
「さすがにあんなにひょろそうなガキじゃあ勝ち目ねえぜ」
「でもよ、これは魔法戦だろう? 体格は関係ないじゃあねえか?」
「魔法戦だからこそ経験と年季が必要なんだよ。魔法のピークは六〇歳なんて格言もあるんだぜ」
観客が話す会話のほとんどがラスタ有利だと言っていた。少年に賭けるのは、大穴狙いで少額を賭ける者か、不利な戦いに身を投じる少年への応援料といったところか。
「ちょっといいだろうか?」
少年が賭け金を集めている男性を呼び止める。
「これを私自身に賭けよう」
少年が貨幣を入れた袋をそのまま男性に渡す。
「お、おう。勿論いいけど、ガキのくせに結構持っているんだな」
「これに負けたら一文なしだよ」
一瞬の静寂の後、観衆がどっと沸いた。
「坊主! いい度胸だ! 気に入ったぜ」
「よぅし、俺も少年に賭けるぜ!」
「調子乗りやがって! ラスタ、遠慮はいらねえからぶちのめしちまえ!」
男性の持つ篭が溢れそうになるほどに賭け金は膨れ上がった。
負けたら一文なし、少年はそう言ったが、実際にそうはならない。
通常の決闘を行う場合、賭け金の一部は決闘者と審判等に支払われる。
勝者に一割、敗者と審判に一割。残りを観客に再分配という形が基本である。一時賭け金を支払うことで文無しになったところで、膨れ上がった賭け金の5分は戻ってくるため、被害額は少量で済むはずである。
とはいえ、少年は負けるつもりは全くなかった。そもそも自分に賭けるという行為、認められてはいるものの、危険が大きい。
決闘を行い、あまりに不甲斐ない闘い方をすると観客が暴動を起こすことがある。毎年決闘による死者が数名出ているが、その多くは観客による暴動が原因だった。
これだけ決闘前に盛り上げておいて、あっさりと自分が敗れるようなことがあれば、恐らく無事に帰ることはないだろう。少年はこの勝負に勝って、賭け金を含め大金を手にする気でいた。
先ほどまで余裕の笑みを浮かべていたラスタが怒りを含めた目で睨みつける。
元々勝負を吹っかけてきたのは少年だ。それも、魔法戦の勉強がしたい、というのが理由で頭を下げてきたのだ。話が違うと怒るのも当然であった。
「ようし! そろそろ始めるぞ! あ、そうだ」
始めると宣言しておいて、審判がすぐに呼び止める。
「坊主、名前は?」
少年は未だ名前を聞かれていなかった。オッズの書かれた木板にもエリート少年としか書かれていなかった。自分に大金を賭けることで、初めて名前を聞く価値があるとでも判断されたのだろう。賭けの総額が増えるほど自らの懐に入る額が増えるのだ。この戦い次第では、これからもサポートしたいとでも思っているのだろう。
「今更聞くのか? 私の名はレスティヌ・マグナだ」
「OK、レスト。じゃあ、始めるぞ」
いきなり愛称で呼び、審判は早速試合を進めようとする。
二人は互いに五メートルほど離れ、対峙する。
ラスタに先ほどまでの油断はない。最初から全力を出す気が見て取れた。少年が自分に賭けた目的の一つがそれであった。油断している相手を倒しても自分の練習にならない。魔法戦の勉強がしたいというのは事実であった。
手を眼前に掲げると、中心にいる審判が高く手を上げ声と共に振り下ろす。
「決闘……開始!」
『力よ、在れ!』
開始の合図と共に、レスティヌとラスタは声を上げる。掌の先に淡く光る力の玉が発生する。
その言葉は、魔法を使う上で最も一般的な呪文であった。
まず強くイメージし、イメージに結びついた言葉を詠唱する。魔力に応じて空間に魔法が出現し、イメージに沿った形で固定される。
「速く、在れ」
ラスタが言葉を重ねる。
「堅く、在れ」
それに応じてレスティヌが言葉を重ねる。
一般にイメージを重ね、言葉を重ねていくことで魔法はより強くなっていく。熟練者であれば言葉を発することなく魔法を使用することが可能であるが、より多くの魔力を消費し、威力は弱くなる。
「鋭く、在れ」
「厚く、在れ」
ラスタが言葉を重ねると、レスティヌがそれに応じるように言葉を重ねる。
この時点で、ラスタが攻撃を仕掛け、レスティヌがそれを受ける形ができあがっていた。
ラスタの魔法はレスティヌに向け錘状に形を変えていた。対してレスティヌの魔法は円盤状に形を変えていた。
「放て!」
ラスタが声を荒げ、錘状の光は高速でレストに突撃する。
「防げ!」
一拍遅れてレスティヌが声を上げると、小さな円盤だった魔法が広がり、盾となりラスタの魔法を防ぐ。互いの魔法は相殺され、一瞬強い光を放ち、消え去る。
「力よ、在れ!」
続けてラスタが唱える。今度は言葉を重ねず、そのまま発射する。先ほどよりも威力は落ちるが、一対一の状況では、早さと数が重要と判断してのことだろう。
「力よ、在れ」
レスティヌも一言で盾を発動し、それを防ぐ。
通常、同じ魔力で魔法を発動した場合、防御側が有利である。一度放たれた魔法は、術者との距離が離れると徐々に力を失っていくからだ。
より自身に近い位置で魔法を発現できる防御側の方が少ない魔力で相手の攻撃を防ぐことができる。
しかし、一般的に戦闘では攻撃側が有利とされている。それは戦いの主導権を握ることができるからだ。
攻撃側は一度攻撃を放てば、それに追加の効果を発現させない限りは、それ以上に魔力を消費することはない。しかし、防御側は盾を出し続けている間、魔力を消費し続ける。また経験の浅い魔術師ならば、相手の弱い攻撃を見極められずに不必要に強い盾を出すこともあるだろう。
そうして攻撃側はフェイントや魔力に緩急をつけ、相手の魔力を削っていくのが定石だった。
レスティヌは、的を絞らせないようにラスタの周りを旋回しながら防御を張る。
「防戦一方じゃあねえか!」
「もっとしっかりやれ、坊主!」
観客が口々に野次を飛ばす。それでもレスティヌは一貫して防御に勤めた。防ぎやすいように近づかず、ラスタの周囲を動き回りながら盾を張る。
「だが、実際よく防いでいるんじゃあねえか?」
「なんだかんだでもう一〇発はラスタの攻撃を防いでやがる」
「お、今度は避けた」
魔法を使わずにレスティヌが回避に成功する。彼の横を素通りした魔法はそのまま観客に向かっていき、その手前で障壁に阻まれる。
通常観客の多い決闘では、審判の他に多数の協力者が配置される。彼らはある程度魔法が使用でき、ボランティアで観客や周辺の建物に被害が及ばないように防御を担当している。特典は闘いを最前列で見ることだけだ。
「ラスタ! 焦んなよ!」
「結構魔力に差がついたんじゃあねか?」
「バカ、あんなガキとは元が違うんだ。ちょっとやそっとじゃあ埋まらねえよ」
「だが、動き回りながらよく器用に盾を張れるものだな」
事実、ラスタは苛立っていた。ラスタの決闘経験は多い。防御に徹する相手を何度も撃破してきた。しかし、防御に徹する相手は、大抵ラスタの攻撃速度についてこれず、やむを得ず防御に徹する相手ばかりだった。ここまで積極的に防御をする奴はなかなかいない。しかも、年端もいかない子供がやる戦法ではなかった。
「くそっ!」
フェイントを掛けても引っ掛からない、弱い魔法にも弱い防御で的確に受ける。このまま続けていれば魔力が先に枯渇する。
「力よ、在れ。速く在れ。堅く在れ。鋭く在れ!」
痺れを切らしたラスタは、防御し切れない威力で攻撃することを決めた。消耗戦になる前に片を付けるつもりだった。
「力よ、二つ在れ。堅く、小さく!」
それに応え、レスティヌが防御を張る。小さくすることで、同じ魔力量でより厚く、密度の濃い盾が出来上がる。その分受ける面積は小さくなるが、相手が貫通力重視の攻撃だと判断してのことだ。
それを眼前に二つ並べる。
「穿て!」
高速の一撃が放たれる。レスティヌは盾を正確に配置し、それを受ける。
一枚目の盾が破られると共に、ラスタの攻撃が弱まる。二枚目の盾も破られる。そして、3枚目の盾として、左腕を突き出し、突進しながらその攻撃を受ける。盾と盾の間に空間を挟むことで魔力の減衰を増す作戦だったが、それでも盾だけでは防ぐことはできなかった。
十分に弱まった攻撃を生身で受けつつ、レスティヌはラスタの眼前へと迫っていた。
「力よ、在れ!」
「力よ……」
突然の反撃にラスタの反応が遅れる。ほぼゼロ距離から相手の腹目掛けて攻撃が放たれる。ラスタは防御が間に合わず、吹き飛ばされ、地面に転がった。
「くっ!」
ラスタが慌てて身を起こそうとしたところに、もう一撃魔法が飛んでくる。レストの追い打ちが額に当たり、今度こそラスタは完全に沈んだ。
突然の反撃に、周囲が静まり返る。審判が我に返り、告げる。
「し、勝者、レスティヌ・マグナ!」
わっ、と歓声が沸く。と、同時に賭けに負けた者も口々に野次を飛ばす。
「すげぇぞ、坊主!」
「あいつ、ラスタに勝ちやがった!」
「あんなガキに負けてんじゃあねえぞ!」
「てめぇ、いくら賭けたと思ってやがんだ!」
「油断し過ぎだ、クソが!」
時間が経つごとに罵声が増えていき、ラスタに向かって物を投げる者も出てきた。一人が物を投げつけると、それに応じて他の人が物を投げる。このままだと、罵声は強まるばかりだ。
「彼は、強い!」
レスティヌは、ラスタを庇うように立ち、言った」
「私は全身全霊の防御を行ったが、彼の攻撃を防ぐには至らなかった! この左腕がその証拠だ!」
左腕を頭上に掲げると、確かに赤く腫れあがっていた。
「私の実力は彼に遠く及ばない! しかし、彼にとっては突然の決闘であるが、私は入念に作戦を立てていた! 今回はその差が大きかった! 私のことを称賛していただけるのは有難いが、彼を誹謗中傷することは止めていただきたい!」
先ほどまで騒ぎ立てていた観客たちが静まり返る。程なくして、
「坊主、かっこいいぞ!」
「またやれよ! 今度はお前に賭けてやる!」
拍手と口笛が鳴る中、レスティヌは敗者に手を差し伸べる。
「初撃であの威力を出されていたら、太刀打ちできなかったでしょう」
ラスタは痛む頭を抱えながら、その手を受け取る。
「あぁ……様子見のつもりだったが、失敗したな。俺の戦い方知っていやがったな」
「そこは有名税とでも思っていただきたい」
「くそっ、次は負けねえ」
「やるじゃあねえか!」
勝者と敗者が称え合っていると、突然審判が気安く肩を組んできた。
「またおめえの審判やりてえな。今度闘うときはまた俺に審判させてくれよな! あ、これ報酬な! 配当はあいつから貰ってくれ」
指した指の先を見ると、審判の友人が賭け金を分配していた。賭けの金額は多かったものの、当選した者は少なく、行列は短かった。
「ありがとう。縁があったら是非ともお願いする」
「随分と金持ちになったもんだ。どうだ? 何か奢ってくれねえか?」
「いや、遠慮させていただこう。何せ人を待たせ――」
「れぇえええすぅうううてぃいいいぬぅうううううっ!」
言い掛けて、高い声が響く。
「あんた! 女を待たせて決闘って! 何を考えているの⁉」
「やあ、ラティーナ。応援してくれていたのかい?」
「やあ、じゃあないわよ!」
怒気を含み、迫ってきたのはラティーナ・アーキオ――レスティヌと同い年の女性であった。体格は女性としては大きい方で、レスティヌと並ぶとラティーナの方がやや高い。長い髪を後ろで束ね、顔立ちは整っているが、今は怒りが前面に出ている為、その美しさは見る影もない。
「彼女連れで決闘とは、大胆だねえ!」
痴話げんかに野次を入れる観客を彼女は一睨みで黙らせる。
「フラっとどこかに消えたかと思えば、何で決闘なんてしているのよ? また先生に怒られるわよ」
「そこの店に君に似合いそうなアクセサリーがあったんだ」
「は? アクセサリー?」
「だが、私の手持ちでは到底足りなくてね。お金を入手するにはこの方法しかなかったのだ。ラスタのような強敵と闘い、勝てる保証などどこにもない。だが、私は勝った! それもこれも君の為だ! とはいえ、君に無礼を働いてしまったことは事実だ。プレゼントでどうか機嫌を直してほしい」
あらかじめ用意していたかのようなセリフに、ラティーナは思わずたじろぐ。
「許してやれよ、嬢ちゃん!」
「すげえ闘いだったんだ! 頑張った彼氏を褒めてやんなよ!」
レスティヌの言葉はラティーナに向けてというより、周りの観客に向けたような話しぶりだった。自分が悪者に仕立て上げられたような居心地の悪さに、彼女も観念した。
「あぁ、もう! わかったわよ! ほら、さっさと行くわよ! 休みだって一日しかないんだから!」
「そのとおりだ、ラティーナ。私も時間を無駄にするつもりはない。だが、勝ち分はしっかりと受け取ってからだ」
「まあ、いいけどさ。前から気になっていたけど、何なの、その喋り方? 入学当初はそんな喋り方じゃあなかったわよね」
「私はただ時間を無駄にしたくないだけだ」
「答えになってない」
「答えになっているのさ。まず、私が目標にしていることだが……」
「あぁ、もういいです。なんだか疲れたからさっさと行きましょう。というか、賭けに勝ったらプレゼントって、負けていたらどうするつもりだったの?」
「負けると思っていたからプレゼントのことも黙っていた」
「あ……そう」
「そして、プレゼントをするからには、このことは先生には黙っておいてくれ」
「え~? どうしよっかな~?」
「お願いします」
「そのアクセサリーのセンス次第ってところかしら?」
そう言ってラティーナは意地悪く笑って見せた。
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