こわいもの

 日差しが入り込んで、辺りをぼんやりと明るくしていた。そのおかげで少しだけ俺の意識が浮上する。

 カーテンを通して柔らかい光が差し込んでいるのがわかった。いつもより優しいその光はどこか俺を歓迎しているかのようだ。度が入っていない世界は、どこかぼんやりとしている。俺の頭もぼんやりとしていた。


「………いい天気だなあ。………ぎゃっ!?」


 ぼけっとしているところに、携帯の振動があり、驚いてしまう。思わず変な声も出てしまった。

 みんなスマホに乗り換えたのに未だにガラゲーな俺は、チカチカと光るそれをゆるゆると開いた。かこっと軽い音がして、開いた瞬間に画面がパッと明るくなる。

 着信、222件。そう表示されている。


「………は?」


 一度ガラゲーを閉じた。相変わらずチカチカと通知があったことを知らせるランプが光っている。ガラゲーを開けた。

 表示は変わらず、着信、222件となっている。


「いやいやいやいや……」


 それを数度繰り返して、いい加減現実を受け止めなければならないなと思った瞬間。

 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!

 甲高い音が鳴った。さっきまでマナーモード状態だったくせに!

 なんかの拍子にマナーモードを解除してしまったらしい。ぴぴぴぴぴ!とうるさい音は鳴り響いている。会社、と表示が出ているものだから余計に出たくなかった。

 どっどっと、心臓がうるさい。着信音も同じくらいうるさかった。

 説明をしなければならない、社会人なんだから。ここに至った経緯を話して、謝ればいい。そして辞表を叩きつけてやる。

 社会人として、大人としてわりと駄目な考えが浮かびつつ、通話ボタンを押していた―――。




 電話が繋がるとこちらが何かを言う前に怒号が響く。口を挟む暇もなく、ただただ暴言が連なった。恐ろしいことにそのスピードは変わらず、むしろ怒りを増していくようで、だんだんと聞き取りづらい言葉へと変貌していく。後、1時間くらいは続いていきそうなペースだった。


 ピンポーン。不意にチャイムが鳴った。

 上司の声が一瞬止まり。この隙を逃すものかと、俺は口を開いて言う。


「連絡もせず申し訳ありませんでした。本日付で辞めさせていただきます。今までありがとうございました、失礼します。」


 怒号が再び聞こえる前に、電源ボタンを押した。

 一呼吸置いて気づく。今日は出勤日ではなかったはずだ。なんで電話をかけてきたんだあのヤロー。もう辞めることは伝えたのだ、知らん知らん。

 社会人としてあるまじき行為だろうが、あちらだって労働法基準も守らないのだ。そういう相手ならこういう対応でも構わんだろう。訴えたら負けるのはあっちだし。

 ピンポーン。

 チャイムが鳴っていたのを忘れていた!


 バタバタと走って下に降りて、ドアを引いて開ける。

 目の前には昨日のおっちゃんが突っ立って、こちらを見ていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る