易しい世界の歩み方
からん、からん、とドアにつけていたらしいベルが鳴った。
「はいはい。」
奥から店主らしき男性が出てきて、こちらを驚いた顔で見ている。じっと熱心に見つめてくるから何かしたか、とこちらが慌てる羽目になった。
「すまんすまん。異界からの客は珍しくてな」
「えっ?」
目の前の男性から思わぬ一言が出た。田舎じゃなかったのか、とうっかり信じてしまいそうになるも、思い直す。ちょっとおかしな道に出てきただけなのだ。男性は、こちらをからかおうとしているか、もしくは少し中二を患っただけの人なんだろう、きっと。
対話は問題なさそうだし、とにかくここがどこかを聞いて、家に帰ろう。
「すみません、ここはどこら辺になりますか?道に迷ってしまったみたいで」
「迷子か! そりゃあ災難だったな。帰れんぞ」
「えっ!?」
「ここは×××だ。やけに暗いところから来ただろう、トンネルを通って。もうその時点で戻れんさ、諦めな」
確かにトンネルは通った。それだけで帰れなくなる?
そんなことあっていいわけがない。男性の言っていることは本当なのか。もしかしたら嘘かもしれない。質の悪い冗談で………。
頭の中でぐるぐると言葉が回った。それだけで気持ち悪くなるぐらいに。そうだ、この男性に言われなくてもおかしいことはわかっていたはずだ。
急に夜から昼へと代わり、都会であるはずが田舎みたいな風景に変わって、道路はあるけど標識が一切なくて、のぼりの文字はなんだか日本では見ないようなもので。おかしな点をあげればキリがなかった。
だからといって、俺はどうすればいい。確かにもう嫌になってしまっていた。仕事漬けで何もできないことに不満を抱えていたけれど。放り投げられても困るのだ。家も、仕事も、金だってないここで。どうしろと。
その場にへたり込んだ。
これからのことを考えるともうなにもかもしんどくて。何も考えたくない。
「おいおい。大丈夫だ、おじさんが家を探してやるから。」
「家……?」
「ああ、そうだった。文字読めなかったよな、そうさなあ、簡単に言えばあっちから来た人間にこっちの説明をしてるんだ。ここはさしずめ案内所といったところか! なあにあっちと違って金はかからんぞ、安心しろ。」
「えぇ……?」
ぼんやりした頭で、床に座り込んだまま男性の話を聞いた。
◇◇◇
「ここが俺の家……」
表札には大きく俺の苗字が刻まれていた。
男性から励まされながら、家を紹介してもらった。本当にお金はとらない上に、この世界の説明までされた。
日本とさほど変わりないこの世界だが、少しばかりの言語やルールが違うらしい。全く読めないといったところがこちらの怖いところか。お金のような通貨は存在しておらず、仕事も好きな奴がやるといったスタンスになっていて、好きなことをして、衣食住は保障されているので何をやってもいい、といった夢のような仕組みになっているそうな。殺人や人を傷つけるような行為は禁止されているが。
しかも、異界から来た人間には、現代社会に必要なものも配給してくれるとか。携帯ゲーム機やパソコンといった具合のものらしいが、もちろんこの世界での電波はお察しなので、あってもいいものではないかもしれない。
それでも。仕事をしなくても世間から白い目で見られることもなく。生きることができる。なんて夢のような世界だろう。
前の俺だったらそんなものはないと、一蹴しているところだ。人間、一度沸点を越えてしまえばどうとでもなるらしい。それらをあっさりと信じて、この家まで来ていた。
駐車スペースに車を止めて、家に入る。
中は掃除が綺麗にされていて、埃臭さすらない。それでも人は住んでいなかったのか生活感は全くと言っていいほどなかった。荷物らしい荷物もなかったから、何も持たずに適当にぐるぐると探索をしてみることに。
一階には、リビングとキッチン、それにお風呂とトイレがあるようだ。リビングには品のいいソファーと、大きなテレビがあり、優しい色合いをしたカーテンがつけられていた。
そこを通り過ぎて、キッチンへと向かう。
キッチンの棚には、少しの食器とフライパンなどの調理器具が入っており、冷蔵庫には一週間分くらいの食糧と、水が入ったペットボトルが入っていた。備え付けのラックには、インスタント食品が置いてある。
ここを見ただけでも、食で飢えることはなさそうだ。
お風呂には、洗剤やボディソープなど考える限り必要最低限のものが揃っている。トイレも同じく。
次は二階だ。
二階には部屋が二つあった。ひとつずつ、順番に開けて行く。
手前の部屋は寝室だ。クローゼットには、スーツが数着入っており、その下のタンスにはぎっちりと服が入っていた。ベッドはダブルだと思われる大きさで、まるでホテルの一室のようだった。それぐらい綺麗だし、整えられている。
寝室の隣の部屋は、書斎だった。天井まで続く大きく高い棚に、これでもかと本が詰められている。圧巻だった。
寝室に戻り、服をそこらに脱ぎ散らかす。タンスからトレーナーとジャージを引っ張り出し、着替える。ちょい、と掛布団を剥ぎ取りダイブした。
ふわふわと気持ちの良いベッドだ。目を瞑ってしまう。そのまま、掛布団を自分にかけて、夢へと旅立った。
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