006
教室へ入ると生徒が数人いて、勉強をしているようだ。…全く、真面目なことで。やっぱり結城とは別々に教室へ来て正解だったな。俺は何食わぬ顔で席へとついて顔を隠すように寝始めた。・・・さすがに俺も朝から進んで自習をするほど出来た人間ではないのだ。だったら何しに早く来たんだっていう話になってしまうのだが、まあ、いいだろうその辺は。
「優太君?寝てるの?」
俺は聞き覚えのある声を耳にしてバッと顔を上げる。目の前にはひなたが立っていた。
「あ、ひなた。…いや、寝てない、よ?」
「おはよう。優太君がこの時間に学校に来てるなんて珍しいね。日直…じゃないよね。」
「まあね、日直ならこんなところで寝たふりはしていられないよ。ひなたこそ、早いね、いつもこんなに早くきてたっけ?」
「私はクラブ活動でちょっと用事があったからたまたま、ね。」
「そっか…。」
「…。」
なんていうか、こう、会話が弾まない。ひなたのせいじゃない。きっと俺のせいなんだろう。俺が何かを話さなきゃと考えているとひなたは別の生徒に呼ばれて教室を出て行ってしまった。残念…と思うよりも助かったと思っている自分がいる。俺…本当にどうしちゃったんだろう。ふと、教室の入り口に目をやると結城が先生に渡されたであろうプリントとかを持って教室に入ってきた。結城は俺と目を合わせるとニコッと笑い、日直の仕事をこなす。俺はぼーっとその姿を眺めて、気がつくとホームルームが始まっていた。いつもと変わらない光景と授業が進んでいく。俺が1か月前に精神的に不安定になって唇を噛み切ったことはもうなかったことのように平穏だ。そして、本当に何事もなく午後の授業がいつも通りに終わった。
「・・・ものたりない、な。」
授業が終わって、パラパラと帰っていく他の生徒を見ながら俺は席を立たずにぼーっとしている。俺はずっとこの平穏な毎日に物足りなさを感じている。そう、1ヶ月前くらいは一時期ではあるんだけど、生きてる楽しさみたいなものを全身で感じていて何かに夢中になっていた。だけど、何に夢中になっていたのかはあの日以来わからなくなっていた。まるで夢でも見ていたかのようにすべて忘れてしまっているのだ。
「あー・・・部活・・・いかなきゃか。」
どうにも部活へ行く気がわかない。さぼろうかな・・・。そんなことを考えていたら教室に勢いよく木下が入ってきた。
「おい!相沢!!さっさと部活に行くぞ。」
ここ最近、サボリがちの俺を迎えにきたようだ。
「・・・あー・・・。」
「おいおい、どうしたんだよ。まったく。大会も近いのに、そんなんじゃ選抜に選ばれるのも難しいんじゃないのか?」
「うーん、なんかやる気がでないんだ・・・。大会は個人戦だけのエントリーでもいいかな。」
「お前・・・団体戦は捨てるのか・・・。ちょっと前は俺に突きを見せろとか練習に付き合えとか言ってたくせに。・・・なんかあったのか?」
「・・・わからん。」
木下は呆れるようにため息をつく。
「・・・まあいい。とりあえず部活に行かないならさっさと帰れ。先生に見つかったら面倒だぞ。休むっていうのは俺が伝えておくからよ。」
「ん?ああ・・・。じゃあ、頼む。」
俺は荷物をまとめて木下と一緒に教室を出た。玄関へと歩いていると保険医の先生が待っていたかのように立っていた。木下は先生を見るなり挨拶をして話し出す。
「先生!相沢の奴、また部活をサボるってさー。なんとかしてよー。大会も近いのにさー。」
「木下!?お前・・・。」
「相沢君、どうしたの?前はあんなに部活を頑張ってたのに。」
「あー・・・いや・・・。」
「先生、ちょっとこいつ、見てやってくんない?休むにしろ言い訳する俺のことも考えてほしいんだけどさ。先生に相談ってことで休むならまだ、格好もつくだろうし。」
「そうね。いいわよ。じゃあ、相沢君?一緒に保健室にいきましょうか。」
「ちょっと・・・勝手に話を進めないでくれ。」
「いいから!先生に話でも聞いてもらえって。」
「ほら、相沢君いくよ。」
木下は最初っからこのつもりで俺を呼びに来たのだろうか。あまりにも手際が良すぎる気がする。保健の先生とは1ヶ月前くらいに保健室でお世話になって以来まともに話なんてしていない。なんでかはわからないけど極力避けてきていたのだ。多分、先生と話すとなにかを思い出せるかもしれない。だけど、余計にこの空っぽ感が増すだけなんじゃないのか・・・とか。色々考えてしまうからだ。
そんなことを考えながらも俺は先生の後をついて保健室へと向かっている。きっと、聞かれることはわかっているんだけどな・・・。
俺と先生は保健室へと入った。保健室内には他の生徒はいないようだ。今日は部活動も少ないし、怪我とかもないのだろう。それでも貸切っていうわけじゃないんだからいつ他の生徒が入ってくるかと思うとあんまり落ち着かないな。
「とりあえず、そこの椅子をこっちに持ってきて座ってくれる?」
「え?ああ、はい。」
俺は指示された椅子を取り、先生が座っている前辺りに置いて座る。真正面から向かい合っているんだけど、なんか、緊張するな。
先生はいたって真面目な顔つきで俺を見ている。・・・これは面倒なことになりそうだな。
「それで、なんで部活に行きたくないんだっけ?」
先生は至って真面目に聞いてくる。
「いや、そんな真面目に聞かれても・・・。ていうか、なんとなくやる気がないだけなんだけど・・・。」
「・・・もしかして、前みたいにちょっと疲れちゃってる感じかな?」
「うーん、いや・・・わからないんだよね。別に剣道が嫌いになったわけじゃないし・・・なんだろう・・・脱力感?」
「そっか・・・。じゃあ、少しの間剣道から離れて見たら?・・・やめるとかじゃなくって距離を置いて、別のことをやってみるとかね。」
「別のこと・・・。」
「そうそう。目標があってそのために苦しい練習とか部活に励むのはとてもいいことだけど、ただやりたくないことを強制されるようにやるのは違うからね。きっと少し剣道から離れたらまたやりたくなるんじゃないかな。相沢君が本当に剣道が好きなら、だけど。」
俺が本当に剣道が好きなら、か。俺は剣道が好きでやっていたんだろうか・・・。確か、刺激のない毎日が退屈で退屈で。それを紛らわすように始めただけのような気がする。
「そう、ですね・・・。少し剣道からは離れて、ちょっと息抜きしてみます。」
「確か、大会も近いんだから、その辺もゆっくり考えてみると良いわ。」
「はい、ありがとうございました。じゃあ、俺はこれで・・・。」
「ちょっと待って!まだ、聞きたいことがあるんだけど!」
俺はそそくさと帰ろうとすると、案の定呼び止められた。
「相沢君と話す機会がなかなか取れなかったからずっと聞きそびれていたんだけど・・・。」
「・・・はい。」
「前に何があったのかをここでちゃんと説明してもらってもいいかしら?」
あー、やっぱりそのことか。1ヶ月前に保健室で先生の胸を触らせてもらったり、腕に落書きをしたりと俺はかなりおかしい行動をとっていたらしくその時に先生に後で説明するって約束をしていたらしい・・・のだ。今となってはほとんど覚えていないんだけどな。
「確か、相沢君は眠った後、急に起きて腕になにか書いていたわよね?あれは何だったの?」
「あー、よく覚えてないんだよね。ごめんね。なんていうか・・・記憶がない・・・んだよね。」
「はぁ・・・まあ、いいわ。とりあえず、最近は危ないことはしてないみたいだから。でも、その記憶の消失は少し気になるわね。」
「やっぱりそうですかぁ?」
俺は少しとぼけたように返す。
「ま、生活にあまり影響がないなら放っておいてもいいかもしれないけど、ひどくなるようだったら私にじゃなくてちゃんとした病院にいくのよ。」
「了解です。じゃ、もう帰りますね。ありがとうございました。」
今度こそ、俺はそそくさと保健室を出る。とりあえず1ヶ月前のことはうやむやになりそうで良かったよ。記憶の消失っていうのは確かに気になるけど、わからないことを問い詰められても困るからな。
2つの世界(仮)2 @taruto777
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