4.エルフ、小説を書く

3-4-01

 ぱちり、とメサ――いや、ライトノベルが目を開いた。

 緑の瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。子供だったメサよりもさらに瞳が大きくて、思わず吸い込まれそうになる。

「ウキョウさんじゃないでふわわわわー」

 ライトノベルは、口を大きく開けて豪快なあくびをしたあと、「んぐぐぐぐー」と大きな伸びをした。そして、「あ」と、ほたるに気付くと、突然抱きついた。

「ほたるさーん!」

「うわっ」

 抱きつかれたほたるが尻もちをついている。

「ほたるさん、やっぱりこのワンピース、すっごく可愛いです。ありがとうございます!」

「う、うん。よかった」

 いわれてみたら、昨日と違う服を着ている。そういえば、昨晩ほたるとアイノさんが着替えを持って行ってたな。確かに、このレモンイエローのワンピースは、ほたるが前に着ていたことがあるような……と思って見ていたら、まるで俺の考えを見透かしたように、ライトノベルがいった。

「ほたるさあん、ウキョウさんてばどうやらこの服、覚えてないみたいですよぉ」

「ま、京ちゃんはその程度よね」

 なんか、俺の扱いがひどいことになっている気がするんだけど。

「しかも、なんか、いい匂いがします」

 ワンピースの胸元に顔をうずめて、ライトノベルは、くんくんと匂いをかいでいる。

「そ、そう? 普通に洗っただけだけど」

「ほたるさんのいい匂いがしますぅ」

 ライトノベルは、ほたるの頬に鼻をこすりつけた。

「ちょっと、メサちゃん――じゃなくてベルちゃん、くすぐったい」

 そんなふたりをヨシカさんがにやにやしながら見つめ、アイノさんが微笑みながら見つめ、カレヴァが無表情に見つめている。

 スマートフォンで指示を出していたリーリンが、俺たちにいった。

「準備ができたわ」


 洋館の裏手の二階にはバルコニーが備えつけられていた。

 バスケットボールコートほどの広さのあるバルコニーの中央にライトノベルとカレヴァが立っている。

「アイティ」カレヴァが首をかしげる。「やっぱりボクが協力するメリットがよくわからないのだガ――」

「もしこの世界がなくなったら、メリットもデメリットも関係ないでしょ。もしこの世界が生き延びたら、私たちに協力したことがメリットになるわよ。だってあなた、こっちで住む場所もないんだから。協力した方が身のためよ」

 カレヴァが肩をすくめた。「仕方なイ」

「本当に大丈夫なんですか」俺はアイノさんに尋ねた。「カレヴァの話だと、向こうの世界とのリンクが弱まっているから、反地平面に行くのは得策ではないって」

「ひとりの力だと危険かもしれません。でも、ふたりならなんとか大丈夫です」

「それに」リーリンがいった。「ベルちゃんが取り込んだ四百冊もの小説をいっぺんにアウトプットするにはこの方法しかないの」

「始めましょう、兄さん」

 カレヴァがうなずき、ふたりは夜空を見上げると叫んだ。

「リント!」

 ざざざざーという音とともに、鳥たちがやってきた。半分はカラスだ。

 白と黒の鳥たちの群れがぐるぐるとライトノベルとカレヴァを取り囲み、やがて飛び去るとふたりの姿は消えていた。


 地下管制室の大型モニターに映し出された『R⇔W』のホームページに、ライトノベルが読みこんだ小説がどんどんアップされていく。

「これ、著作権ってどうなるんですか」

 俺の質問にリーリンが首を振る。

「出版社が消滅してしまっているし、作者は自分の書いたものを覚えてないから、当面は問題ない。でも、ゆくゆくは対応を考えなきゃならないわね。今はまず、ネット上にアウトプットすることが先決よ」

 俺はうなずいた。

「これが小説……」

 俺の隣の席で、PCの画面を見ながら、ほたるがつぶやいた。

「……面白い」

 ほたるは画面に食い入るように、ページをスクロールしている。

 記憶のなかにある小説をひとつひとつ手入力していくわけにはいかないから、『R⇔W』のサーバーと反地平面をリンクさせ、ストレージの中にライトノベルの記憶を直接落とし込む――どういう原理なのか俺にはさっぱりわからなかったけど、リーリンさんの目論見はどうやら成功したみたいだ。データは消えずにちゃんと残っている。

「ダオ、そっちはどうだ」

 俺はスピーカー越しに話しかけた。

「ああ。今読んでる」

 ライトノベルが記憶したのは日本語で書かれた小説ばかりだったから、インターナショナルバージョンにアップするには英語に翻訳する必要があった。それには、リーリンさんの会社が開発したAIによる自動翻訳ソフトが使用された。

「翻訳も特に問題ないと思う。このソフトすごいな」

 小説たちがAIによって、英語に自動翻訳されていく。

「うちの新製品よ。間に合ってよかった」リーリンさんが満足そうにうなずく。

「フィフィさんとリエンさんは?」

 ふたりも、常時音声で繋がっている。

「問題ない」

「大丈夫です」

 ほとんどすべての小説が英語に翻訳された頃、メサとカレヴァが戻ってきた。

「お疲れ様」

 アイノさんが管制室に入ってきたライトノベルの頭をなでている。カレヴァは相変わらずの無表情のまま少し離れた場所――いつの間にか定位置になっている席に座った。

「ふひー。疲れましたー」

 ライトノベルはほたるに抱き着いた。

「あー。ほたるさんの匂い。癒されますー。くんかくんか」

「ちょっと、ベルちゃんってば、もう」

 ふたりは隣同士の席に座って、なにらや楽しそうに話している。

 ふたりの会話に、オペレーターたちが叩くキーボードの音がかぶさる。彼らはSNSや様々なメディアに情報を拡散している。でも、やっぱりネットの影響力が最も強いらしく、『小説』というキーワードが様々なサイトで取り上げられ始めた。

 大型ディスプレイの右上の数字が勢いよく伸びていく。サイトへのアクセス数がどんどん上昇している。

「みなさん」リーリンがダオたちにいった。「投稿してみてください」

 大型モニターの脇に設けられた複数のモニター上に、タイ、インドネシア、ベトナムのページが表示され、そこにダオたちの投稿した作品がアップされていく。

 しばらく経っても、それらは消えることなく存在し続けている。

 世界中からすべての創造物が消滅し、人々の記憶からも消え去ってしまった今、『R⇔W』に存在している小説だけが唯一の創造物となっている。

 やがて、ダオたち以外にも、『R⇔W』への投稿作品が増え始めた。

 それらの作品も消えずに残っている。

「カレヴァ」アイノさんが尋ねる。「イマジネイターの数は」

「二十万」

 リーリンが仮想キーボードを操作すると、大型モニターが世界地図に切り替わる。

 投稿された小説がプロットされている。

 日本とアジア、アメリカとヨーロッパにぽつぽつと小さな赤い点が光っている。 少しずつだけど、その数が増え始めたそのとき――。

 鐘が鳴り始めた。

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