3-3-06

 それから俺たちはリーリンを中心に、今後の対策を話し合った。

 基本的な筋立てはこうだ。

 メサが読みこんだ小説を『R⇔W』にアウトプットする。

 メサの記憶を通した小説たちは、『トゥオネラ』からの干渉は受けず、ネット上に存続し続けるはずだった。リーリンはあらゆる方法を用いて、人々に、それらの小説の存在をアピールするつもりだった。SNSやいろんなメディアを通して、人々を『R⇔W』に誘導する。そして、いずれは『R⇔W』を読んだ人たちが、それをベースに自ら小説を書いてもらう。

 その一連の動きのなかで、ほたるのような自らのうちに想像力を宿した人間たちがさらに増えていくはずだ。

「そういう人のことを何と呼べばいいんだ」俺はリーリンに尋ねた。

「私たちは、イマジネイターと呼んでいます。もともとそんな言葉は存在しません。造語です。日本語にも『想像者』という単語はないはずです。私が知る限り、主要な言語において、想像する者という意味をひとことで表す単語は存在していません」

 もしも、そのイマジネイターの数が増えれば、『トゥオネラ』とのリンクが切れても、こちらの世界は存続し続けることができる。

 それらがすべてうまくいくとは到底思えなかったけど、今の俺たちにはあまり選択肢は残されていなかった。それよりも、問題はタイムリミットだった。

「リンクが切れるのはいつなんだ、カレヴァ」

 俺が尋ねると、カレヴァはいった。

「はっきりとしたことはボクにもわからなイ。ただ、それほど急にリンクは切れないと思ウ」

「とにかく、やり続けるしかないといことか」


 あっという間に時間が経ち、俺たちはあの重そうな扉の前にいた。左右の扉はぴったりと閉まっている。

 リーリンが腕時計を見る。「零時ジャスト」

 扉がゴロゴロと音を立ててゆっくりと左右に開いていく。

 部屋の中は薄暗かった。

 扉の開いた場所から差し込む光が長方形の帯を部屋の中に投げかけている。

 その光の向こうに、一人掛けのソファににぐったりと体を預けている人の姿があった。

 俺は、思わず左右を見た。

 扉の両側に、レッドとブルーが立っている。

 ということは、あれはメサなのか。

 どう見ても、身長が伸びている。見たところ、ほたると同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。細く長い足は閉じたまま斜めに投げ出され、両手はだらりとソファのひじ掛けから外に垂れている。右手には本が握られている。

 短かった緑の髪は、ゆるやかなウェーブがかかり、うなだれた顔を完全に隠してしまうほどの長さになっている。

 俺たちはソファに歩み寄った。

 部屋の灯りがともった。棚にはもう一冊も残っていない。

 メサの右手の本が、ふっと消えた。

 びくっとメサの体が震えて、かすかなうめき声が漏れたけど、メサはまだ起きない。 

「四百二十五冊です」レッドがいった。

「ご苦労様でした」リーリンが、レッドとブルーにいった。「ふたりとも、休みなさい」

「いえ」

「メサさんが起きるまで、ここにいます」

 レッドとブルーはソファの背後に立って、心配そうな表情でメサを見下ろした。

 俺はソファのそばにひざまずいた。

「メサちゃん」ほたるも俺のとなりに腰を下ろし、そっとメサの髪の毛をかき分けた。「きれいな髪」

 メサは確実に成長していた。仮想空間にいたときほど大人ではなく、ほたると同じくらい――たぶん十七歳くらいの姿に変貌していた。大人の姿のメサは、しっかりとした存在感があって人間らしかったが、このメサはまるで妖精のようなはかなげな感じがした。

「最後の一冊を読み終えたとたん、突然眠ってしまって……」レッドがいった。

「大丈夫なの?」ヨシカさんがアイノさんに尋ねた。

「ええ」アイノさんも俺たちと並んで、メサの前に膝をついた。「大丈夫です。一度に大量の情報を読み込んだから、少し休息しているだけです。でも、この子はもう変化してしまいました。かつてのメサではありません」

 アイノさんは俺を見た。

「メサを起こすためには、新しい名前で呼んであげる必要があります。ウキョウさん。この子に新しい名前をつけてあげてください。そして、その名で呼んであげてください」

 新しい名前。

 たくさんのライトノベルを自らの中に取り込んで変化したメサの、新しい名前。

 俺はメサの頬にそっと手を当てて、いった。

「目を覚ませ、ライトノベル」

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