3-1-07

 俺たちが正面玄関の方に走って戻ると、春彦さんが扉の前に立っていた。手には銃を持っている。

「春彦さん、何を……」

 春彦さんは俺たちに近づくと、銃を持っていないほうの手を差し出した。何かを握っているみたいだった。

 俺が手を伸ばすと、春彦さんは握っていた手を開いて、俺の手のひらに何かを落とした。車の鍵だった。

「駐車場にある車だ。安全な場所を探してくれ」

「春彦さん――」

「それと、もうひとつだけ頼みがあるんだ」春彦さんは右手に持っている銃を持ち上げて、俺に差し出した。

「こいつを自分に使うのは、ひどく骨が折れるんだよ」

 春彦さんはそういって、かすかに笑った。

 俺は首を振った。

「だめだ。そんなことできるわけ――」

「そういうと思っていたけどね」

 いきなり春彦さんは銃床で俺のこめかみを殴りつけた。

「右京さん!」

 思わずその場にうずくまる俺の体をメサが支えた。

 春彦さんは俺のそばに銃を置くと、扉の前まで走った。そして、ちらっとこちらを見たあと、扉を開けて中に入った。黒い煙が外に流れ出てきた。そして扉が閉まった。

 扉の方へ向かおうとして立ち上がりかけた俺の腕を、メサがつかんだ。

「右京さん、危険です」

 自動扉や窓の隙間からどんどん黒い煙が外へ向かって流れ出ている。

 くそっ。頭がガンガン痛んで、視界がぼやけてる。

「今行けばまだ――」俺はメサを振り返った。「それに、俺は死んでも再生するって――」

 メサは俺の腕をしっかりとつかんで、ぶんぶんと首を振っている。

「だめです。ほたるちゃんのことがわからなくなっちゃったらどうするんですか」

 一瞬、俺の力が抜けて、バランスを崩した俺たちは地面に倒れ込んだ。

 バチバチと何かが弾けるような音が、図書館の中から聞こえてくる。

 俺はアスファルトに両手をついて、うなだれた。

 こめかみがズキズキ痛む。

 メサが俺の背中を抱きかかえるようにして、寄り添っている。

 突然、両手から、硬い地面の感触が消えた。

 音も、煙の臭いも、消えてしまっている。

 顔を上げた。

 目の前には何もなかった。

 自分が目を開けているのかどうかすらわかなくなるくらい、完全な暗闇に俺は包まれていた。

 でも、そばにメサの存在を感じ取れた。

「右京さん」耳元で、メサの声がした。「元いた世界との道が開きかけています」

 俺は両手を動かした。

「大丈夫です。私は右京さんからは離れませんから」

 俺の体にメサの腕が巻き付いたのを感じた。

「それよりも、耳を澄ませてください」メサがいった。「向こうにいる誰かの声が聞こえませんか」

 耳を澄ます。

「――ちゃん!」

 聞こえる。

 確かに、誰かが呼んでる。

「京ちゃん!」

 今度ははっきり聞こえた。

 ほたるだ。

「聞こえたら、手を掴んで! お願い!」

 俺も叫ぼうとしたけど、声が出ない。

 ほたるの声がした方に手を伸ばす。

 まるで体全体が濃密な油にからめとられてしまっているみたいに、思うように動けない。

「お願い! 京ちゃん!」

 やみくもに伸ばした手が、何かに触れた。

 そして、俺の腕は、誰かにがっちりとつかまれた。

 そのまま上の方に引っ張り上げられる。

 俺の体に、メサがしがみついている。

 ずずずずず、と異様な音とともに、俺の体は暗闇から外に出た。

 気が付くと、俺は硬い床に転がり込んでいた。

 再び、殴られたこめかみが猛烈に痛み始めた。

「いつつつつ」俺は頭を押さえてうずくまった。

「ほたるさん! アイティ!」

 そばで、メサの声がする。子供のメサだ。

 ということは、戻ってきたのか、元の世界に。

 それで、ここはどこだ?

 俺はあたりを見渡した。

 広いホールのような場所に、様々なセットが――。

 展示会場?

 メサと、アイノさんがなにかいっている。

「てやーっ」

 子供のメサが手を伸ばして、叫んだ。

 カラスの群れが集まっていく。

 カレヴァだ。

 カラスたちがカレヴァの体を覆い、再び飛び立つと、既にカレヴァの姿はなかった。

 撃退したのか。

 そこでようやく、俺はほたるを見た。

 顔を見るのが怖かった。

 大人のメサが、いっていた。

 もしかしたら、仮想空間の時間の進み方と、現実世界の時間の進み方が違うかもしれない、と。

 元の世界では、何年も、何十年も時間が経っていたら。

 でも、ほたるは、俺が飛ばされた頃と変わっていなかった。

 少し大人びた気はするけど、何年も経ってしまっているようには見えない。

 俺は安堵のため息をついた。

 でも。

 目の前のほたるは、間違いなくほたるなんだけど、俺は確かめられずにはいられなかった。

「ほたる?」と、俺はいった。

 ほたるはうなずいた。

「お帰り、京ちゃん。お帰り、メサちゃん」

 こうして俺は、現実の世界へと帰還した。

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