1-3-04
俺たちはお墓の前で手を合わせて、目を閉じた。
暗闇が訪れると、雨粒が傘に当たる音が大きくなった。
しばらくその音に耳を傾けてから、俺は目を開けた。
「俺の母親と、ほたるの母親は親友だったんだ」
メサが俺を見上げた。
ほたるがうなずいたのを見て、俺はメサに話し始めた。
「七年前、ふたりは交通事故で死んだ。車に轢かれて。轢き逃げだった」
数秒間の沈黙のあと、メサはいった。「犯人は……」
「捕まったよ。十七歳、無免許、飲酒運転」
視界の隅で、ほたるが傘を下に傾けて、顔を隠した。
「今日がふたりの月命日なんだ。あ、命日っていうのは、その人が死んだ日と同じ日付のことだよ」俺は続けた。「俺たちは毎月、その日にお参りをすることにしてるんだ」
メサは無言でうなずいた。
「じゃあ、戻ろうか」
ほたるの傘が上下に揺れた。それを同意のしるしと取った俺は歩き出そうとして、でも、歩みを止めた。
俺の袖口をメサがつまんでいる。
「ん? どした?」
「ウキョウさん。あの……」
メサが何かをいいかけて、ぐっと言葉を詰まらせた。
「お前、顔が真っ赤だぞ」
ほたるがさっとメサの前にかがみこみ、額に手を当てた。
「すごい熱」ほたるが俺を見上げる。
メサの足がくらっとよろけて、俺は慌てて体を支えた。
「おい」
「大丈夫です」メサは俺に微笑んだ。「たぶんこれは……」
そのあとの言葉を途切れさせたまま、メサはぐったりと俺に倒れかかった。
事務所の一室を借りて、メサを休ませてもらった。
畳の上に座布団を並べた上に、メサが寝ている。
特に苦しそうではないが、かなり汗をかいている。
「京ちゃん」ハンカチでメサの汗を拭きながら、心配そうに、ほたるが俺を見た。
「しばらく様子を見て、大丈夫そうなら、車を呼んで――」
とんとん、とふすまをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
俺が答えると、ふすまがそっと開けられた。
肉付きのいい坊主頭の顔がのっそりと、部屋を覗き込んだ。
「よう。右京」
「大吾?」
「久しぶり」
昨年、母親の七回忌以来ほぼ一年ぶりに会った坂口大吾は、さらに体重を増しているように見えた。あのとき確か八十キロだといってたな。セーターにチノパンという普段着だが、既にいっぱしの僧侶の貫禄を漂わせている。家業を継いで袈裟をまとった姿が目に浮かぶ。
「ほたるちゃんも」大吾は部屋に入るとふすまを閉めて、すっと胡坐をかいた。
「大吾さん、帰ってたんですか」ほたるがいった。
「ああ。大学は今春休みや。ちょっと実家の手伝いで、たまたまさっき寄せてもろたんやけど……」
京都の仏教系大学に行って三年目、完璧にマスターしてしまった関西弁で、大吾は説明を始めた。
「庶務の堀田さんから、女の子が具合悪なって横になってるんやって聞いて、そのときお前の名前が出たから、びっくりして様子見に来たんや」
「そっか」
俺の数少ない友人である大吾は、横になっているメサを見た。
「で、この子は?」
「親父の知り合いの娘で、フィンランドから遊びに来てる。メサだ」
「ふうん」
大吾の目がすっと細められた。
「大吾」俺は小声でいった。
「あ、ああ」大吾はすぐに元の表情に戻った。「しっかし、あれやなぁ。お前の親父さんの周辺は、相変わらずフリーダムでおもろいなぁ」
俺はため息をついた。
「まあ、はたからみたら、そうだろうよ」
「で、風邪か?」大吾がほたるを見た。
「それが、よくわからなくて……」
そのとき、メサが目を開いた。「風邪じゃありません。寝てたら元に戻りますので」
ほたるがメサの額に手を置いた。
「まだ少し熱いけど、だいぶましになった」
「お前ら、バスか?」大吾が尋ねた。
「ああ」
「車、乗っけていったるわ」
「そうか。悪いな」
「もう用事は終わったさかい、気にすんな」
大吾は立ち上がって、俺を見た。
「右京、ちょとええか」
俺はうなずいて立ち上がり、大吾と部屋を出た。
玄関に向かいながら、大吾が小声で尋ねた。
「右京。あの子は、なんや」
「何って……。フィンランド人で――」大吾が何をいおうとしているのか、およそ察しはついていたが、なんて答えていいのかわからなかった。「やばそうなのか」
「いや、別に悪いもんが憑いとるとか、そんなんやないんや」大吾は眉間にしわを寄せた。「ただ、こんな感じは初めてや。あの子の存在自体がとてつもなくイレギュラーな感じなんや」
大吾は立ち止り、右手を開いた。その手はかすかに震えていた。「やばかった。もうすこしあそこにおったら、取り乱しとったかもしれん」顔からは血の気が引いていて、冷や汗をかいている。こんな大吾を見たのは久しぶりだった。
「大吾……」
「とにかく、気ぃ付けや。右京。あの子自体からいっさい悪意は感じられんけど、なんやとてつもなく嫌な予感がするんや」
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