1-1-02

 どれだけ金を費やしてコスチュームを作っても、どれだけ中の素材が美しくても、偽物は偽物。本物にはなれない。

 当然だ。

 二次元のモノを三次元で表現することは不可能なのだから。

 次元を超越するなんてことは誰にもできない。

 同人誌即売会でさんざんコスプレイヤーを見ている者にとってそれは、改めて語るまでもない感覚だろう。わざわざそんなことを口に出す無粋な人間は、めったにいないわけだが。

 でも、その子のいで立ちは俺が見慣れてるコスプレとは明らかに違っていた。

 彼女は本物だった。

 もしかしたらそれは、俺が外国人――欧米人のコスプレを見慣れていないからなのかもしれない。

 それにあの鳥。

 この子とは直接関係ないのかもしれないけど、あのとき、明らかに周囲と空気が違っていた。まるでそこだけが異世界であるかのように。

 いや、それはちょっと大げさだな。

 とにかく、彼女はその服装も髪型も雰囲気も、あたかもそれが彼女の本来の姿のように、俺の目に映った。

 ただ、彼女がエルフの格好をしているということはわかったけれど、具体的に何のキャラクターのコスプレをしているのかがわからなかった。もちろん、俺の知らないキャラクターの可能性も十分ある。

 そんなことを考えている俺に、突然彼女が告げた。

「ウキョウサン、ですよね」

 一瞬、彼女が何をいっているのか理解できなかった。

 俺が黙っていると、彼女はさらに続けた。

「『異世界転生しても俺は妹から逃げられない』のウキョウさんですよね」

 今度は理解した。

 それ、俺のことだ。

 いや、俺のことだけど、この場合「はい」といっていいのか――。

「ですよねっ」

「はい」

 し、しまった。

 こんな子供に気圧されてしまった。

「あの、君は……」

 俺のつぶやくような問いかけは彼女には届かず、足元の魔法陣から数歩こちらに歩み寄りながら、彼女は凛とした声でいった。

「お願いです。ライトノベルを書くの、やめてください」

 ライトノベルを書いている、といっても俺はまだ正確にはアマチュア作家だ。

「いや、やめろっていわれても、俺の本、まだ出版されてないし……」

「知ってます。小説投稿サイト『R⇔W』に小説を投稿されてて、もうすぐそのひとつが出版されるんですよね。タイトルは、『異世界転生しても俺は妹から逃げられない』」

「うん、まあ、おかげさまで……」

「それはいいんです。これまでのことではなくて、これからはもう、いっさい、ライトノベルを書かないでほしいんです」

「……」

 いったい彼女は何なんだ。

 まさかとは思うが……。 

「キミ、もしかして親父の差し金でここまで来たの?」

「おやじ……って、お父さんのことですか?」

「え。ああ、そうだけど」

「はい」

 やっぱり。

 こんな無茶苦茶なことをするのは、あのくそ親父しか考えられない。

 それにしても、こんな子供を使うなんて、さすがにどうかしている。

「あのさ、悪いんだけど――」といいかけた俺の言葉は、彼女の盛大なくしゃみに遮られた。

 よくよく見れば、彼女が着ているのは生地の薄いシャツ一枚だけだ。

 ぐすっ、と鼻を鳴らす彼女に、俺はため息まじりにいった。

「まあ、とにかく、うちまで来る?」

 彼女は、こくん、とうなずいた。

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