さよなら、ライトノベル

Han Lu

第一章

1.緑の髪のエルフを拾う

1-1-01

 アルバイトからの帰り道、エルフを拾った。

 いや。

 正確にいうと、拾わされた、というべきか。

 もとい。

 その表現も正しくはないな。

 物書きの端くれとして、ここは正確な文章表現を用いたいところだが、いかんせん俺が書いているのはライトノベルと呼ばれる代物だ。

 ライトノベルに、そんなものは求められていない。

 ライトノベルには、正確な文章表現も、無駄なく正しく美しい文章も、求められてはいない。

 ライトノベルには、ディケンズの正直さも、グレアム・グリーンのストーリーテリングも、フィッツジェラルドの流麗さも、チャンドラーの比喩表現も、サリンジャーのイノセンスも、求められてはいない。

 閑話休題。


 バイト先のコンビニエンスストアから自宅まで、徒歩十五分。途中に二十台分くらいの広さの駐車場がある。ひび割れたアスファルトからは、雑草が伸び放題になっている。駐車しているのは放置されたとしか思えない、古びた軽自動車と軽トラックの二台だけだ。

 俺は駐車場の入り口で足を止めた。

 さびれた地方都市によくあるその風景が、その日は異様な表情を見せていた。

 鳥だ。

 おびただしい数の鳥がいた。

 駐車場は、鳥たちでほぼ埋めつくされていた。

 鳩、鴉、雀、それから……詳しくないからよくわからないが、様々な種類の鳥がそこにいた。

 鳥たちはなにをするでもなく、じっとアスファルトの上で羽を休めている。

 その鳥たちの中心に、女の子がひとりうずくまっていた。

 中学生くらいだろうか。最近の子は発育がいいから、小学生かもしれない。

 冬の朝日を浴びて、その子は不思議な色に輝いて見える。

 いや。実際にその子は不思議な色を身にまとっていた。

 まず、髪の毛が緑色だった。それに、着ている服も黄緑色で……。

 これは……コスプレなのか?

 ヨーロッパの民族衣装のような服に、くるくるとウェーブのかかったショートカットの髪の毛からは尖った耳が覗いている。

 彼女は、一心不乱にアスファルトの上にチョークのようなもので何かを描いている。その半径一メートル圏内に、鳥たちの姿はない。

 俺は、彼女の足元に目を凝らした。彼女が描いているもの、それは――俺たちのような人種にとっては見慣れたもの、しかし、リアルではめったにお目にかかれないもの――魔法陣だった。

 やばい。

 これは、かなりやばい気がする。

 深夜シフト明けで妙に冴え冴えとしている頭のなかに、警告音が響く。歩き出そうとして踏み出した足元で、じゃりっと小石が鳴った。

 さっ、と女の子がこちらを振り返った。

 外国人だ。

 とっさにそう思ったのは彼女の西洋人的な整った顔立ちと、瞳の色までもが緑色だったからだ。

 でも。

 こちらを見据えたままゆっくりと立ち上がった彼女の姿を見て、すぐに思い直した。

 違う。

 これは――。

 その瞬間、いっせいに鳥たちが飛び立った。

 ざざざざーっと、鳥たちの羽ばたく音が、冷え冷えとした空間をいっぱいに満たす。

 無数の羽の渦の向こうから、緑の瞳がこちらを見つめている。

 やがて鳥たちはすべて冬の空へ飛び去り、俺と女の子が残された。

 ゆっくりと、日常が戻ってきた。

 やがて、俺の思考も戻ってきた。

 エルフだ。

 目の前の女の子は、俺がずっと思い描いていた、エルフ以外の何ものでもなかった。

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