第八話

 時刻は夕方。窓から見えるのは背の高い草木が繁茂している広い庭と血をぶちまけたような赤黒い色を映し出す空だけ。

 そんな億劫になりそうな空を眺めながら癖のある黒髪をガシガシと掻きながら大きな欠伸をした。

 この世界に来てからというものの、散々な目に遭っている。最初に降り立った地では獰猛な魔獣に襲われたり、原因不明の症状で長期間昏睡状態に陥ったらしい。

 しかし今思えばあの時、脳裏に浮かんだ武器と思わしき物を顕現させ九死に一生を得える事が出来たのは奇跡と言っても過言では無いだろう。この短期間に散々な目に遭ったのだ。運だけは味方に付いていて欲しいと願うばかりだ。


 そんな事を思い耽りながら、先程この館の住人やシオン達と先程近況を報告を思い出していた。


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 さん付けか様付けかを決める討論をタツヤが力技でねじ伏せてから本題に入った。


「それで俺はどれくらい昏睡状態だった?」


「そうですね。タツヤ様……いえタツヤさんは昏睡状態だった期間は29日間です」


 応えたのは眠そうな目を擦っているトーラスだった。姉のジェミナイは先程の討論の結果が気に入らなかったのか執事であるエアリィーズさんの頭をハリセンで叩いている。


「俺が昏睡状態だった間になにかありましたか?」


「ここ"刻の館"では傷だらけだったシオンさんの治療とタツヤさんの世話位ですかね。私達はいつも通り館の維持をしていたので外の様子は専門外です」


 トーラスは乱れた緑髪を揺らしながらエアリィーズさんの方を振り向いた。白髪の執事は少し窶れたような表情を見せながらも顎に手を当てた。


「外の様子ですか。確か数日前に中央帝都から北上した所にある小さな村が大規模な蛮族に襲われたとかなんとか……。詳しくは分かりませんが噂だと練度の高い魔法士も居たとか……」


 この世界にある人類の生存領域の1つである街が中央帝都である。生存領域は大きく分けて4つ。

 比較的経済が安定している大規模な街が中央帝都。

 海岸沿いに面していて主に漁業が発展している街。魔獣の出現率の高さから討伐を生業としている街。

 豊富な資源が取れる行商中心の街。

 この主要都市の周りに小規模から中規模の村が出来上がっている。


「その村が襲撃された後はどうなった?」


「中央帝都から騎士団が派遣されたそうですが、到着した頃には既に居なくなっていたそうです」


「そうか」


 中央帝都の安寧を保つ為に作られた組織が騎士団である。騎士団の役目は夜間の帝都内警備や近隣に出没する魔獣の討伐及び蛮族の掃討。

 そんな集団が大規模な蛮族を取り逃がすとは考えずらい。


「気になるのでしたら中央帝都に足を運んでみるのは如何でしょうか?」

 

「外は異様な気象変化をしている森の中だぞ? 外を歩くには危険過ぎないか?」

 

 そう、刻の館が位置する場所は通称"還らずの森"と呼ばれている場所にあった。

 朝に足を踏み入れば濃い霧に惑わされ命を奪われる。昼に踏み入れば灼熱の大地に身を焼かれ灰にされる。夜に踏み入れば獰猛な魔獣に襲われるか絶対零度で命を落とす。

 森に入る全ての者を拒み、命を奪い、還さない。

 これが還らずの森という名の由縁である。


「そういえば刻の館は森の気象変化の影響を受けないのか?」


 目覚めてから一番疑問に思っていた事を聞く。どういう原理で影響を受けないのか分からないが安全なようだ。


「刻の館は世界に刻まれる時間の中に存在する館。 本来は失われたはずの究極点に位置するの魔術の1つです」


 魔法とは空気中に存在する魔素と呼ばれるものをエネルギーに変化させて行使するものである。逆に魔術は魔素を必要としない。しかし魔術は行使する規模にもよるが人間の生体エネルギーとそれ相応の媒体が必要。


言うなれば魔法は魔術の簡略化版であり劣化版。魔術は偉人が創り上げてきた禁忌の魔法なのである。


「つまり?」


 イマイチ要領を得ないタツヤは首を傾げる。


「つまり、刻の館は一定時間ごとに座標が変わり、転々としているのです。無論混乱を防ぐために透明化しているので外界からは見る事も触ることも出来ません」


 エアリィーズさんに変わって今度はジェミナイさんが答える。


「転移の時間は多少の誤差はありますが、大体14時間周期で移動します。因みに、狙った座標に移動させる事も可能です」


 古来より伝えられし刻印魔術の応用を突き詰めたのが刻の館である。

 刻印魔術とはその名の通り練度の高い魔術師が一生を掛け創り出す魔術である。魔素ではなく人間のエネルギー……寿命を媒体としている。刻印は物に埋めるのではなく膨大な生命力を持つ人間に移植しなければ刻印は無に還ってしまう。


「刻の館を稼働させている刻印は誰が保持しているんですか?」


 そう、刻の館が稼働しているという事はこの中の誰かが自らの命を削りながら刻印を保持していることを意味する。


「刻印を保持しているのは私でございます」


 名乗り出たのはジェミナイさんだった。


「それじゃあ……」


 ジェミナイさんの身を案ずる言葉を途中で遮ったのはトーラスだった。


「私達は寿命が凍結されているので、刻印を身に宿していても死ぬ事はありません永遠に」


「永遠に? それはどういう……」


 疑問を口に出す前にエアリィーズさん口を挟む。


「そろそろ刻の館が動く時間ですねぇ。食料の貯蔵も少なくなっていますし中央帝都に赴くとしましょうか」


「そうですね。私達も掃除道具の新調もしたいですし」


 館と住人達の話し合いは突如終わりを告げ、各々が動き出した。


 --先程まで賑やかだった部屋はタツヤとシオンの息遣いだけが聞こえる。

 気まずさに耐えられず最初に声を上げたのはタツヤだった。


「あー……横座る?」


 生憎と気の利いた言葉を投げかけられる程よく出来た人間では無いのだ。投げかけた言葉に特に意味はないが強いて言うのであれば、それ位しか思い付かなかったのだ。


「い、いえ結構です。少し前にも同じ事があったので……」


 対してシオンは緊張した面持ちで一歩後ずさった。


「前にも同じ事?」


「はい。前の主にも同じことを言われた事があるんです。あの方はその……下心のある方でして……」


 シオンの言葉は途中で終わったがタツヤは意味を察した。一歩後ずさった事を遠慮の意と解釈していたが違ったらしい。彼女は否定の意を表していたのだ。


「そういう意味合いは無かったんだが。その……すまない」


彼女が後ずさる程否定したのだ。きっと当時はかなり怖かったのだろう。


「いえ、私のこそタツヤさんの気遣いを無下にしてしまい申し訳ございません」


 それから二人の間に会話は無く、目線を外しながら黙り込んでしまった....

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銃を片手に異世界生活 ねこしゃん @nekosyan

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