第七話
「シオンさんは本当に可愛いですねぇ~」
声の主はエアリィーズさんだった。柔和……とは程遠いニヤニヤとした笑みを浮かべている。シオンをからかいながら、小瓶を片手に部屋に戻ってきた。
「もうっ! やめて下さいって言ってるじゃないですかぁ!」
からかわれた当の本人は雪のように白い頬をほんのりと朱色に染まっている。とても可愛らしい。
「おっと、これは失礼しました。普段とは違うシオン様が見れたのでつい」
エアリィーズさんは嬉しそうに頬を緩めている。
辰也は執事であるエアリィーズさんの"普段"という表現に眉を顰める。
覚えている限りでは、ここに来て一日と経っていないはずだ。
見違えるように綺麗になった白銀の少女シオン。エアリィーズさんの普段という表現。そして今の自分の状態を考えみるに、少なくとも2週間以上経っている可能性が高いことに気が付いた。自分が倒れてから、長い時間が経っているとすれば全て合点がいく。
思索に耽っているとエアリィーズさんが辰也の寝ているベットの傍に寄り、小さな小瓶を見せてくる。
辰也が疑問に思った次の瞬間、小瓶の蓋が一瞬で灰になり中の液体が頭上から降ってくる。避けられない辰也は反射的に目を瞑る。すると今度は小瓶を口に押し込まれ、中の液体を無理やり飲まされる。
「んごッ」
普通なら口の中に押し込まれ謎の液体を吐き出すのだが、近くには可愛い少女が居るのだ。面目を保つ為という無駄なプライドのせいで、吐き出す訳にもいかず無理やり飲み込んでしまった。
飲まされた液体はなんとも形容しがたい不思議な味だった。飲まされたからには、なにかあるのだろうと腹を括る。すぐに燃えるような痛みが全身を駆け巡る。心臓の鼓動に合わせて痛みが加速していくが自然と体が軽くなっていく。
「だぁぁあああ痛ってぇッ!」
加速する痛みに思わず叫ぶ。上半身を勢いよく起こ飛び起きた。
「あ、あれ? 使う霊薬間違えたかな?」
エアリィーズさんの呟きを辰也は聞き逃さなかった。
「痛てぇェ。なにをどう間違えたのかなァァァア?!」
鎮まりつつある痛みを我慢しながらエアリィーズさんに掴みかかろうと立ち上がった時。この部屋唯一の出入口である扉の隙間から黒い影が音もなくエアリィーズに近づくのを見えた。
「あっ……」
辰也の気の抜けた声が発せられると共に、エアリィーズさんが横薙ぎに吹き飛んだ。
驚きに目を見開く。
影は気配消し、素早くエアリィーズの背後に回ると、巨大なハリセンで後頭部に叩きつけたのだ。
「ふんっ、わたしの霊薬を勝手に持ち出すからよ」
エアリィーズさんを吹き飛ばした人物は白と黒を基調としたメイドさんだった。
ふんわりとした緑色の巻き髪に、気の強そうな瞳。メイド服を押し上げる胸は包容力の塊で、しっかりと丸みのあるヒップラインが女性らしさを強調している。
「お姉ちゃんなにやっているの……」
扉からもう一人の女性が入ってきた。
こちらも白と黒を基調としたメイド服を身に纏っている。腰まであるやや乱れた無造作な長い緑髪に、眠たそうな瞳。制服の下にある胸は少々頼りないが、メリハリのあるヒップが女性的魅力を醸し出している。
「ごめんなさいねトーラス。そこで寝ているボケがわたしの霊薬を持ち出したものだから」
「あぁ……そう言う事なら良いわ……。そこのアホがお姉ちゃんの大切な霊薬を持ち出したのなら仕方ないわ」
「それで私の霊薬はどこにやったのかしらねぇ?」
巨乳のメイドさんがぐったりとしている執事の首元を掴み持ち上げると、シオンがメイドに話しかける。
「あのージェミナイさん。霊薬なら先程使用したのでありませんよ」
ジュミナイさんと呼ばれていた、巨乳のメイドは感情を乱すことなく「そう」とだけ言葉を発した。表情は変わらなかったが、こめかみがピクリと動いた気がする。
「それで誰が使ったの?」
「ご主人様に"エアリィーズさんが無理やり"霊薬を飲ませていました」
巨乳メイドのジュミナイさんにシオンが説明しながら辰也の方を見る。すると、ジェミナイさんは辰也を見ると一瞬キョトンとした表情をしたが、途端に慌て始めた。
「お、おおお起きられたのですか?! ご無事で良かったです! ち、ちょっとトーラス早くこっちに!」
「お姉ちゃん……すこし落ち着いて」
慌てる姉を宥めながらこちらに寄ってくる。
「初めまして主様。お気づきになられているかと思いますが、ここのメイドを務めさせて頂いていますトーラスと申します。以後お見知り置きを」
「よろしくお願いします。トーラスさんそんなに畏まらなくていいですよ」
「畏まりました」
眼前にいる、眠たそうな瞳を宿す少女トーラスは挨拶を終え、姉の肩を叩いた。
「も、申し遅れました。私メイド長を務めていますジェミナイと申します。メイドは私と妹のトーラスだけですが、満足いくご奉仕が出来るよう善処致しますので宜しく御願い致します」
「はい宜しくお願いします。ジェミナイさんの大切にしていた霊薬を使用してしまってすみません……」
無理やり霊薬を飲まされた事は事実だが、使用者は自分だ。霊薬を勝手に持ち出したエアリィーズさんのように殴られる覚悟は出来ている。
「私の霊薬で主様がお目覚めになられたのであれば良かったです」
ジェミナイさんの気の強そうな瞳と桜色の唇を緩めている。この部屋の空気が和んだ瞬間だった。
「あ……伝え忘れていました……。私達の異名ですが、お姉ちゃんは"女帝"です。私は"女教帝"です」
女帝に女教帝。エアリィーズさんの"吊り人"といい、何故だか引っかかる。
「トーラス? ……牛?」
脳裏に一瞬閃いたものを忘れまいと小さく口ずさむ。意味は分からないが、重要な事だと直感で理解した。
「ご主人様どうかしました?」
「主様?」
全員が心配そうにこちらを見ている。
「いや何でもない。それと、ご主人様とか主様って言われるのは変な気がするから、普通に辰也で呼び捨てでいい」
自分だけが特別なのは居心地が悪い。奴隷やメイドという立場など関係なく、平等に接して欲しいし接したいのだ。
「ご主人様、奴隷であるからには気安くお名前をお呼びするのは……」
「そうですよ主様。私達も……メイドであるからには、下の立場に居るべきなのです。ましてや主様は私達に、さん付けをする必要はありません」
全員から否定の声が上がる中、気を失っていたエアリィーズさんが賛成の声を上げた。
「主様が仰っているのだから良いのでは?」
すると女性陣全員からバッシングの嵐がエアリィーズさんを襲った。
「奴隷である私の場合これは暗黙のルールなんですよ?」
「我々メイドは主様にご満足して頂けるご奉仕をする立場なのです。そんな立場であるのに、気安くお名前を呼ぶなど言語両断! これだから年寄りは……」
どうやら女性陣が居る中では、エアリィーズさんの発言権は無いようだ。ボロクソ言われた執事は黙って部屋の片付けを始めた。
「で、でも俺からすれば主様とかご主人様っていうのは気持ちが良いものじゃないし……」
女性陣が悩みに悩んだ末ある一つの答えに辿り着いたようだ。
「わかりました。では"タツヤ様"とお呼びすることに致しましたが宜しいでしょうか?」
「いやいやおかしいだろ! 普通に呼び捨てでいいからね?! てかタツヤ様だけは止めて。恥ずかしすぎるッ」
遂にはメイドさん達は困り顔になってしまった。そんな中、シオンは意を決したような顔つきでおずおずと提案してきた。
「で、ではタツヤさん、ではどうでしょうか?」
「ん~まぁいいか」
正直呼び捨てにされた方が性に合っているのだが、様付けされるよりは良いだろう。
「「ですが……」」
それでもメイド姉妹は最後まで様付けを勧めていたが、結局最後はタツヤの「これは命令だ!」という強行手段で折れたのだった。
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