第六話
ぼんやりとした明かりが灯る空間に一人の少女が居る。燃えるような紅の髪と瞳。肩を大体に出した巫女装束の少女は鼻歌交じりに分厚い本を読んでいる。
この少女の名は女神フレイヤ。辰也を異世界に送った張本人だ。そんな女神は本を眺めながら愉快そうに笑っている
「今回は何を魅せてくれるのか楽しみだなァ」
無音の空間にページのめくる音と唄うような声音が響く。
ページに記されているのは、ある人物の終わらない物語。内容は英雄の記録、殺戮者の記録、革命家の記録など様々な記録が一秒単位で刻まれている。その物語に登場する主要な人物すべてに共通するものがある。それはいついかなる時代も、人を殺める為の最先端の技術を駆使していること。
「幾重の世界を渡り歩き、数多の英雄を屠り、影の内に潜むわたしの玩具……」
『本当に悪趣味だな』
感情の篭っていない声音がどこからか響く。
「うふふっ。 これも次元の、各世界の均等と秩序を守るためよ」
こちらに不利益が出れば、今も刻々と記録を続ける叡智の書に都合の良いよう書き加え、無理やり捻じ曲げればいいだけ。
『それならば、能力を与える必要はないはずだ』
「彼に与えた能力は不幸……。誰も幸せにならず周りを巻き込み厄災となる……」
『世界の変革か』
「それもあるけれど、本来の目的はそうじゃない。でしょ?」
女神はその端正な顔を歪めながら心底愉快そうに笑った
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「……ご主人様のお体が…………壊れています」
心配そうに辰也の顔を覗き込んでいた少女が不意にポツリと呟いた。
壊れている? 一体どういう事なのだろうか……。
確かに現状は身体の上から下まで一切動かないし声すらも出ない。自分が把握出来ている症状はこんなものだけだ。目は見えるし、呼吸も出来る。思考も正常で感情だってある。
「内部から……壊れています」
少女は辰也の思考を先読みするかのように答えていく。
「分かる限りでは、魔法は使えない身体になって……しまっています。他にも良くは分からない……のですが何か黒々とした何かがご主人様の身体を蝕んでいます」
何かが原因で魔法が使えない身体に"なってしまっている"?
つまり元々は魔法が使えたはずだったという事。
この世界で魔法が使えないのは致命的--周りからは一人の人間として扱ってもらう事など出来ない。
奴隷より身分が低くく……否、身分など与えられない。万が一、悪魔狩りと呼ばれる特殊な暗殺部隊である、暗部機関に目をつけられようものなら地の果てまで追いかけてくるだろう。
それ程までに、魔法適性を持たない者には冷酷な世界なのだ。
あぁ……終わったな俺の人生。
「大丈夫ですよ。私はご主人様の奴隷であり続けます」
内心お先真っ暗な人生に絶望していると、少女は静かに笑い、慰めてくれる。
少女は辰也が自分より身分が低いと理解していても何故か優しく接してくれる。まだ、お互いの名前すら知らない仲なのだ。ここまで優しくしてくれる義理は無いはずだし、人情が湧くとも考えづらい。
もしかしたら少女は、人権すらも剥奪された辰也に、本心からを尽くそうと思っているのかもしれないと考えると涙腺崩壊ものだろう。
しかし辰也は世の中の厳しさを知っている。所詮人間はメリットとデメリットを天秤に掛けて物事を判断すると言うことを……
少女にとってのメリットを考えれば十二分に辰也の傍に居た方が良いだろう。そもそも辰也の傍から離れればデメリットだけが残ると考えられる。今の少女にとって辰也の傍から離れない事こそが最善であり生命線なのだろう。
そんな事を思い耽っていると少女は辰也に尽くす理由を恥ずかしそうに話し始めた。
「私は元々は奴隷の売れ残りで、魔境と呼ばれる森の中でひっそりと殺処分される予定だったのです。私は小汚かったし、腕も細い。そんな私を買うような物好きは居なかったし、そもそも売れる訳が無かったんですよ」
少女は皮肉げに小さく笑った。
「運悪く馬車が森に入った瞬間、魔獣に襲われました。馬車は壊され綱を引いていた者は抵抗出来ずに死にました。魔獣が現れた時は、それはもう死を覚悟しました。でも、次に目を覚ました時には貴方様が居たのです」
「私は嬉しかった。危険な森の中に人がいるなんて思っていなかったし、拾って貰えてなければ死んでいました……。人の温かみを感じたのは幼少期以来です」
少女は森の中で助けて貰った事を思い出したのかクスリと笑った。その顔を見た辰也は、やはり少女を引き取って正解だったと思った。
「だから、私はご主人様に尽くす……いや尽くしたいと思った。だから、これからもお傍に居させて下さい」
辰也は先程まで自分を恥じた。メリットデメリットで物事を推し量っていたのは自分だった。何事も合理的に考え、その結果生まれるものを考え過ぎていた。
辰也は少女の頼みを了解するように小さく頷いた。彼女なりに考えはあるだろうだろうが関係ない。
自分の手で出来るか分からないが、目の前にいる不幸な少女をどうにかして幸せにしてやりたいと思った。別にやましい理由など無い。おこがまかしかもしれないが、ただ単純にそうしてやりたいと思った事だ。
一時の静寂を最初に破ったのは少女だった。
「えぇっと! 私の名前はシオンです。家名は……あ、ありません」
少女は恥ずかしさを隠すために慌てて名を名乗った。
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