第五話

「……っ、ぅ……」


 目を覚まして、視界に入ったのは真っ白な天井だった。窓から差し込む柔らかな陽光に目を細める。

 半身を起こし、周囲を見渡そうとして、気が付く。

 --体が動かない。


「ん?」


 腕に柔らかな感覚を覚え、横を向くと透き通るような白い肌に輝く白銀の髪をした裸体の少女が寝ていた。実際は首からしたは毛布が掛けられているが、密着する肌の温度で裸体である事を容易に理解出来た。


「んごッ! ゲホッウボォ!」


 驚愕に目を見開きおもわず咳き込む。目を逸らし深呼吸をしてから、落ち着きを取り戻す。

 少女が裸体である事を意識しないよう、現状把握に務める。

 辰也達が寝かされているのは、干したてのシーツの匂いが漂う清潔感のあるベット。それも大きさから察するにシングルベット。

 もし第三者が少女を辰也の寝ているシングルベットに突っ込んだのなら悪意があるだろう。


 見慣れない風景、裸体の少女、無数の疑問符が浮かぶ。


 真っ先に思い付いたのが、白髪の執事が淹れてくれた紅茶になにかが混入されていた可能性だった。

 しかし、殺す気なら毒を盛るだけで充分なはず。


 そもそも冷静に考えてみれば、陽光の当たる部屋に、ましてや清潔感のあるベットに寝かされるているという事は、少なくとも監禁または拘束させている可能性は低いだろう。


「ッッ!」


 誰かを呼ぼうと声を上げようとしたが、空気だけが漏れた。寝起きで先程までは気が付かなかったが、舌は痺れ、喉の奥からは空気だけが虚しく漏れる。更に身体まで動かないときた。

 先程までは、この状況を楽観視していたが、今の状態を確認し、窮地かと焦りだす。


 深呼吸をして一旦冷静になり、唯一動く頭をブンブンと勢いよく振り、寝ている少女を起こそうと試みる。


「んぅ……」


 小さな寝声を上げたが起きなかった。しかし起きなかった変わりに、顔がより一層近づいた。この時は、気恥ずかしさと焦りで冷静な判断が出来ずに、辰也は間違いを犯した。


「ふあぁぁぁあ?!」


 ハムッという音が似合いそうな勢いで、寝ている少女の耳に優しく食いつき少女を起こしたのだ。少女は耳が敏感だったのか、食いついた時に悲鳴のような声を上げ一瞬にして目を覚ました。

 少女は白い肌を紅潮させ、琥珀色の片目で睨んでいる。

 しかしお互いはすぐに、冷静さを取り戻す。

 二人の様子を対照的で、少女は申し訳なさそうな顔をしている。そんな少女の顔を見て、辰也は恥ずかしさで顔面が蒼白に染まり嫌な汗が流れる。


「申し訳ございませんご主人様、申し訳ございません……」


 目の前にいる、主の顔面が蒼白になり体がピクリとも動いていない。一瞬だが反射的に睨んでしまったことで、主が怒っていると勘違いしたのか謝りだしてしまった。

 もちろん辰也は怒ってなどいない。寧ろ自分のせいで少女を謝らせてしまっている事を後悔している。少女に申し訳が立たず思わず辰也は思わず目を逸らした。

 すると少女は更に青ざめ、申し訳ございませんと勢いよく謝ってくる。


「お許し下さい……」


 少女は声を震わせながら許しを媚びてくる。

 辰也からすれば、許すもなにもここまでの出来事は全て自分が悪い訳だし……。すぐにでも謝るのを辞めさせたい……と言うより謝りたいのだが喉からは空気しか漏れない。


 そろそろ少女が泣き出しそうになったタイミングで扉がガチャリという音を立て、漆黒のスーツを纏った執事エアリィーズさんが現れた。


「主様、お目覚めになりましたか」


 エアリィーズさんはまったく悪意のない柔和な笑みを浮かべている。それとは反対に、辰也は怪訝な表情をしている。

 その中央に位置する少女は対照的な雰囲気を漂わせる二人に挟まれたので、静かに逃げ出し衣服を着始めている。


「睨まれるような事をした覚えは無いのですが……。とにかくご無事でなりよりでございます」


 エアリィーズさんは辰也に睨まれ困惑しているが、何かに安心してホッと胸を撫で下ろしている。


(一体なんの事だ?)


 辰也は紅茶を飲んだ後の記憶を思い出しながら、思考するが答えは出てこなかった。変わりに、不自然な点は大量に出てくる。

 まず、この屋敷に入った当初、少女の肌は汚れ、髪は傷み荒れていはず。

 しかし今の少女の姿は、艶と張りある綺麗な肌。暖かな陽光に透かされ輝くような純白色をした白銀の長髪。服装は、サイズにあった服が無かったのかダボダボとした上着に、白色の美しい太もものラインが見える短パンを身につけている。


「大丈夫ですか……?」


 聴く者の心に癒しを与えてくる声。まるで鈴の音ような声を震わせ、少女が心配そうな表情で話し掛けてくる。


「ッッ」


 少女に心配を掛けないよう声を上げるが、やはり喉からは空気だけが虚しく漏れる。

 そんな辰也の状態に、執事のエアリィーズが逸早く気が付き、辰也の耳元に小声で話しかける。


「もしやお声が出ないのですか?」


 辰也はコクリと頷く。


「少々お待ちください」


 そう言って、エアリィーズさんは部屋の外に出ていった。


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