第一話
暗闇の中で浮いているような不思議な感覚がある。自分の状況を把握するために周りを見渡す。辺りは一片の光も見えず暗闇の奥底で何かが蠢いている。
(ここは……?)
ぼやける意識の中、疑問符が浮かぶ。
今にも消えそうな意識の中で、辺りからまるで硝子が割れるような甲高い音が響き渡る。すると暗闇の空間に一筋の亀裂が入る。
突如現れた亀裂の隙間から温かい一筋の光が差し込んでくる。
亀裂から差し込む光を頬に受け意識が落ちた--
--目を覚ますと眼前に、燃える炎をイメージさせる赤い長髪と紅い瞳。顔立ちの整った少女の姿は巫女を思わせる服装をしている。
「唯希辰也ゆうきたつやさんおめでとーございます! なんと貴方には異世界に転生する権利が与えられましたー! これはすごく珍しいことなんですよ! ……て事、別の世界に転生しませんか?」
「は?」
現状疑問が多すぎて混乱するなか、追い討ちをかけるように喋りだす赤毛の少女を見て困惑する。
「私は女神フレイヤと言う者です。突然の事で混乱しているかと思いますが、唯希辰也さん貴方は死にました」
自分が死んだ事を確認させられると同時に意識が鮮明になっていく。だが、死んだ事を知らされても取り乱すことはなく妙に落ち着いている。
(死因が思い出せない……)
彼は自分の死因を思い出そうとするが、一向に思い出せる気配がない。彼の悩む姿を見て何が嬉しいのか女神は薄い笑みを浮かべて彼を見ている。
「どうしたんですか?」
女神の笑みに気付いた辰也は質問を投げかけた。
「辰也さん。別の世界で人生をやり直す気はありませんか?」
「別の世界?」
「はい。そうです」
女神は、まじまじと辰也の顔を凝視している。数秒凝視してから異世界に関しての説明をしてくれた--
「つまりは、その……異世界は別の次元の空間に、幾つも存在していて、地球? とは違う文明、環境って認識で良いのですか?」
長々と説明された事を大雑把にまとめて確認をする。説明の中に魔法や魔獣という単語が出てきたが良く分からなかった。
「ざっくりと言えばそれで合っています」
?
長々と説明をしてくれた親切な女神様。親切な赤毛の女神様は笑ってはいるが、こめかみの部分が少しピクピクしているような気がする。
「あとは……魔獣? 魔法? が良く分からないのですが……」
「魔獣はその世界に存在する脅威です。 魔法は、大気中に含まれる魔素と呼ばれる媒体を使って行使できるものです」
魔法の用途は人それぞれですけどね、と微笑を浮かべる。『他には?』 と女神様が聞いてくる。
「別の世界で別の人生を歩む事は承諾しました。ただ、異世界の知識が一切無いので詳しく教えて頂きたい」
先程の説明では要点だけを軽く教わっただけで、正直分からない部分が多すぎる。ましてや地球とは環境や文化、歴史からなにから何まで違う。
しっかりと予備知識を付けてから行かなければ早々に死んでしまうかもしれない。
「分かりました。では軽く勉強しましょうか」
女神様は軽く微笑み説明を始めた。
「まず、環境に関しては、辰也さんが生きていた世界と何ら変わりありません。ですが、文明は大いに違います。辰也さんが行かれる世界では、科学では無く、主に魔法が発展しています。魔法に関しては、現地で確認するのが手っ取り早いかと……」
--親切で綺麗な赤毛の女神様から、様々な説明を受けた。
魔法の存在によって成り立つ文明。
魔法や魔術との因果関係が深い環境。
つまりは、魔法は科学なんかよりずっと便利で、それでいて最も身近にある脅威でもあると言う事。
「基本的な知識をお教えしました。これで直ぐに死ぬ事は無いと思います」
女神様は微笑みながら恐ろしいことを言ってくる。女神に対して、辰也は感謝を意を伝えた。
「あ、そうそう辰也さん」
女神は何かを思い出したのか、申し訳なさそうな顔をしている。
「どうしたんですか? そんなに気まずそうな顔して……」
「すみません辰也さん。"転生させる際"の規約を忘れていました」
「規約?」
「はい。その規約の内容なのですが……」
女神はバツが悪そうな顔をしながら、はっきりと言い放った。
「……前の世界で得た記憶を消去する、と言う規約です。自分の名前やさっき得た記憶は消えないのでご安心を」
「え?」
不意に突きつけられた、女神フレイヤのあまりにも無慈悲な言葉。
「……は? はぁぁああああああああああッ?!」
辰也と女神が居る、部屋とも空間とも呼べない場所に、辰也の叫びは反響せず、無残にも静かに霧散していった。
「つまりは思い出も、家族も、経歴すらも記憶から消えると?」
動揺を露に、辰也は後ろを向いている女神に詰め寄った。
「これだけは受け入れて貰うよ」
女神はそう口にして、振り向いた。
その瞬間、辰也は凍りついた。
振り向いた女神の顔は、先程までの微笑みは無い。そこにあったのは、興味を示さない虚ろな瞳と感情が一切見えない能面の様な顔。活発的な雰囲気だったはずが、退廃的な雰囲気を放っている。
「な、なにが……?」
「知識は教えた。あとは、貴方次第」
女神はそれだけを言い放つと同時に、辰也は鮮赤色の血液のようなの液体の奔流に飲み込まれた。奔流の中で必死にもがくが無駄だった。
赤色の液体に弄ばれながら、辰也の意識は糸が切れたようにプツリと落ちた。
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