ヴィーンでの勉強と苦難の日々23

 私はいわゆる世界的な新聞(「ノイエ・フライエ・プレセ」、「ヴィーナー・タークブラット」等)を熱心に読んだ。そしてそれらの新聞が読者に与えるものの広さと、個々の叙述の客観性に驚いた。


 私はその上品な論調をもっともであると認めたが、内心では文体の熱烈さについてはしばしば満足せず、不愉快に感じることもあった。


 しかし、これはこの世界的都市の活気のせいだと思っていた。当時の私はヴィーンをそのようなものと思っていたので、自分で自分に与えたこの説明に納得してしまっていた。


 だが、私を苛立たせたのはこれらの新聞が宮廷にすり寄るような威厳のない論調だった。宮廷に小さな出来事があると、有頂天極まる調子か、ため息交じりの慌てた調子で読者に訴える。仰々しく、特にそれが空前の「もっとも賢明な君主」について書かれたときは、ほとんど大雷鳥の交尾にも似た大騒ぎになるのだ。


 私にはすべてが作り物のように思えた。私の目から見ればここに自由民主主義の汚点があったのだ。宮廷に媚び、そしてこういう不体裁な形で国民の品位を貶めたのである。


 これがヴィーンの『大』新聞について、私の精神に及ぼした最初の暗影であった。

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