名前7:

 気がつくと、僕は大学のサークル室に突っ立っていた。

「……あれ?」

「あら。ムっくんじゃない。久々ー」

 そしていつの間にか、目の前には、音霧先輩がいた。

「え、あ、はい……ご無沙汰しております」

 訳がわからないが、とりあえず挨拶を返してみる。

「あはは。『ご無沙汰』って! ムっくんったら、すっかりおじさんねぇ」

「いや、はは。先輩は全くお変わりないようで……」

「そりゃ、お変わりないわよぉ。だって私、とっくに死人だし? 年取らないし?」

「し、にん?」

 ああ、そうだ。先輩は卒業直前に交通事故で亡くなったのだった。

 あの頃、僕はソトヤマスター全盛期で無茶苦茶忙しく、葬儀に参列すらできなかった。

「……じゃあ、僕はひょっとして」

 何故か頭がボンヤリしており、直前まで何をしていたかよく思い出せない。

 だけどともかく、どうやら僕は、死んでしまったらしい。

「はあぁぁー……」

「どしたのムっくん、ため息なんかついて」

「先輩。やっぱり僕は先輩の名づけてくれた通り、ムスカリ的な人生でしたよ」

「うん? どういうこと?」

「僕の人生、最後まで希望と失望の繰り返しでした。最近、ようやく人生に希望が持ててきていたところだったのに……」

「ふうん。まあ、人生なんて基本的に理不尽なものよねぇ」

「え、ええ……」

 死人が言うと説得力が違う。

「でもさぁ、ムっくん。昔から思ってたけど、君、基本的にネガティブ思考だよねぇ」

「そ、そうですかね……」

「うん。あとさぁ、周りの目とか評価とか気にし過ぎだと思うよぉ? ほら、あのオモチャの、何だっけ? ソトヤマン? の時だってさぁ」

「ソトヤマスター、ですよ!」

「全然違うキャラを演じていたでしょぉ? テレビで観てて、ムっちゃん無理してるなぁ、大丈夫かなぁ、なんて心配してたんだよ?」

「え……」

「まあ、私はそれからすぐに死んじゃったんだけどねぇ」

 あはは、と軽い感じで笑う先輩が笑う。

 何でこの人に人望があったのかが、今なら少しだけ分かる気がする。

「今でもまだやってるの? ソトヤマン」

「あ、ええ。実は最近……って、ああっ!」

 不意に思い出した――そうだ、サクラちゃん。

 僕はさっきまで、サクラちゃんと公園で特訓をしていた。

 そして……突然現れた女にバットで頭を殴られたのだ。あれはもしかして、例のオヤジ狩りだったのだろうか。

 そうだとしたら、今までの被害者は全員中年男性だ。サクラちゃんが一緒にやられてしまったとは考えにくいが……

「あ、あの先輩! 僕が死んだ時に一緒にいた女の子がどうなったかとか、分かったりしませんかね?」

「んー? どれどれ?」

 先輩が両手を双眼鏡に見立て、何もない空間を注視し始めた。

「あの、そんなんで分かるんですか?」

「まーねぇ……あら、女の子二人が言い争いしてるわ」

 言い争い。相手が逆上したりしないだろうか。

「あのっ……どうにかなりませんか?」

「えー、そんな、私、そういう神的な存在じゃないしなぁ」

「で、でも……」

「ムスカが何とかしなよー」

「いや、だって、僕もう死んでいるんでしょう?」

「私だって死んでるもーん」

 ああ、そうだ。先輩は基本的にはこういう感じの人だった。

「てゆーか、ムっくん、まだギリギリセーフかもよ」

「ど、どういうことですか?」

「なんてーか、半分だけ死んでるってーか。今ならまだ戻れる、的な?」

「ほ、本当ですか? 一体どうやって戻れば!?」

「分からんちん」

「まったく! 本っ当にいい加減な人だな、あなたはっ!」

「あは。そのツッコミ。昔のムっくんが戻ってきたぁ」

「いや、今はそれどころじゃ……」

「やっぱ、ムスカ大佐そっくりだよねぇ、口調とか」

「誰がムスカ大佐だ! …………って、はい?」

「昔は眼鏡で七三分けだったから、もっと似てたんだけどねぇ」

「あの……ムスカ大佐って、その……ジブリの?」

「そうだよぉ。だからムスカリってアダ名にしたんじゃーん。ムスカリ、ムスカり、ムスカ似」

「……花言葉に関係があったからじゃ?」

「あー私、花言葉って嫌いなのよねぇ。だって、あれってどこの誰が考えたのかよく分かんないじゃん。花自体は大好きなんだけどさ!」

「『明日への希望』や『失望』を俺の中に見出したのでは??」

「あはは! なにそれー見出すとか! 面白ーい」

「…………マ ジ か よ ! !」

 あまりの衝撃に思わず叫んだ瞬間、僕は公園にいた。


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