絢爛の春
楽奏船
先帝の崩御とともにいっそ過剰なほどに春がやってきた。桃、桜、
蓮は先帝の死から気をとり直していた。後宮にとどめおかれたことで恨みの対象を新たな天帝・柘榴に切りかえたのだ。
「親の罪は子の罪。
ある意味やけくそで開き直った蓮は笛の演奏に集中していた。春先に行われる「
(柘榴帝の寵を得れば、そのそばに近づけるかもしれない。笛の腕でまずは気に入られないと)
宴で披露するのは三人での合奏だ。練習も当然三人でそろって行う必要があり、蓮と古謝は風虎に連れられて天河にある楽奏船へ赴いた。
楽奏船は後宮に九つある船のひとつで二階建て、朱塗りの寝殿造りのお屋敷に似た
宴まで日がなく、蓮たちはすぐにでも練習を始める必要があったが、船に乗りこみいざ音あわせをとなったとき、まともに練習しているのは結局蓮だけとなった。倭花菜がまだ来ておらず、一緒にやってきた古謝はといえば、
「ちがう! そこ、シャシャッじゃなく、トーン、テテンシャッだ! 何度言えばわかる」
「痛ッ、殴ることないだろー!?」
「お前がいつまでたっても覚えぬからだ。もう一度はじめから!」
風虎から猛特訓を受けていた。
蓮には理解できないが、古謝はなぜか筝をひくらしい。素人が急に筝をおぼえようなんて無茶な話だ。まして演奏は二週間後、それまでに古謝をなんとかしなければ三人での合奏はうまくいかない。
「ご機嫌よう」
困惑している蓮のかたわら、船に遅れて悠々と入ってきたのは倭花菜だ。楽人らしからぬきらびやかな衣装に身をつつみ、髪や爪をこれでもかと飾りつけている。遅刻してきたくせに倭花菜は場が整っていないことに怒っていた。
「あたくしが来たのにいつまで待たせるつもり?」
蓮は平然としていたが、古謝のことで手いっぱいの風虎が怒鳴った。
「お前こそ遅れてきてその態度はなんだ! こちらの準備が整うまで待っておれ!」
眉をつりあげた倭花菜は蓮の横へきて、高価な
「なんですの? あの態度。それにあの筝、本気?」
視線の先では古謝が今まさに音を間違えたところだった。たどたどしい手つきは思い通りの音を奏でることもできないように見える。
「あなた、ちゃんと彼らを教育してくださらないと困るわ」
「教育?」
蓮は失笑してしまった。
「風虎楽人は俺たちより位が上だ。後宮では与えられた位に従うもの。ここはお前のお屋敷じゃない、お前こそ教育し直してもらえよ」
「っ、それが呂家の方の仰りようなの!? いいわ、美蛾娘お姉さまに言ってあなたをまず天河へ流してもらうから!」
「好きにしろ。お前のお姉さまとやらが、まず柘榴帝に罰されなければ、だが」
「な――」
「そこ、うるさいぞ!? 練習しないなら帰れ!」
怒号を飛ばしたのは風虎だ。古謝は筝の前で倒れ、疲れたのかぐったりしている。
顔を怒りで真っ赤に染めた倭花菜は衣を勢いよく翻した。
「あたくし、ひとりで練習しますわ!」
去り際に風虎をねめつけると足音あらく船を降りていってしまう。倭花菜は己への愚弄をけして忘れない女だ。風虎の態度に怒り機嫌を著しく損ねたので、なんらかの報復があるかもしれない。
蓮はひとまず宮へ帰ることにした。ここにいても合奏はできないし、古謝の準備が整うまではひとりで練習するしかない。
船を降りようとしたとき風虎に呼び止められた。
「蓮、すまなかった。何か困ったことがあれば言いにこい。儂はひとまずこいつを何とかせにゃ」
「はあ」
「まったく、とんでもないことだ。素人に御前で筝をひかせるなど。しかしなんとしても今回は成功させねば」
難しい顔の風虎に蓮は片眉をあげてみせた。
「本当にこのまま筝をやらせるんですか? 筝なら俺もひけます。もしどうしてもというのなら」
「いや、古謝にやらせる。それが先帝の思し召しだ」
「先帝の」
瞬間、鋭くなった声には気づかず、風虎は床へ伸びた古謝に呻いている。
「次に失敗すれば儂ら楽人の命はない。なんとしても柘榴帝を喜ばせる音をつくるのだ」
古謝を座らせなおした風虎に、蓮は去り際にこっそりと失笑する。
(それならあんな風に倭花菜を怒らせるべきじゃなかったろう)
倭花菜は風虎を許さないだろう。どんな形であれ必ず己を愚弄した風虎を貶めようとするはずだ。それは最悪、合奏の失敗という形をとるかもしれないのに。
合奏が失敗して困るのは蓮も同じだった。柘榴帝に気に入られその側に近づくためにはなんとしてもすばらしい龍笛の腕を披露しなければならない。蓮は古謝と風虎に協力し、どんなことがあっても合奏を成功させるつもりでいた。
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