蓮ー3
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一方、牛車におしこまれた蓮は
滴るような夕陽が街道を照らしている。外を見た蓮は牛車の遅々とした歩みに苛ついていた。
「聞いておるのか蓮! 儂を親だと思うなら、すこしは我が家のことも考えてくれ」
「考えています、父上。俺は後宮で誰より栄達を極める予定です」
「それはよい、それはよいのだ。だが問題はお前のその心にある。蓮よ、儂は悲しい」
呂文官は説教が効かぬとみるや戦法を変えた。白布でわざと目元を拭い同情をあおろうとしてくる。蓮は何事かと冷ややかに向かいを見やった。
「蓮よ。儂はお前のことを実子と同じく大切に育ててきた。他の兄弟たちをひいきせず、むしろ優秀なお前にこそ力を入れ、手塩にかけてきたのだ」
その通りなので蓮は頷いた。
蓮は呂家の血を引かない、拾われ子だ。元々は
天帝への反逆は国でもっとも重い罪だ。当時六歳だった蓮は、側室だった母の機転で身代わりを使い一人逃がされた。幼い蓮は生きるあてなく
――それほどの罪なのか。王宮とは関わりのない、家族を全員殺さねばならないほどの罪か。生きていることが罪なのか。天帝とはそのような権利がある存在なのか。
人は天帝を神だという。けれど蓮にはどうしても受け入れられない。神なら何をしていいわけでもない、むしろ神なら慈悲深くあるべきだ。
蓮の恨みは深い。幼いひとり寝の夜、露に濡れて寂しい思いをした時には天帝を心で百回殺し、腹が減り悲しくなった夜には頭のなかで千回串刺した。なんとしても天帝を殺す――そう思っていたところへこの呂文官が現れたのだ。それが約十年前のこと。
「蓮よ。お前はむかし儂に言ったな。儂がお前を拾い育てると言ったとき、この御恩は忘れない、いつかお役に立ちたいと」
「はい。忘れてなどおりません」
「ああ! はじめてお前を見たとき」
呂文官はわざとらしく鼻をぐずつかせ、遠くを見やった。
「お前の楽の音はすばらしかった。しかしそれだけではないぞ。儂はお前の目の鋭さにこそ期待をかけたのだ。そこにある光が出世欲や栄達心だと思った。孤児だろうが何だろうが、上へ登ろうとするその強い心意気が身の内から溢れ、光って見えるのだと。我が家に必要な資質だと思った。『これは逸材だ、この機会を逃してはならぬ』と、そう己に言い聞かせたわ」
蓮は黙っていた。どこからどこまで本気の話か判じかねる。
「けれどそれはとんだ間違いだった。お前の内にあったのは復讐心、天をも滅ぼさんとするなんとも大それた馬鹿馬鹿しい空想だった。それを知ってなお、儂が今日までお前を大切に育ててきたのはなぜだかわかるか?」
答えられないでいると、呂文官は涙で濡れた顔をひしと向けてきた。
「儂は信じていたのだ。誠意をもって育てれば、お前がいずれ我が家の、真に呂家の子になってくれると。いまこうして武具を買い求め、それを後宮へ持ちこもうとしたお前を見逃すのも、明日お前を後宮へそのまま送り出すのも、儂がまだお前を信じているからだ。けして我が家に災難をもたらすようなことはしない、そうだろう? お前は我が意に応えてくれる、違いないな?」
呂文官の演技は迫真で十分に心を揺さぶられるものだった。しかし蓮は話半分に聞いていた。文官とは言葉たくみに人を動かすものであり、裏に別の思惑や意図があるのはわかりきっている。
(いまは呂家にとって大切な時、この俺が後宮にいることに意味がある)
だから生かされ、見逃されているにすぎない。後宮での働きを見て不要とみなされれば、蓮はすぐにでも見放されるだろう。自らの状況をそう観察できるくらいに、蓮は呂文官を信用していなかった。天帝への復讐に全身全霊、命を賭す覚悟も変わらない。
「父上、必ずお役にたってみせます。これまで育てて頂いた恩もけして忘れません」
明日こそ本当に今生の別れとなるだろう。真っ赤に滴る夕陽を牛車の窓から眺め、蓮は決意を新たにする。
(後宮で俺は必ず出世する。天帝の寵を得て呂家への恩をかえし、それから……それから天帝をこの手で
そのために蓮は生きている。復讐だけが蓮の生きる拠り所だ。
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