挿話26 勇者、ヴァルカニアに向かう

「勇者殿には、正式にヴァルカニアへ向かってもらいたい」


 翌朝には、王から依頼を受ける事になっていた。

 王もだいぶ頭を悩ませたのだろうが、勇者に一任するか――あるいは勇者に投げたほうがいいと思ったのだろう。


 ――そもそも、あんまり考えずに冒険者登録しちまったしなあ。


 冒険者ギルドがあったら登録するのはもはやお約束と言っていい。それ以上に倒すべき者が迷宮なんていうダンジョンの底にいるんだから、冒険者として登録したほうが早いと思ったのだ。おかげで教会側が混乱してしまったようだが、結果オーライだろう。


「それは使者として、ですか?」


 尋ねると、王は眉間に皺を寄せた。


「いまはまだ判断はできない。しかし、他国におくれをとるわけにはいかないからな」

「わかりました」


 ほぼ二つ返事でリクは了承した。


 聞いたところによると、いわゆる国境付近――つまりかつての魔力嵐とのスレスレの場所で、兵士たちがヴァルカニアの兵士を名乗る者たちと拮抗状態にあるらしい。向こうの実情がわからない分、お互いに使者を向かわせるよりも勇者を向かわせたほうが早い、ということになったのだろう。


 気になることがあるといえば、オルギスとハンスだ。

 オルギスはブラッドガルドがばらまいた文面を見てからずっと厳しい顔をしていた。対応に悩んでいることは多々あったが、これほど顔を顰めているのははじめてだ。

 反対に、ハンスはずっと姿を見せていない。裏切りに関しては考えてはいなかったが、これほど姿を見せないのも珍しかった。どうも各国が「宵闇の魔女」捜索で色々やったらしいので、盗賊であるハンスも顔が出しにくいのかもしれない。


 ハンスについてはひとまず置いておくことにして、リクを筆頭にした勇者パーティはその二日後に国境まで出かけることになった。

 用意された護衛の馬車のところに出向くと、先に白いローブのくせっ毛の男が立っていた。


「なんでお前がいるんだ」


 ナンシーはやや眉間に皺を寄せていた。


「やあやあ! はじめまして! きみが勇者様だね!? よ~~~やく会えたねえ!」


 ローブの男は、リクに片手を差し出した。


「僕はザカリアス。ナンシー君の魔物研究の師匠だよ」

「はじめまして。リクでいいですよ」


 握手を交わす。


「ナンシー君から聞いてると思うけどね、いやああんなのと渡り合うとかどんなでかい大男かと思ったら」

「ああ、いえ。でも、ザカリアスさんもナンシーも、よくあんなのと出会って無事で……」

「ま、あくまで使い魔越しだったからねえ。僕もおともさせて貰えて光栄だよ」

「ナンシーの師匠ならいろいろと知ってるかなと思いまして」

「まずは堅苦しいのは無しだ。さあともあれ、国境まで行こうじゃないか!」


 いきなり話の梶を取るザカリアスに、ナンシーが弓に手をかけた。

 リクはそっとその手をやめさせて、とりあえずは出発することになった。


 女性と男性とで別れた馬車の車内は、奇妙な空間ができあがった。オルギスも警護に回るように外を注視していたので、必然的にザカリアスとリクは話し合うことになった。


「いやでも割と死んだと思ったけどね!」

「そうだ、その使い魔。急にブラッドガルドが使い魔を作り始めたのも変な話なんだけど……」

「ナンシー君はいわゆる兵隊系の失敗作とみてるようだけどね」

「ザカリアスはどう思うんだ?」


 リクが尋ねると、ザカリアスは笑いを滲ませた。


「いやあ、僕なんかじゃまったく! だけど、失敗作ではなくある特定の目的を持って作られたものだとするなら、と考えるね」

「特定の目的?」

「そう。『見ること』だけに特化した使い魔の目的とはなんだろうね。彼らは実際に、千里眼や遠見の魔術のようなことをやってのけていたからね」

「……なるほど。斥候のような?」

「本当のところはわからないけれどね」


 リクはちらりとオルギスを見た。

 そういえばオルギスも奇妙なことを言っていた気がする。復活前のブラッドガルドと比べて、少し違和感を覚えたと。


「……ザカリアスは、ブラッドガルドを見てどう思った?」

「どうって言われてもなあ。勇者であるリクのほうが詳しいのではないかい?」

「ザカリアスの感覚でいいんだよ」

「……そうだなあ、やっぱりとても恐ろしいよ。使い魔越しだったのに足からびりびりきたし、金縛りにあったみたいだった。あんなものと取引や賭けをしているカイン・ル・ヴァルカニアなる人物は……いったい何者なんだろうね」


 ザカリアスがそう頷くと、オルギスがようやく二人のほうを見た。


「賭け? ブラッドガルドが賭け事を?」

「ええ! 僕たちがこの情報を持ち帰るのが先か、――宵闇の魔女が、黄金の文をばらまくのが先か、とね」

「なんっ……」


 オルギスが目を見開いたあと、口をぱくぱくと動かした。リクを見る目は、無言の中に問いを潜ませていた。リクは小さく頷いた。コピー紙を持ち込んだのは、宵闇の魔女なる人物の可能性が高い。となると、宵闇の魔女こそがこの世界に召喚された、勇者と対になる人物に違いない。


「どうかされました?」

「い、いえ。宵闇の魔女が……あの文を作ったのかと……」


 嘘が苦手なんだな、とザカリアスは思った。


「それより、僕は復活後のブラッドガルドしか見ていませんからね! あなた方の知っているブラッドガルドと何が違うのか、少し話し合うのもいいかもしれませんよ!」

「そうだな、そのとおりだ。俺はまだ復活したブラッドガルドを見てないし」


 それから三人は、ザカリアスの情報や自分たちのそれまでの冒険を話し合った。


 封印前のブラッドガルドは、どことなく空虚に見えたこと。しかし復活した後は、空虚さのようなものは感じなかったこと――。馬車が国境に着くまで、数度の休憩や女性陣との情報交換も含めて、ある程度知識の共有が行われた。もちろんリクの世界のことはザカリアスには秘めておいたが。


 やがて国境付近に着くと、一行は歓迎を受けた。

 罪人の追放場所から、ヴァルカニアとの国境守護へと変わりはてた関所だ。いままで機械的に罪人を次から次へと送るだけだった兵士たちは、慣れない作業に疲れ果てていた。

 そしてそこに一人。目つきの鋭い男が、リクを待ち構えていた。


「あんたが勇者か」


 値踏みするように、まじまじとリクを見てくる。


「俺はグレック。ヴァルカニアの騎士隊長なんぞをやらせてもらってる」

「リクです」

「アンタたちは第一級の客人ってやつだからな。城までの案内は俺たちがつく」


 それから、呆気にとられた顔でグレックを見るリクの後ろの者たちに視線を向ける。


「悪いな。他にも騎士はいるんだが、愛想のいいのが俺たちくらいしかいねぇもんでな。多少のマナー違反ってやつは勘弁してくれや」

「俺は気にしませんよ」


 リクはできるだけにこやかに言った。


「もっとデカい男を想像してた」

「……よく言われます」

「ま、うちんとこの王様もデカくないからな。度胸だけはデカいが」

「あなた、その態度でよく仕えていられるわね……」


 アンジェリカが思わずといったように言う。


「これでいいって言ってくれてんだよ、カイン様がな」

「……へえ」

「ま、俺は元剣闘士奴隷の追放者だからな。もっと行儀の出来てる奴はたくさんいる」

「ええっ。奴隷の身分からそこに?」

「国民の半分くらいは、魔力嵐の中に追放された奴らなんだよ。周りの国が調子に乗って魔力嵐に追放するから、生き残った奴らだっていたんだ。そいつらがまあ、改心して国を作ってるってわけだ」

「……そうだったんですか」


 ――前回来たときは、そこまで手が回らなかったからな……。


 魔力嵐は、女神ですら入れなかった場所だ。勇者であるリクですら無理だった。それというのも、中に入った途端に魔力を持つ者は満遍なく影響を受けたからだ。原因になっている地下からの魔力は、ブラッドガルドの消滅を待たないと駄目だということになった。

 だから中がどうなっているかは、アンジェリカたちに任せることになってしまった。リク自身は人間の手に戻ったことを悪くは思っていないが、そこには謎が多すぎる。


 ――カイン・ル・ヴァルカニア……か。


「ではどうぞこちらへ。駅まで案内しよう」


 唐突なグレックの敬語に虚を突かれつつも、グレックの騎士団に連れられて『駅』までの案内を受ける。その駅とは、当然馬車の停留所のようなものだと思い込んでいた。その建物が視界に入るまでは。


「では、こちらを使って城までご案内いたします」


 一行が案内された巨大な建物の中には、大きな鉄の塊が鎮座していた。


「な……!?」


 リクも思わず驚いた。


「いや、凄いね! なんだいこれは!?」


 ザカリアスが目を丸くした。他のメンバーも驚きを隠せない。


「こちらは魔導機関車と申しまして。魔力を使った高速の馬車のようなもの。馬車よりも速く城まで到着しますよ」


 ――蒸気機関じゃなくて魔導機関……?


 その鉄の塊は、記憶にある蒸気機関車に近いものだった。魔導機関というからには、蒸気機関そのままではないのだが。だが、その作りはあきらかに蒸気機関を模したものだ。前のほうにある動力炉らしきものと、そこから繋がる箱が数個。一瞬ここがどこなのか忘れそうになる。


「凄い……こんなものが」

「歩くとここから二日か三日くらいかかるが、これなら半日でつくからな」

「半日!?」


 さすがのオルギスも驚いていた。


「ちょ、ちょっとリク」

「えっ?」

「これ、大丈夫なの?」


 アンジェリカがやや不安げにリクの腕を掴む。


 ――あ、そ、そうか。


 こちらの世界に機関車というものは存在しない――いままで存在しなかった。存在しているのは目の前のこれだけなのだ。もちろんリクだって蒸気機関車に乗ったことは無い。けれども電車や地下鉄といったものは見慣れているし、テレビやネットの中で、まだ動いている蒸気機関車を見たことぐらいはある。


 窓の外から見えている中は、魔法の灯りと座り心地の良さそうな椅子の背だけが並んでいるのが見える。リクはそれを眺めながら、すぐ近くに見えた入り口を見る。だが不思議なことに、開いていない。


「あ、待って! すみません、こちらです! そっちは二等車なので」


 奥のほうで控えていた若い兵士が声をあげた。


「二等車って?」とアンジェリカ。

「主に平民が利用するところさ。二等車のほうが俺は乗り心地はいいんだがねえ。あっちが大事な客人専用の特別車両だ」


 ああそうか、と思ったのはリクだけだった。

 だが他の仲間たちはほぼ話についていけていないらしく、そわそわと周囲を見回しながらその言葉に従うしかなかった。

 案内された特別車両の中は外から見た二等車の中とは違っていた。装飾もやや豪華で、王族の使う馬車と遜色ない。魔法によってともされた灯りは同じなのに、ランタンだけが豪華だ。ソファもふかふかで、座り心地がとことん良い。

 やがて甲高い音を立てて、出発の合図がなされた。

 緊張するように杖にしがみついていたシャルロットも、魔導機関車が動き出すと目を輝かせた。


「凄い! 本当に動いてますよ!」


 ナンシーやオルギスも、普段の落ち着きがどこへ行ったのかというようにそわそわと周りを見回している。

 ザカリアスは護衛の兵士に感心したように言った。


「いや本当にねえ! これだけのもの、いったい誰が動かしてるんだい? かなり膨大な魔力が必要になると思うけど!」


 ザカリアスはにこにこしながら聞いたが、アンジェリカやリクはギョッとした。


「ああ、動かしてる奴はいるよ。だけどこいつは魔石を使ってるみたいでな」

「いやそれはわかるよ。結構な魔石を触媒に使ってるんだろう? そんなものを操るなんて、どれほどの魔術師なのかと……」

「そうじゃなくて、魔石そのものを馬みたいに使える技術みたいでな。それを魔導機関って言うらしいんだが、それさえあれば動かす奴は魔術師でなくてもいいらしい。他の乗組員は魔力が無くてもいいからな」


 ザカリアスは一瞬笑顔を硬直させたが、すぐに顔を輝かせた。


「なんだいそれは!?」

「俺たちもどうして動いてるかよくわからないからなぁ。わかるのは、魔石を動力にしてるって事だけさ」


 その言葉に、ナンシーでさえあまりのことに困惑の表情を浮かべていた。


「そうか。仕組みについては誰もがわかるわけではないんだね……。じゃあ、誰が作ったんだい?」

「ああ、……それは、たぶん……」


 グレックが言葉をやや濁す。


「どうしたんだい?」


 ザカリアスは、グレックが気にしているのが勇者であると看破した。チラッと後ろを見たあとに少しだけ近寄って、声を潜める。


「ここだけの話、なんだが……、ブラッドガルドだ」

「……ほう?」


 ザカリアスは目を細める。


「奴はこの土地を実験場みたいに思ってる。返したくせにな。だがそのときにもっととんでもないものを……鉄でできた龍を作ろうとしたんだ」

「……へえ」


 ごくりと唾を飲み込む。


「それをカイン様が、交渉の末にこの走る鉄の道に変更させたんだ。でも結局、作った後は飽きて放置。俺達が有効活用してるってわけさ」

「……なるほどお」


 ザカリアスはそれから礼を言った。

 何事もなかったかのように、リクたちのほうを振り向く。


「でも本当にこれは凄いよねえ。しかもこんなスピードだよ。これがあればとてもたくさんの人や物を運べるだろう!」

「ええ、本当に! この技術を広められれば、凄いことになりますよ!」


 シャルロットはあいかわらず興奮気味に言ったが、アンジェリカは微妙な表情をしていた。


「……いいえ。手放しで喜べるものでもないわ」

「えっ? ど、どうしてですか?」

「そりゃそうだよ、シャルロット」


 リクが言う。


「え、だ、だって、凄く便利じゃないですか」

「便利なのはそうだけど……なんて言ったらいいかなあ」

「しょうがないなあ、このザカリアス先生に任せたまえ」


 ずいっ、とこのときとばかりにザカリアスが口を挟んでくる。ナンシーが睨んだが、お構いなしだ。


「もちろんこの技術は喉から手が出るほど欲しい国はたくさんあるだろうね。それはもうとんでもないことになるさ。確かにこんなデカブツ、用意するだけでも大変そうだけど、人と物資を大量に運べるなんて夢のようじゃないか」


 それこそ何もかもが変わってしまうだろう。


「更にもうひとつ。この魔導機関車という高速馬車は、乗りさえすれば魔術師でなくとも魔法のように行き来できるんだ。元々二日かける距離を半日だぜ? しかもそれを、魔術師でなくとも動かせるときた。魔術師でなくとも良い――これがどんな結果をもたらすかわかるかい?」

「魔術師の優位性が崩れてしまう……」

「ご名答だよ、さすが勇者だ! 魔術師はプライドが高いからねえ、この技術を認めはしない人たちもいるだろう」


 アンジェリカは渋い顔をしていた。


 ――そして、確かにこれは俺たちの世界の技術を元にしてる……。


 間違いなく、ブラッドガルドはリクの世界の事を吹き込まれている。


 ――吹き込んでるのが宵闇の魔女には違いないんだろうけど。いったいどうしてそんなことに……。


 その理由をリクが知るのはもう少し後だった。

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