荒れ地に行こう(6)

 夕飯として出されたのは、カボチャやジャガイモ、何かの葉といった野菜を卵に混ぜて蒸し焼きにしたものと、味の濃いチーズ、何かの肉を塩漬けにしたものと、質素ではあるが豪華にも見えた。

 ジャガイモはこちらでは岩芋だとか石餌だとか呼ばれていて、これまた迷宮によく生えるものらしい。ティキは蒸したジャガイモに塩バターを載せたもの――要はじゃがバタ――の方が好みのようで、しばらくぶーぶー言っていた。


「美味しい!」


 労働の後だから――というのを差し置いても申し分なかった。

 ほどよい塩分もあるし、カボチャにもちゃんと味がある。チーズも充分味が濃くて、食べ応えがある。肉は先日、食用にもなる魔物が討伐されたことで山分けにされたものらしかった。

 塩漬けにした魚の干物も貰ってきたらしく、それはスープの具に入っていた。ここでは焼くかスープにするのが習慣らしく、これまたシンプルなものだった。しかし疲れた体には充分だ。出汁、という発想があったのはありがたい。


「普段もこういうものを食べてるの?」

「えー。普段からしても豪華だぜこれ」


 ティキが答えると、コチルが顔をあげた。


「歓迎。皆くれた」


 ことごとく、新人は歓迎されるようだ。

 ここに無いものといえばあとはパンだけだ。

 コチルいわく、小麦は誰かが作ってはいるが、大麦やジャガイモのほうが楽だからとそちらのほうが主体になっているらしい。だから年中通して作れるほどの量は無い。

 だが、ここに住む者たちにとってパンは存在自体が「あこがれ」のようなもの。なので、秋の収穫祭の祭りなどにあわせてパンを焼くのだという。それも複数の麦を混ぜ合わせたり、二級のものではなく、正真正銘の白パンらしい。

 そのあとに残った二級麦を冬にかけての食糧にするのが主なのだという。


「じゃあ、トウモロコシとかは?」

「トウモロコシ?」

「黄色とか黒とかで、つぶつぶが連なってるやつ」

「ああ、眼鱗」


 ルリはその言語センスのほうに絶句してしまう。

 そもそもブラッドガルドによれば「日本語は喋ってない」らしいので、おそらくは扉を通ったときになんらかの翻訳の力が働くのだろう、ということだった。

 だがせめてトウモロコシやカボチャくらいそのまま翻訳してくれと思ってしまう。

 鬼瓜だの岩芋だのはともかく、眼鱗は無いだろう。


 結論としては、トウモロコシは便利だが土の水をやたらと吸うのであまり作っていない、とのことだった。


「んー……そっかあ」


 スマホは持ってきたものの圏外である。

 入れているアプリもSNSや普段やっているゲームはオンラインでないと使えない。それを除けば、ダウンロードだけしてあるチェスゲームや料理の簡単レシピくらい。電子書籍アプリもあるものの、さすがに農業や工業がわかるような本は入れていない。


「ネット……じゃなくて、うちの図書館なら多分、小麦やトウモロコシのいい育て方もわかると思うんだけど」

「そうか。残念だ」


 あまり残念と思っていない口調だった。

 仕方ないと思っているのだろう。だが、ティキのほうは耳ざとく聞きつけた。


「なあおい、そのナントカってとこは何でもわかるのか?」

「えっ。多分?」

 その返答に目を輝かせる。

「そこには外の世界のこともわかるんだよな!? どんな奴らがいるんだ!?」

「えええ、ちょ、ちょっと待って!」


 瑠璃がティキにじゃれつかれている間、カインも興味深げに話を小耳に挟んでいた。コチルはその様子を無表情のまま見ていたが、やがて話を変えるように口を開いた。


「お前たち。明日はどうする」


 その言葉で、瑠璃はようやくティキから解放される。


「僕は支障が無ければ、他の仕事を見回りたいと。今日のように鍛冶場の仕事もいいですが」

「ルリは」

「特に決めてない」

「なら、明日頼みがある奴がいる」

「わたしに?」

 思わず呆気にとられたような声になる。

「その。手袋。を貸してほしい奴、いる。宝探しする。と」

「宝探し!?」


 瑠璃の目が一気に輝いた。


「えっ、何それ!? 面白そう! 行く!」

「そうか。ならいい」


 どうも迎えに来るのは決まっていたらしい。

 完全にノせられた感のある瑠璃を、カインは今度は複雑な目で見つめた。


 それから夕飯を片付けると、二人は元々寝かされていた部屋に通された。

 コチル一人で住むには少々広いのではないかと思ったが、ここは村の中心地から少し離れているのだという。そういうところも気にしているようだ。


「ふあーっ」


 ベッドに腰掛けると、思わずため息が漏れた。

 着いたのはいいが、これからどうなるのかがさっぱり思いつかない。そりゃあファンタジーアニメならここに住んだり旅に出たりするのだろうが、瑠璃の目的はそうじゃない。

 ぼんやりと暗くなった窓の外を見つめたが、何も見えなかった。


 しばらく見ていると、ノックの音が響いた。

 返事をすると、控えめに扉を開けたのはカインだった。


「いま、よろしいですか」

「おー、いいよいいよ。どしたの?」


 適当な場所を開けて示す。

 カインは白湯の入った木杯を持っていて、瑠璃に渡す。


「……めまぐるしい一日でしたね」

「めまぐるしいなんてもんじゃなかったけどね」


 瑠璃が言うと、カインは小さく笑った。


「……瑠璃さんが、亜人に抵抗を感じない人で良かったです」

「亜人て……えーと、コチルさんのこと?」

「はい。もしかして見るのははじめてではないかと」


 そういえばゲームなんかで亜人って言い方もあったな、とぼんやりと思い返す。


「あー。見た目がああいう人たちのことを亜人?」

「……あー……」


 そこからか、という空気を感じる。

 ブラッドガルド以外の誰かから感じるのは久しぶりだ。


「魔物の中でも人型で、且つ中立を保っている者が亜人です。ブラッドガルドも人型ですが、彼女のように体型がヒトに近い者も人型と呼ばれます」

「それは種族とか関係なく?」

「ええ。はぐれとも呼ばれるんですが、ゴブリンやオークは複数で行動するでしょう。その中で、稀に単体で行動しているものが亜人と呼ばれやすいですね。ゴブリンは迷宮商人、オークは木こりなんかになりやすいです」

「じゃあコチルさんは?」

「おそらくコボルト種かと。迷宮の中なら亜人の集落もありえますけど、ここは人間もいるようですから……」


 亜人と人間がともにひとつの集落を形成している、という状態が珍しいのだ。


「瑠璃さんの国に亜人はいないんですか? 特にそのことに驚いたようには思えなかったですが……」

 それを聞かれると困ってしまう。

 いないのは事実だが、ゲームやアニメのキャラクターなら存在していないこともない。

「……い、いろいろかなあ。国を守る立場にいたり、敵だったり」

 ウソは言っていない。

 ただし思い浮かべたのは、戦隊ヒーローものの司令官とか敵の怪人とかだ。


「……驚きました。申し訳ありません、そもそも亜人という括りが無いのですね」

「ああいや、謝ることじゃないよ!」


 せめて「居る」ということにしておかないと、夢が無い。

 むしろブラッドガルドという存在に慣れすぎて、自分の国に亜人がいないことをすっかり忘れていた。


「あなたの国は不思議ですね……。図書館にも相当な知識があると思うのですが、教えてしまって良いのですか?」


 一瞬なんのことだろう、と思ってしまったが、ネットのことだ。


「あれはあるかもしれないってだけで……」

「いえ、あるんでしょう。でなければ僕にあれほど白パンを出せませんし」


 瑠璃の目がやや泳ぐ。

 まさかここでそれを指摘されるとは思わなかった。


「図書館には誰でも入れるんですか?」

「あっ……あーー。ええと、一応うちの国の人たちなら入れるかな! たぶん私が覚えて教えるのは構わないと思う!」


 さすがにスマホを見せて「これで検索できるよ」とはいくまい。

 それに今は圏外だ。

 圏外なんて昔のミステリー小説でしか見ないような都市伝説まがいの類いだと思っていたが、実際にあるらしいのをはじめて知った。

 瑠璃は話を変えるように慌てて続ける。


「そ、そういえばカイン君は明日からはどうするの? ああいや、やることは聞いたんだけど、どういう風に行動するのかとか……」

「僕ですか? ……そうですね、ルリさんさえ良ければ、僕はもう少しこの村のことを知りたいと思います。人々が本当はどこからきて、どうしてここで生活していけているのか……。もうしばらくしたら、何をすべきか一度あなたの意見もお聞きしたい」

「うん。別に構わないよ」


 特に何も考えず頷く。


「ありがとうございます」とカインは言ってから、声を潜める。「……それに、今……あなたのことは、隠しておいたほうがいいかもしれない」

「隠されてないんだけど……」

「あなたが自由に魔力嵐を出入りできることですよ」

「あっ、そっち」


 今度はカインが神妙な顔で頷く。


「今ここで、外の世界へ行ける人間がいる――という事実は、混乱しか生まない気がします」

「うーん……」


 いまいちピンとこなかったが、現地に詳しい人間がそう判断したのだから、それに任せることにした。


「カイン君がそう考えるなら、私は言わないでおくよ」

「ええ」


 それから二人はまた少しこの村のことを話したあと、カインは立ち上がった。


「それじゃあ、おやすみ」

「ええ。おやすみなさい」


 木杯を両手に持ったカインを送り出し、瑠璃は扉を閉める。


 その様子を、通路の角から視線が見つめていた。

 気配を殺し、コチルはカインが出て行くのをじっと見ていた。

 その目は細くなり、二人を監視するようだった。しかしやがて二つの扉が閉まって静かになると、コチルもしばらくした後に部屋へと戻ったのだった。


 翌朝、オオムギのミルク粥を食べ終えた後、カインとルリは再びティキに連れられて外へ出た。コチルが案内すると言ったのだが、ティキがまた無理矢理に連れ去ったのだ。

 途中でカインは分かれて一人になると、人々をつぶさに観察する。


 すれ違った人。

「おはようございます」

「はい、おはようさん」

 畑で小さな実を切っている人。

「今は何をなさってるんですか?」

「おう。こうやって選別すっと、他の実が美味くなるんだよ」

 川で釣りをしている人。

「やあ。釣れますか」

「まあまあだな」

 そしてもう一度挨拶。

「おはようございます」

「あっ、あなた外から来た人ね。おはよう、ようこそ!」


 カインは村を歩きながら、その牧歌的な景色を目に焼き付ける。

 何か怪しいものがありはしないか、怪しい人物がいはしないかと探してみたが、これといって目につくものはない。そんなわかりやすいようなものはなかった。

 村にはごくごく当たり前のように人間がいて、亜人がいた。魔物という脅威をはねのけ、お互いに依存しつつも交換関係が成り立ち、そして彼らの過去など無いように回っていく世界。過去の無い世界。

 いったいいつから有ったのかわからぬ聖域。


 ――まるで、小さな楽園のようだ。


 のどかで、自由で。

 政のことなど気にもとめず、自分たちだけで回っていく世界。

 少なくともその空気はかつてカインのそばにありながら、窓の外にあった世界だった。王になるために、家という建物で断絶された世界。そこにあったのがこれほどまでだったのかどうか、今は確かめるすべはない。けれども、すぐそこに手を伸ばしても自分は入っていけなかった世界だった。

 目を閉じて、その風景を噛みしめる。


 だがその自由は魔力嵐の中にあり、ブラッドガルドが討伐されれば崩れる。

 どこかの国がこの地を手に入れれば、彼らはどうなるのか。


 目を開けると、いまだ自分の前に見えない線が引かれているような気がした。


 カインは何を言うでもないまま、再び歩き出した。

 足は自然と鍛冶屋へと向かった。誰かに見つからないうちに、意識的に気配を消して歩く。こんな時に騎士団時代の訓練が役に立つとは思わなかった。

 軋んだ扉を開けて中へと足を踏み入れる。やや暗い室内に、まだ剣を生み出す火の気配はなかった。奥のほうで小さな音がして、取り出した剣をまじまじと調べている初老の男がいた。

 振り返りもせずに言う。


「またお前さんか」

「はい。昨日聞きそびれてしまったので、この村のことについて詳しくお聞きしたいと思って」

「もうここから出られんというのに?」


 そこでようやく男は振り返った。

 男は白い毛の混じる茶髪を乱雑に掻き、まじまじとカインを見つめる。その左手には何も巻いていない。


「はい。興味がありますので」

「ふん」


 男は鼻を鳴らすと、立ち上がる。


「気に入らん目だ。今のこの状況がひっくり返ると思っている……」


 カインは何も答えなかった。


「まあいい。ここに来たからには手伝ってもらうぞ」

「はい。宜しくお願いします、ペックさん」





 一方、ティキについていった瑠璃は――叫んでいた。


「うおおおあああ!! 怖い!! チクショーこれが狙いか!!」


 ぶんぶんとうなるミツバチを前に、完全に腰が引けたまま半泣きになる瑠璃。

 お宝という名のハチミツにたかるハチは、可愛さよりも数の多さに恐れをなしてしまう。


「ほらほら落ち着け嬢ちゃん、ハチも興奮してるぞう。刺されると痛いぞ~?」

「深呼吸深呼吸ー。離れて離れてー」


 中年の男とまだ若い男が、興奮するハチを軽くいなす。

 というより、ハチを前に右往左往する瑠璃を面白がっていた。遠巻きに逃げ回る瑠璃はほぼ邪魔でしかないのだが、怖がる様子が新鮮なのか爆笑していた。


「手袋だけ必要なら私行く必要ないじゃん!? それか養蜂用の手袋使えよお!!」

「何事も経験だぜ。はははは!」

「そんないいもの見つからないしな!」


 自分より年上の男たち二人に翻弄されながら、瑠璃は早々に後悔していた。

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