柴山の場合
前編
「お~、相変わらず立派な風船葛だなあ……」
私が住んでいる一軒家は道路に面している。その隣にあるお宅の庭に、弦を長く、そして背を高くした風船葛の花と風船が、鈴生りに生っている。
他にも朝顔やきゅうりやインゲンなどのつる野菜が植えられていて、それすらも日除けにしているのだから凄い。
その家に住んでいるのは車椅子に乗った女性と背の高い男性で、奥さんが絵本作家兼イラストレーター、旦那さんが消防士だそうだ。とても幸せそうな笑みを見せる二人だから、私もついほっこりしてしまう。
しかも十四歳差というとても年齢が離れているご夫婦で、それも萌えのひとつだ。とてもそんなふうには見えないけどね。
そして彼女はとある事故に巻き込まれた仲間でもあったりするし、風船葛の種をお裾分けしてくれた女性でもある。彼女にもらった当初は面倒くさがりな私にもできるかと不安だったものの、水と太陽の光、雑草さえこまめに抜いておけば、放置していても育つと言われて始めてみた。
ハイ、ほったらかしていてもしっかり育ってくれました!
そんな私よりも年若い彼女の名前は、西 麻衣さん。家自体は麻衣さんの実家ではあるが、麻衣さんのご両親の要望と麻衣さんが車椅子に乗っていることもあり、旦那さんが越して来たという。
結婚して一年がたつという、未だに新婚ホヤホヤでラブラブなご夫婦だ。
まあ、そんな私の旦那も、麻衣さんの旦那さんとは事故関連でも仕事でも、ちょっとした関係者ではあるが。
その事故仲間というのは十一年前に起こった脱線事故で、死者と重軽傷者がたくさん出た事故だった。幸いにして私は軽傷で済んだが、麻衣さんは重傷で片足が義足になることを余儀なくされたという。
***
その事故の当日、私こと旧姓
現在は旦那でもある彼との出会いの話でもあるのだ、その事故は。
彼氏や好きな人はいなかったけれど、ぶっちゃけた話、私はお見合いなどしたくなかった。だが、伯母に紹介されたことと、伯母本人からも「会うだけでいいから」と言われ、渋々ながらも頷いた。
後日、釣書きと写真が送られてきて仕方なく読んだ。そして写真を見た時、彼に会ってみたいと思ったのだ。
写真を見た限り、一言でいえば目つきの鋭いイケメン。けれど、顔以上に惹かれたのは、とても強い光を放った鋭い目だった。
写真だけでは図れない、とても鋭い目。いったい何を見ているんだろうと、気になったのだ。
お見合い場所は伯母の家の近くのホテル。職業が警察官だから、「もしかしたら来れない場合もあるかもしれない。その時は別の日にしてほしい」と言われていたらしく、とにかく気軽に来てということだった。
それならいいかと電車に乗り、あと一駅で最寄り駅に着くというところで、脱線事故に巻き込まれたのだ。
前の駅で人がたくさん降りていて、あと一駅だからと立っていたのが災いした。そのまま後ろに転び、誰も座っていなかった長い座席が背中に当たったのか、強い衝撃を受けた。
そしてすぐにガラスが割れる音や悲鳴、子どもの鳴き声などが聞こえてくる。
動ける人はすぐに動いて車両から出たようだけれど、誰もが他人を助ける余裕がないほどのパニックに陥っていたのか、私を含めた椅子の下敷きになった人がううめき声を上げ、助けを求めていた。
「助けてください! ここにいます!」
「すぐに行く!」
どれくらい我慢していたんだろう……。
背中と腕の痛みに我慢して顔を顰めてつつ、あちこちから聞こえる助けを求める声に交じってガラスを踏む音がしたので声を張り上げると、イケボな声が聞こえた。すぐに背中にあった座椅子をどかしてくれて、助け起こしてくれた人物を見て、お互いに「「あっ!」」と声をあげた。
なんと、私を助けてくれたのは、お見合い相手でもある柴山さんだったのだ。とても驚いた顔をしたあとで、とても痛ましそうな表情になる柴山さん。
軽傷だったと言っても、椅子と床に挟まれた挙げ句、腕にガラスが刺さった状態だ。腕や背中が痛いし、ガラスが刺さったのを勝手に抜いて血が足りなくなっても困る。
だけど、痛いから抜いてしまおうか――なんて考えていた時に、声がしたのだ。だから私は、できるかぎり大きな声で、「助けてください!」と叫んだ。
そこに駆けつけてくれたのが、オレンジ色のツナギを着た消防隊員と一緒に捜索に当たってくれていた、柴山さんだった。彼も同じ電車に乗っていたけれど、一番後ろの車両にいて怪我などなかったことが幸いした。
退院したあとで聞いた話だが、お見合いにいかなければならないけれど、脱線事故に巻き込まれたことでその時間に間に合わず、伯母の携帯番号を知っていたからすぐに電話をして事情を話した。別の日にしてほしい、と。
伯母はそれを了承し、すぐに私に電話をかけたが繋がらない、もしかしたら同じ電車に乗っているか、遅れているのではないかと、逆に話をしてくれたらしい。
柴山さん自身は自分が動けるからとすぐに警察官が集まっている場所に行き、手帳を見せてから捜索に加わったそうだ。自分が所属している警察署の所員がいたことも幸いし、すぐに一緒になって捜索に加わったんだとか。
そして私はといえば、助け出されたあと、救急隊が近くにいたことですぐに救護関連の場所に連れていかれた。わざわざ付き添ってくれていた山さんは、「仕事に戻るから」と私に告げ、「後ほど叔母経由で連絡をするから、もし入院したのならあとで教えてほしい」と言って離れた。
なんとなく心寂しさを感じつつも私はそれに頷き、消防官と一緒にたくさんの救急車が停まっている場所に案内されると、すぐに診断をしてくれる。どんな状態だったのか、どこにいたのかなどを聞かれたので正直に話すと、ボードを持った隊員さんが何か書き込んでいた。
そしてすぐに動く救急隊員。
「背中の状態が気になることと、腕にかなり大きなガラスが刺さっていますから、病院に搬送します」
「わかりました。ありがとうございます」
他にも同じ症状の人と一緒に救急車に乗せられ、近くにあった救急病院に搬送されて、すぐに検査のうえで処置された。ガラスを抜くのに腕に麻酔をかけられ、その場で抜かれたあとで縫合。ガラスが三ケ所に刺さっていたせいで、十五針を縫う怪我だったのだ。
あとは背中の打撲くらいでレントゲン検査では特に骨折やひびなどもなく、頭を打っているということもなく、念のため一日か二日ほど入院して様子見となった。腕の怪我があるから、高熱が出る可能性が高いと言われたのだ。
頭を打たなかったのは、カバンを頭に載せたのが功を奏したみたい。
その鞄も一緒に持ってこれたんだから、私は幸運なほうだろう。病院から母と伯母に電話すると、とても心配された。母に着替えとスマホの充電器を持ってきてもらうようにお願いし、伯母には柴山さんに伝言を頼んだ。
結局入院したその日に熱を出した以外は特に何の問題もないことから、三日入院しただけで退院できた。そしてわざわざ迎えに来てくれた母と一緒に会計をして、次の予約が入っているとのことで予約票ももらう。
いつも保険証と病院のカードを持ち歩いていたから助かったし、安く済んだ。他にも源泉徴収関連の話などを教えてもらい、会社に提出する書類も渡されて帰宅。
柴山さんは事故関連で忙しかったらしく、病院に顔を出すことはなかった。
母が運転する車に乗りながらもう一度伯母に連絡し、電車に乗っていて事故にあったことや柴山さんに助けてもらったことを話し、改めて彼にお礼を伝えてほしいと話し、スマホを切る。
そして母と一緒に家に帰れば、我慢していたのか母が泣き崩れた。
母によると、お見合いに行ったはずの私が怪我をしたせいで入院している間の母はおろおろし、父と妹と弟がずっと「落ち着け」と言ってくれていたそうだ。そんなこともあり、家に帰ってきたことでホッとしたのか、「よかった」と泣かれた。
まあ、怪我しちゃったからね。利き腕じゃなくて助かったよ、ほんと。
ただ、のちのち背中の痛みが出るかもしれないから、もし痛みが酷いようなら病院に来てくださいと言われているので、そこだけは注意しておこう。
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