番外編 二人でデート?
退院してから一ヶ月たった。私は自由気儘な絵本の挿絵画家だけど、西さんは仕事がすごく大変だ。
私が退院してすぐに西さんのお休みがあったんだけれど、その時彼がざっと勤務時間を話してくれた。
基本的な考え方としては、週休二日。ただ、勤怠がかなりややこしくて、二交代制と三交代制ではかなり違うらしい。
西さんがいる消防署は三交代制で、三週間で一サイクルという形で、丸一日出勤日と非番、休日があるらしい。三週目の最後は連休で、「連休の前は日勤だから夕方からずっと一緒にいられるよ」と言っていた。
お仕事も、デスクワークとか調査とか、訓練とかの合間に出動要請があれば出動するし、夜は交代で仮眠をとりながらいろいろとやるらしい。お仕事も日々違うんだって。
真冬の朝にやる消防車とかの洗車はかなり寒くて冷たい、らしい。
とか言ってるわりにはすごく楽しそうだから、たぶん西さんは消防官のお仕事が好きなんだろうと思うし、勤怠のことを聞いた今では、よく西さんの出待ちに都合よく会えたと思う。
デートも何回かしてるけれど、そのほとんどが食事や近くにある公園で散歩デートだ。たまに遠出したいなぁとは思うけれど、疲れた顔をしている西さんを見てるとそんなことを言えるわけがないし、それに義足がまだ直って来ていないから私も車椅子だしで、あまり遠出したくないというのもあった。
正直に言えば、車椅子に乗っている私が恋人でいいのかな、と悩む。一度そんなことを呟いたら、西さんに叱られた。
「俺は、誰が何を言おうと、麻衣にハンデがあろうとなかろうと、そんなことは気にしないし麻衣も気にする必要はない。麻衣だから好きになった……ただ、それだけだ」
そんなことを言われて、また西さんが好きになった。だからもう、気にするのはやめた。
一緒に話をして、食事をして。DVDを見てたまに意見が合わなくて喧嘩をする時もあるけれど、それはほとんど私が「この俳優さんカッコいいね」という呟きに対してのことなので、嫉妬しているのかなと思っていたりもする。
今日は西さんとデートだ。しかも、連休初日。
「たまには麻衣の行きたいところに行こうか」と言ってくれた西さんに、「昔住んでた町に行きたい」と言ったら意外そうな顔をされた。
「なんで行きたいんだ?」
「うちに風船葛があるって教えたよね?」
「ああ、庭にあるグリーンカーテンになってるやつだよな」
「うん。あの風船葛の種は、今のところに引っ越して来る前にもらったやつでね、あの風船葛をくれたお姉さんにお礼を言いたいの」
「お礼?」
「うん。あの風船葛をもらったから今の私がいるし、西さんに会えた気がするから」
「まったく、お前は……」
俺を煽るなと呟いた西さんに首を傾げたら、キスをされた。
西さんとはまだキスしかしていない。でも、キスをするたびに深く長く、まるで官能を引き出すかのようなキスになっていってる。
その先に進みたいと思う反面怖いと思う部分もあるし、西さん自身は結婚してからと思っているみたいで、「早く改装終わらないかな」と楽しそうに呟いている。
現在うちは改装中で、それが終わったら西さんは我が家に引っ越して来る。
本当は私が西さんの家に引っ越すはずだったんだけれど、兄は職場から遠いから別にマンションを買っちゃったし、家が私用にバリアフリーになっていることと、西さんの職場にも近く、尚且つ私との結婚条件がこの家に住むことだったらしいから、西さんはその条件を飲んだらしい。
なんで条件を飲んだのか理由を聞いたら、西さんは早くにご両親を亡くされていて親孝行できなかったから、私の両親に親孝行したいそうだ。
いろんな話をしながら連れて来てもらったのは、昔住んでいた町だ。車をコインパーキングに停め、車椅子を操りながら西さんと並んで歩く。
懐かしい町並みだったが、変わってしまった場所もたくさんあった。
「あ、ここだよ」
「え、ここ!?」
驚いた声をあげた西さんを不思議に思いつつも、目の前にある家を眺める。記憶にある家よりも大きくなり、玄関には『下田動物病院』と書かれている看板がついていた。
視線を別のほうに向ければ、お腹の大きなお姉さんが風船葛の前あたりの庭を弄っていて、何かに気付いたのか、ふと顔を上げて私たちのほうを見た。
「あら? 博之さん? こんな時間に来るなんて珍しいわね」
「こんにちは」
「こんにちは。ふうん……彼女? って、あら? 貴女、どこかで会った?」
なんでお姉さんが西さんを知ってるのと思いつつも、お姉さんをじっくり見る。十年前とあまり変わらないお姉さんは、十年前と同じように妊婦さんで。
不思議そうに首を傾げたお姉さんに「はい」と頷く。
「あの、十年前に、お姉さんに風船葛の種をいただきました。『幸せのお裾分け』って言われて」
「んー……? ……ああ、あの時の! あの時はまだ中学生くらいだったわよね? そっかあ、もう十年かあ。何だかあっという間だったなあ」
お姉さんがしみじみそう呟いた時だった。動物病院の看板がある場所とは違う玄関から、ガタイのいいお兄さんが、あの時と同じような顔をして出て来た。
「彩、
「帰りは?」
「わからん。狩に行くか、シキテンに行くかで変わるから、早くても明日かもな。って、あれ? 博之? どした?
あの日と同じようににっこり笑ってそう言ったお兄さんは、車に乗って出かけて行った。また意味のわからないことを言ってるし。
タタキってお魚? 狩に行くって言ってたから、釣りかな? とか思っていたら、お姉さんが苦笑してた。
「敦志さん、相変わらずだな」
「まあね。あ、上がって。是非とも二人のことを聞きたいわ」
西さんとお姉さん、お兄さんの会話を呆然と聞いていたら、西さんが車椅子を押してくれた。玄関先に着くと「麻衣、ちょっと立って」と言われて立つと、西さんは車椅子を畳んでどこに置いたらいいかお姉さんに聞いてくれる。
そして車椅子を置いて私を抱き上げ、靴を脱がせてくれたあとで中に入ると、奥へと連れて行ってくれた。
「お茶を持って来るから」
お姉さんが部屋から出て行ってから、西さんにいろいろ聞いてみた。
「西さん、あのお姉さんを知っているの?」
「ああ。俺の従姉。彩さんていうんだけど、彩さんのお父さんが、俺の母さんのお兄さんなんだ。つまり、伯父さん」
「ええっ!? そうなの!?」
「ああ。でも、麻衣が彩さんを知っているとは思わなかった」
「知っていると言うか……風船葛をくれたお姉さんが、あの人だったの。あの時もお姉さんは妊婦さんだったよ」
そんなことを話していたら、お姉さんとお姉さんのお父さんらしき人が来て、四人でいろいろと話をした。西さんとの出会いとも馴れ初めともいえる二回の事故の話とか、風船葛をもらったあとの話とか、西さんの小さいころの話とか。
西さんの親代わりだったと教えてくれたおじさんは、西さんの結婚のことをすごく喜んでくれていた。
ご飯を食べて行ってとおじさんにもお姉さんにも言われたけれど、また近いうちに来るからと言い、お姉さんに風船葛のお礼を言って下田家をあとにした。
「素敵なお姉さんやおじさんだね。あのお兄さんも面白そう」
「たまに火事の現場や事故現場で会うが、仕事中の敦志さんはすごく厳しいな。だが、仕事が終わると普通のお兄さん。顔はちょっと怖いけど」
「西さんと一緒だね」
そんなことを言ったら、西さんが急に車を停めた。なんだろう、と思っていたら急に顎をとられてキスをされた。
「西、さん?」
「……名前」
「え?」
「いい加減、名前で呼んでくれないか、麻衣」
「う、あの」
正直に言えば、名前で呼ぶのは恥ずかしい。博之さん、と小さい声で名前を呼ぶと、西さん……博之さんはふっ、と笑ってまたキスをしてきた。
「真っ赤になって……麻衣、可愛い」
「へ!? いや、その……! もう、西さんの意地悪!」
「また名前じゃないし。今度名前を呼ばなかったら、またキスするぞ?」
そう言った博之さんは私にまたキスをしたあとで車を走らせた。
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