第12話 後ろのありさ

無事に就職をすることができた私。でも、実家を出なくてはいけなくて、父がマンションの一室を用意してくれた。

一人暮らしなのに、2DKなんて広いマンションで、家族の多い家だった私は何だかとても落ち着かなくて、自分のベッドを押入れの中に作るなんて笑われそうな事をした。でも、とても落ち着く。


覚悟はしていたけれど、仕事はとても大変で、毎日会社と自宅の往復で精一杯。食生活も悪くなるし、誰かと話をすることもあまりなくて、私は半泣きで枕に頭をぶつけながら、実家の事を思い出していた。

実家はいつも騒がしく、兄と姉、弟が2人と妹が1人。毎日喧嘩をしていたけれど、いろんな話もしていた。いま、そんなささやかな事が幸せだったんだって、よく分かる。


「会いたいな……」

私はそう呟いた。

「誰に?」

少ししてそんな返事が聞こえてきた。私は少し驚いて周りを見回す。

「誰に会いたいの?」

再び声が聞こえた。どうやら、この声は壁の向うからしているらしい。

返事をしようか迷ったけれど、私は返事をすることに決めた。

「家族にね、会いたいの」

私がそう言うと

「ふ~ん」

と返事があった。その夜から私は壁の向うの誰かとの会話が始まった。

声は女の子の声だった。女の子といっても、そんなに小さな子ではない。もしかすると私と同じくらいの年齢かもしれない。

朝起きて「おはよう」というと壁の向うからも「おはよう。いい天気だね」と返事があった。仕事から帰ってきて「こんばんは」というと「おかえりなさい」と言ってくれる。

壁の向うの女の子は“ありさ”と名のった。ありさと私はすぐに仲良くなった。ありさはとても話を聞くのが上手くて、いつも私が会社であったことを話すと、上手い返しをしながら聞いてくれた。

でも、あれは夏が来る前だった。私は一度、ありさに会いたいと言ったのだ。

お隣さんなのだから、一度くらい顔を見たいと思った。できれば、一緒に食事をしたり、出掛けたりしたいと。

でも、ありさはそれを頑なに拒否した。それからだ、彼女との関係に亀裂が入りだしたのは……

返事が適当になったり、返事が返ってこなくなったり、反応が冷たくなった。


「ねぇ、ありさ。私ね、ありさしか友達がいないんだ……会社でも上手く友達作れなくて、だからね、何か、悪い事言ったなら謝るよ。だから、嫌いにならないで」

私は押入れの奥の壁に手を着きながらそう、叫んだ。

すると、ありさの溜息が聞こえた。

「そんな事になってしまったから、わたしはもう、話をしたくなかったの」

ありさはそう言った。

「どういうこと?」

私がそう尋ねると、ありさは溜息交じりに

「今すぐ、玄関を出て、隣の部屋をみて」

と言う。

私はすぐに玄関を飛び出した。外は秋が近付いていて、風が少し冷い。

押入れと繋がる部屋の方を見ると、その部屋は真っ暗だった。名前もなく、傘や植木も置いていない。ガスにはボロボロの《閉栓》という張り紙がしてある。

「どういう事?」

私は震えながら、そう呟く。

「こういう事だよ。どうして、今までおかしいと思わなかったの?」

押入れにはいないのにありさの声が聞こえてくる。

私は恐くなって、家に駆けこんだ。それでも、ありさの声は途切れない。

「最初はね、貴女に友達が出来るまでって思っていたの。だけど、貴女は友達を作る努力をせずに、私だけを友達にしようとした。最悪よ」

私は押入れに逃げ込んで、携帯を手にした。実家に助けを求めようと思った。

でも、そこで、私は見てしまったのだ。携帯画面に反射して映る、やつれた自分と同じ顔をした女の姿を――


『はじめまして、私、ありさ。アナタの未来の姿を写シニ来マシタ……』



「と、言う様な仕事をしております」

公園でアンパンと、牛乳を飲んでいる少女はそう言いながらアンパンを頬張る。

「それは、なんともホラーな仕事ですね」

私がそう言うと、少女は頷いて

「いつでも、現実とは最上のホラーなのです」

と言った。

「それなんか、わかる」

パイプチョコを吸い出しながらそう言うと、少女もパイプチョコを欲しそうな顔をしながら

「この、人格修正プログラムは期間が長い割に儲けは少ないのです。バックアップは万全なのですが、なかなか、なんとも」

と言う。

「そっか、やっぱりどんな仕事も大変だね。あげる」

そう言って、パイプチョコを一個あげると目を輝かせる。

「じゃあ、そろそろ仕事に戻ります」

ベンチから勢いよく立ち上がると、そう言ってツインテールの髪を揺らして、走って行った。


もしかすると、ほら、アナタの後ろにもありさが。

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