第9話 時間泥棒
お金をいくら積んでも変えないものとは何か?
それは多分お金だ。
私の母親は昔から待ち合わせに遅れたりすると私の事を「時間泥棒め!」と罵った。
確かに下らない事に時間を取られると不愉快な気分になる。ただ、その盗まれた時間はどうなると言うのだろうか?
ある日、私がお菓子を作っているとインターホンがなった。
適当に返事をして玄関を開けるとそこには青い顔をしたお隣さんが立っていた。
「どうしたんですか!?」
私は少し驚いてそう言った。
お隣さんは疲れた様に口を開いて
「折り入ってお嬢さんにお願いがあります。そのうちお礼はしますから」
と言った。
「一体何があったんですか?」
私がそう言うとお隣さんはペットゲージを持ち上げた。
そのゲージの中には縞模様と言うか斑模様と言うか表現しがたい柄のこれまた茶色と言うか黒と言うか琥珀色の様な尻尾の長い猫が入っていた。
近付いてみるとその猫は大きく口を開けて「にゃあ」と鳴いた。
「お願いってもしかしてこの子を預かって欲しいとかですか?」
私がそう言うとお隣さんは無言で頷いた。
「普段なら構わなかったんですが、今はとても困るんです……」
お隣さんは本当に参っている様だった。
「いいですよ。私、猫好きですし」
私がそう言ってゲージを受け取るとお隣さんは力なく
「それ、猫じゃないですよ。時間泥棒って生き物です」
と言い残し家に戻っていた。
「時間泥棒だって……」
私はゲージの中の猫と顔を合わせながらそう言った。
猫は「にゃ」とだけ鳴いた。
台所に戻ってお菓子作りの続きをしようと思ったけれどあまりにもその猫の手触りがよく私は猫のあちこちを撫でまわしてしまった。
気が付けば一時間以上が経過していた。
これはまずいと思った私は決意を新たに台所に向かった。
「にゃ~」
でも、すぐに置いて来た部屋で猫が鳴いていて私は部屋に戻った。
特に何かあった様ではないが……
私はまた猫を撫でた。
気が付けば15分が経過していた。
私はハッとして台所に戻った。
本を見ながら作業を進めていると今度は物が落ちる音が響いて来た。
私は急いで部屋に駆け付けた。
すると時計が落ちていた。
私は溜息を吐きながら猫を注意した。猫は話が分かっている様な、分かっていない様な感じだった。
私は少し遊んでやることにした。
何度も何度も猫を構っているうちに時間はどんどんと過ぎて結局、お菓子を作り終えたのはすっかり日が暮れてからだった。
その後も猫は尽く私の時間を奪っていった。
私も構わなければいいのだと何度も思ったのだがそうする事が出来なかった。
深夜も何度も猫に起こされた。
その時にお隣さんの家を見ると、お隣さんの家には明かりが着いていて私は明日はお隣さんに会わないようにしようと思った。
お隣さんは寝不足になると人格が変わった様になるのだ……
そんな事を思わずとも次の日私が目を覚ましたのは昼前だった。
猫は相変わらずで、私はついつい猫にかまけてしまった。
猫とは実に人に甘えるのが上手い生き物だと思った。
そして、また一日が終わり翌日お隣さんが私の家に冷静と言うより感情が殆どなさそうな男性を連れてやって来た。
その男性は猫の飼い主だそうだ。
男性は猫を見ると冷たい視線で猫を睨みつけた。
「にゃや~あ」
猫はそんな声を上げて中々私から離れ様としなかった。
「いい加減にしろ」
男性はそう言うと猫を取り上げてゲージに突っ込んだ。
私は何だかその猫が可哀想な気がした。
男性は私に深々とお辞儀をすると
「改めてお礼に来ます」
と言って去っていた。
男性の去り際に
「またね」
と言うか細い声が聞こえた。
私が周りを見回しているとお隣さんはゲージの中の猫を指さした。
猫はゲージの中で小さな子供の様に足を広げて座るとお腹の毛をかき分けて金色のジッパーを取り出した。そして、それを開けると札束を取り出して、どこぞの銀行員の様に爪を器用に使ってお札を数えだした。
私が唖然としていると、隣でお隣さんが溜息を吐いた。
「お前とは違って、中々な儲けだったにゃ」
猫は男性に向かってそう言ってジッパーの中にお札を戻してニンマリと笑い、こちらに向かって「にゃあ」と鳴いた。
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