【幻想風景旅行記】非常識階段

嘘くさい笑顔が特徴的な叔父がデザイン事務所を引っ越したので、引越しの途中にその雑居ビルをボクは探索しに行った。と言っても階段を上って降りただけ。

4階まで登って、叔父の事務所に戻ってくるとさっきまでは何も無かった位置に扉があり、叔父の字で”非常識階段”と張り紙貼り付けられてある。


雑居ビル自体はありふれた建物で、一つの階に一部屋ずつあるボロビルだ。灰色を基調にと言うより、ペンキが剥がれてコンクリートがむき出しになっていて全体的にヒンヤリしている印象を受けた。と言うよりジメッとしていると言った方が正しいだろう。

そして、叔父の事務所は一階にある。つまりその非常識階段も階段を三段ほど上がっただけの一階にある訳で、ボクは迷わずその扉を開ける。


無機質な鉄の扉を開けた先――


扉の先の景色にボクは少し目が眩んだ。

別に眩しかった訳ではない。でも、あまりにも先ほどまでの無機質な灰色の世界から色のある世界にほり込まれたからだ。


先ほどまでの通常の雑居ビルとは違い、そこは高級感が溢れてる。

壁は金色と言っても過言ではない色の竹が敷き詰められ、床はそれにそぐわない様な紅色と言うより赤色の絨毯だ敷かれている。

一歩足を踏み入れるとそこはふわりと柔らかく、靴の半分くらいが埋まってしまった。


でも、だからと言って特に何があると言う訳でもない。

壁には入って来た扉以外は何もなく、ただ広い空間が広がっている。大体、体育館くらいの大きさだろうか?

無駄としか言い様がない駄々広い空間……

上を見上げると天井は先ほどの雑居ビルと変わらない灰色でむき出しのコンクリートだった。なんだか、ボクはそれに安心感を覚えた。


明かりはと言えば床に色々な花柄の紙塘路が置いてあり、中の蝋燭がほんのりと辺りを照らしつつ、炎を揺らめかせて影を作ってる。


壁沿いに一周その部屋をし終え、ボクは外に出ようと無機質な灰色の扉に手を掛けた。


その瞬間、フッと風がその部屋の中を駆け抜け――

振り返ると部屋の真ん中に豪邸にある様な立派な木製の階段が現れた。

階段は上から伸びており、一旦この階で左右に分かれ、その一段一段にも赤い絨毯が敷き詰められている。


階段に近づくと、手すりは黒の漆塗りだった。ご丁寧に裏側は赤で塗られている。


ボクは取り敢えずその階段を使ってみる事にした。

右を下りるか、左を下りるか、それとも上に行くか、ボクは少し迷って左の階段を選んだ。

階段の上は何だか行ってはいけない気がしたのだ。それに上の階がある様には見えない。


左の階段を少し降りてから振り返ると竹に埋もれて無機質な鉄の扉があるのがとても異様だった。


下りながら反対を見るときちんと右側の階段が続いている。

下を見ると下の階も先ほどと同じように赤い絨毯の敷かれ、ここはどうやら正方形に近い作りになっている様だ。


その階まで下りきると、薄暗かった部屋が曇っていた空が晴れた様にパッと明るくなり、壁全面に見事なステンドグラスが現れた。

外から入り込んでくる光でステンドはキラキラと輝いた。


ボクはゆっくりとその階を一周する事にした。

花札の様な柄のステンドグラス……

春夏秋冬という、ありふれたデザインに見えるがとても美しかった。


しかし、一周して階段に戻ると何だか目がチカチカとした。

階段は再び降りてきた階段に挟まれる様に階段が下へと伸びている。

この階はとても明るかったので下の階は異様に暗く感じた。


でも、ボクはそこをへ下りる事にした。


階段の裏側を見上げると裏側も黒い漆塗りだった。

そして金箔で紅葉と水の波紋が描かれている。


ボクはそれを眺めながら右側の手すりを掴んで下の階に向かった。


階段を下りきったところは大股で8歩くらいの距離しかなかった。天井は低く、壁は焼き木と言っただろうか?黒く焼かれた木で壁が作られていた。少し触るとざらつきはしたが、手が黒くなる事はなかった。


周りを見渡すと左右には細い通路が続いていた。

でも、階段はこれで終わりらしい。


もちろんこの階にも赤い絨毯が敷かれていた。明かりはと言えば天井にオレンジ色と言うのが妥当な様な電球が均等な感覚ではめ込まれ、スポットライトの様に細く人工的な明るさを醸し出していた。そして、その電球は床に金魚の影を映し出している。

その金魚は不規則に動き回っり、水のきらめきまでもが赤い絨毯に映し出されていた。

見上げれば、円柱型の電球口には、はすりガラスでできた、多分生きている金魚と水の入ったもがはめ込まれていた。


ボクは何となくではあるが、今度は右側の通路を進む事にした。しかし、一旦足を止めた。


細い廊下の端には赤い漆塗りの扉が控えていた。

そしてそこにはパソコンで書かれた様な明朝体で《入り口》と書かれていた。

反対側に行くと同じく赤い漆塗りの扉があり、今度は《出口》と同じ字体で書かれている。


ボクは少し迷った。


ボクはここから出るのか、それとも何処かへ入って行くのか?


ボクは迷いながら電球の下に手を翳して、金魚の影を自分の手の中で泳がせてみた。


「まだ、旅を終えたくないな」


ボクはそう呟くと《入り口》に向かって足を進めた。


去り際に上の階を見上げると、上の階ではステンドがまだキラキラと光を零している。


通り際に見上げた階段の裏は赤い漆塗りで今度は金箔で桜と川の流れが描かれていた。


ちょっとした好奇心で、一旦元の場所に戻って、出口を少し開いて顔だけを出してみた。

しかしその先は扉の先は真っ暗で、遠い廊下の一番奥だけがぼんやりと光っていた。

そこには床の間の様で一枚の掛け軸とその下の一輪挿しの花瓶だけが置いてあった。


ボクはソッと扉を閉めると少し早足で入り口に向かった。


入り口を開けた先もあまり明るくはなかったが、それは昼間の家の中の明るさに近かった。

床が大理石なのだろうか?乳白色ではあるが透明感のある石に変わり、歩くとカツンと音がした。でも何だかとても冷たい気がした。

そして、その部屋はやたらと天井が高く、そこから無数の鉄で出来た灯り入れや提灯、灯篭が吊るされていた。それはとても幻想的にも見えたがボクは恐怖を覚えた。


ボクは周りを見回して扉を探したが、先ほど出てきた扉以外は壁には特に何もなかった。


ただただ、黒い木製の壁が四角く囲っているだけだった。


この部屋にある物と言えば、部屋の中心に、人が入れるほど巨大な鳥籠と、その向う側に細い衣装鏡があるだけ。


鳥籠を迂回して衣装鏡を覗くと自分の姿が映っていた。それと同時に、その向こうに赤い階段が暗闇へと続いている。

鳥籠はと言えば円柱型の鳥籠で扉がある様には見えず、床は一面鏡張りだった。覗き込めば檻と共に天井の灯篭等が今にも突き刺ささった様に写り込んでいる。


ボクは仕方がないので先ほどの扉に戻って出口に向かった。


灯りを目指して暗く細い廊下を壁を伝って歩く。


床の間まで行くと廊下は真っ直ぐ横に折れて、まだまだ奥がある様に見えたが、そこはただの灯りも何もない闇で進んではいけない気がした。


床の間に駆けられた掛け軸にはハヤブサが掛かれおり、ボクはその掛け軸に見覚えがあった。と言うかその絵の作者を知っている。


掛け軸の下には紐が付いていて、それを引いてみると掛け軸はブラインドを上げた様に包まった。

そしてその裏にはボクが丁度通れる程の穴が開いており、向うから鉄板で塞がれていた。

その鉄板は軽く押すとすぐに開いた。


穴の向こうはLEDの白熱電球の灯りが燦々と光を発していて、全体的に灰色しかなく目が眩みボクは咄嗟に目を閉じた。


眩みが納まった頃に薄く目を開けるとそこは極一般的な事務所だった。

すぐ目の前には学校の教師が使っている様なデスクがあった。


「おや、おかえり」

ソファーに座って書類に目を通していた男はそう言うと立ち上がってこちらにやって来た。


そして穴からボクを引き抜いて、こちらから掛け軸を元に戻し、扉を閉めた。

すると、そこはどう見ても普通の金庫になった。


ボクは男(叔父)の横をすり抜けてポットに向かい勝手にイチゴラテなるものを飲んだ。


この叔父に何か尋ねても答えてくれないのは分かっていた。

だから何も言わなかった。

それと、当面はあの金庫にも触れないで置こうと思った。


もちろん、非常識階段も無くなっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る