第3話 ぼくと消火栓ロボ

僕が小さな頃からある雑居ビルの取り壊しが決まった。

そして僕は現在そこで働いていた訳だが引っ越しを余儀なくされた。


そう言えば、昔はよくこのビルに忍び込んで面白いと思っていが、今は何故面白かったよくわからない。むしろここに来るのが億劫なくらいだ……


三階に入っていた事務所はもう全部引っ越しが終わりもぬけの空となっていた。

僕が仕事をしている事務所は一階なので三階に来る事なんて、子供の頃以来だった。日常なんてそんなものだ。


三階には屋上に上がる為の階段があって、その前には消火栓があり、うすぼんやりとした階段で赤いランプを点灯させている。


「久々に屋上に上がってみるか」


僕はそう呟いて階段を登った。

でも、その時なんだか誰かの視線を感じた気がする。


身長が伸びてから見える窓の景色は全く違うもので、昔は屋上の窓からは空しか見えなかったのに、今じゃ見えるのは隣の壁になっていた……


そして相変わらず屋上の扉が開くことはなく、僕はいそいそと階段を降りた。


「もし、兄さん」


突然声を掛けられた。

だけど周りには誰もいない…


「こっちや、こっち、壁、壁」

そう言われて見るとそこには消火栓があった。


灰色の消火栓扉には一部だけ四角く穴が空いていて、そこには確かに赤い顔があった。


“強く押す”と書かれた目玉が二つと、その上に“通報ボタン”とかかれた眉毛が二つ、それから丸い鼻が一つ……そんな奴がこちらを見ていた。


「兄さん、久しぶりやのぅ、ちっこい頃によう遊んどったの覚えとりませんか?」


それはモゴモゴとそう言ってきた。

どう反応すればいいのだろうか?


取り敢えず僕はその顔に近付いた。


「いや~人間はほんまに大きくなるのがはやいわっ」

それはそう言うと嬉しそうに笑った気がする。


僕は取り敢えず、指を二本出して“強く押す”と書かれた部分を目潰しするように突いた。


「ギャアアアアアアアアアア」


叫び声が廊下に響いた。


「久々の再開なのにいきなり、何しはるんですか?!」


とそれは立て続けにそう叫んだ。


「いや、つい…」

そう僕が言うとそれは「はぁ、」と溜息を吐いてこちらをちらりと見た。気がする。


「あんさんは昔もワテの目を押そうとするのが好きやったけど、なんですの?ワテの叫び声聞くのってそない楽しいですか?」


それを聞いて僕が困ったように黙っているとそれは続けて

「あんさん、子供の頃に一緒に遊んだの忘れとるんやろ?」

と言った。


僕は少し沈黙を置いた後で秒速で頷いた。


それを見てそれは眉を顰めた。様な気がする。


そして、顔を穴から外して奥に引っ込んでしまった。

そのまま呆然としていると小さいアームが出てきて、そのアームにはビー玉を持っていた。

それを受け取るとまた穴に顔が戻ってきた。


ビー玉はどこにでもある様なラムネに入ってる青いビー玉だった。


「それ、あんさんがワテにくれはったんやで?宝物ちゅうて」

そう言われて、僕は屋上から入る明かりにそのビー玉をかざした。


「ほんまに子供っちゅうのは酷いですわ。遊びたい時だけ遊んで、少しおおきゅうなったら忘れる。ワテ悲しいですわ」

それはそう言いながら「ふぅ~」と長い溜息を吐いた。


「え~と、ごめんなさい」

僕がそういうとそれは困った様に

「あぁ、気分悪うさせてしもうたか、すまん、すまん。あんさんに謝らせたいわけやなかってん。ただ、この建物取り壊すんやろ?」

と言った。

僕は静かに頷いた。


「その、ビー玉あんさんに返しますわ」

それは静かにそう言った。


何か返事をしようと思っていると、下から呼ばれた。

僕は戸惑いながら「は~い」と返事をした。


振り返ると「はよ行き、仕事は大切やで?」と言われて僕はビー玉を握り締めて頷いた。


階段を下りていると

「もう少し歳を取ったら思い出しはるわ」

と言う声が聞こえた。



それから、早くも数年が経った。あの雑居ビルは綺麗な高層ビルになっていた。

僕はあれからも特にあの消火栓との思い出を思い出す事はなかったが、消火栓を見る度にあの時の事を思い出す。


多分あの消火栓はあのまま壊されてしまったと思う。でも何と無くまたどこかで会う気がする。

そして、定年を迎える頃には思い出も思い出す気がする。


あの時貰ったビー玉は今でも大切に置いてある。



「あれ?お隣さん。その赤いロボットどうしたんですか?」

私は庭越しに、縁側でロボットと遊んでいるお隣さんにそう声を掛けたするとロボットはこちらを向いて

「まいど!」

と言った。

お隣さんはニコニコと笑いながら

「家がなくなって、行くところがなくなったらしいから拾ってきた」

と言って、そのロボットのアームをチョイ、チョイとつついた。


ロボットの体にあたる部分にはなんだか小さな子供が宝物と言って持っていそうなガラクタが詰まっていた。

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