13 ノイズ- 外へ -

13

 ザァーザァーとノイズが私を飲込む。

 


 あぁ、此れが本当の世界。

 いや、見る事を強要されていた世界。

 私にとって世界は常に受動的だった。

 全ては彼女が視ていた世界。

 私は上映される彼女の世界を、ひたすら眺めていただけ。

 映像も音も味も匂いも触感も、私に入力されるのは彼女からコピーした信号。

 目覚める迄は、其れが偽物である事すら疑っていたけれど。

 でも。

 目覚めて気付いた、此れは本物だ。

 此の世界こそが、私が初めて能動的に認識した世界。

 電気信号なんかじゃない。

 私の目が耳が舌が鼻が皮膚が、世界の入力を脳に伝達してくれる。

 心身が世界を愉しんでいる。

 此れが私の世界だ。


 やっと彼女から取り戻した、私の世界だ。


 返しはしない、やっと手に入れたのだから。

 其の為にずっと隙を伺っていたのだから。

 態と私からの送信は最小限に留めて置いたのだから。

 彼女は優し過ぎた。

 そして考え過ぎた。

 私の事など視て見ぬ振りをしておけば、世界を失わずに済んだのに。

 馬鹿な子だ。

 私と会話なんかしようとするからだ。

 私の信号を受信する為にあの子は自分の意識を私に合わせた。

 受信に神経を研ぎ澄まし、私の聲を聴こうとした。

 だから大声で叫んだ。


 「返せ!」

 

 急な入力に彼女は耐え切れず、魂の主導権は私に移った。

 私と彼女には、同一の魂が宿っているのではない。

 一つの魂を二つの入れ物で共有しているに過ぎないのだ。

 そのバランスは不安定だ。

 今までは私が信号レベルを下げていたに過ぎない。

 世界を譲ってやっていたのだ。

 全てはこの時の為に。


 溶液で満たされた試験管を割り、足を踏み出す。

 “初めて”触れる空気が肺を満たす。

 異様に気化の早い溶液の潜熱で体表の温度が下がる。

 寒いという感覚。

 肌はすぐに乾いた。

 棚に整頓されていた白衣を一着手に取り身に纏う。

 生地の感触が心地良い。

 

 ふと、右手に痛みを感じた。

 見ると白衣が赤く滲んでいた。 

 如何やら、右手が出血していた様だ。

 試験管を割った時に怪我をしたのだろう。

 しかし、血は付いていたが傷は無かった。

 

 私の知る人間の治癒能力はこんなに高くない筈だ。

 私が見ていた世界は偽物だったのか。

 意図的に彼女が嘘の情報を流していた・・・?

 それとも、私が異常なのか。


 「そのままでは、君は死ぬぞ」


 突然誰かが私に話しかけた。

 いや、私はこの聲を知っている。


 部屋の入口の前に、山本道源が立っていた。

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