3月9日
ひとみをとじれば、あなたが。
あなたの好きな歌を口ずさんで、フライパンの中の卵をかき混ぜる。
最近はスクランブルエッグが朝ごはんの定番メニューで、時々目玉焼き。
ある時、仕事の都合で青森から飛行機でびゅん、と福岡に飛んだ。青い空が眩しい、春の日に、あなたが空港まで見送ってくれたのを覚えている。
もう三年も前のこと。
本当は一年だけで帰ってこれる予定だったんだけど、もう一年伸びた。その年、夏に会う予定も、おじゃんになった。
むしろ一年で済んだのが奇跡みたいで、君もびっくりしてたよね。
「むりしないでね、ちゃんと食べて」
電話越しで一年伸びたことを話したときの優しい声に慰められた。
それから、君の仕事が忙しくなって連絡があまり取れなくなった。
三日に一回、メールができればいいところで、一週間通知がならないことだってざらだ。
時折かける電話での疲れてる君の声に、メールでのごめんねに、なんでかいつも泣きたくなった。
謝らないで、しっかり寝てね。
大抵そう返して、自分の仕事に打ち込んだ。
寂しいとか、思わないようにしようとしていたから。頑張ってる君に追いつきたかったから。
一人暮らし中はよくあなたが好きなこの歌を口ずさんで洗い物をした。あなたの瞼の裏にいる私が、少しでもあなたを元気づけられたらと思って何キロも離れた遠い台所で食器を洗った。
今、新しい家で、あなたと住んでいる。
恋人期間は四年、家族になって、一年。
青森に帰った日、空港に迎えに来てくれたあなたは人目も気にしないで私にキスをした。
「ずっとずっと君を想って、待っていました」
会いにいけなくてごめん、迎えにいけなくてごめん。頼りなくってごめん。散々謝り倒して、泣きながら愛していますと言った君の顔が忘れられない。
「結婚してください」
ぎゅうと、あなたの少し痩せた背中を抱きしめて
「はい」
手を繋いで空港をでて、そのまま指輪を見に行く。
本当に僕でいいのか、と不安そうに聞いてくる君のおでこをはたいてみたら、なんだか複雑そうな顔をしている。
その顔が面白くって、声を上げて笑ったら不服そうに眉毛を歪めるからさらに面白い顔をしていて、お腹が痛くなった。
台所の窓からみえる青い空に、羊雲が揺れている。
後ろをみると、君が腕立て伏せをするみたいに布団から起きた。
「まだその癖抜けないの」
「もうだめだと思う」
頭をぽりぽりとかいて笑う君が今日も愛しい。福岡にいるとき、どんな世界に飛び込んでも一緒だと言ってくれた。
心配せずに言っておいでと送り出してくれた、君のいる家に帰ってこれる喜びが、どうかいつまでも続きますように。
そしてあなたも、私のいる家に帰ることを、いつまでも幸せに思ってくれますように。
ずっと私たち、隣で、微笑んでいられますように。
クイーン、そんで、恋人 真珠 @fairytale
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