クイーン、そんで、恋人
真珠
デイ ドリーム ビリーヴァー
待ちに待った春がきた。
あんなに積もってた雪はとけて、植物たちは芽をだした。ふきのとうが大きくなって、そのうちつくしが伸びる。今年の桜はいつが見頃だろう、気持ちのいい微睡みに浸かりながらぼんやりと意識を起こす。
虫だってついに土から這い出す。僕ら人間の気持ちも春の初めには心なしか晴れやかになって、地上にはあたたかい風が吹いた。
嫌味のない、優しい太陽の光が僕を優しく眠りから覚めさせる。今日は少し暑いくらいだ。昨日は、鼻が凍りそうなぐらいさむかったのに。
一年間、夢を見ていたようだった。
いや、もしかしたら本当にここ一年間の出来事は夢で、春に、いい加減起きろと起こされたのかもしれない。
だって、ほんとうに夢みたいな一年間だったんだ。僕の世界のクイーン、僕の恋人の、君と一緒に過ごした日々。
うつ伏せで、腕を立てて布団から体を起こした。
君には
「筋トレしてるの?」
って笑われたなあ。
別にそういうわけじゃないんだけど、笑う君が楽しそうだからこの起き方で毎日起きるようになった。今じゃもう癖だ。
隣をみても、君はいないし布団もない。
少し色褪せた畳と縁側から溢れてくる淡い光だけがみえる。
ぴっ、っと体操選手みたいに身軽に起き上がってみる。でも、血の巡りがなんとなく悪くってよろけてしまった。
「いきなり起き上がるからでしょ」
また笑う声が聞こえる。ねえ、君、ほんとはそこの押入れに隠れてたりするんじゃないの?
まさかそんなことはなくって、押入れを開けても君が使ってた一組の布団と枕が入ってるだけだった。
いるわけないのわかってる。
だって昨日、僕が空港まで見送ったんだから。
ゲートに入る前、大好きだよってほっぺたにちゅって音を立てながらキスしてきた。
僕は彼女の目をひたすら見つめながら、僕もずっと君のこと想ってる、って伝えた。ちゃんとそう声に出したんだよ、笑顔のまんまで。
君の未来に向けて飛ぶ飛行機に続くゲートを、大きな荷物ひっさげてくぐった君を目に焼き付けた。ついでに君の背後の青い広い空と、真っ黒い大きな目から透明な涙がぼろぼろこぼれてたのも。
死ぬわけじゃない、別れるわけじゃない。また夏には会えるはず。それでも青森から福岡は遠すぎる。雲の上とか宇宙とか、別次元に行ってしまう気がして胸がひどくしめつけられた。
僕ら、大人になって、それぞれ別の場所で働く。
「お互い愛し合ってるのに、離れ離れになってしまうんだなあ」
彼女が福岡に発つ少し前、そう呟いてしまったとき、彼女は、
「気持ちだけはずっとそばにいるよ」
けなされるかと思ったけど、珍しく真面目な顔で言ってた。
だけど、そのすぐ後には思いもいっそう深まるかも!なんてウインクつきでいつもの彼女らしく明るく話してた。
やっと布団を片付けて、昨日の食器を洗い始める。君の係だった食器洗いと洗濯はこれから僕がこなさなきゃいけない。
君がよくやってたみたいに、鼻歌を歌いながら、スリッパを脱いだり履いたりして食器を洗ってみた。
ああ、今は、彼女は、どこにもいない
彼女のお気に入りだった歌の歌詞。
なんだよこのフレーズ、君のことじゃん。
僕はやっぱり、ずっと夢をみてた。君が僕に魔法をかけて夢をみさせてたんだ。そんで多分、僕も君に魔法をかけて夢をみさせてた。
二人でずっと一緒、時々ちょっとすれちがいながら過ごした日々の幸せな夢。
ああ、ほんとに、ありがとう。新しい場所で頑張る君に、伝えきれなかった言葉の代わりに、 僕はここから大きな声で声援を送ろう。君がほんとうに辛い時はすぐにでも飛んでいくよ。気持ちが一緒にいるだけじゃ足りないこともあるだろ。
空港で、最後に抱きしめてずっとずっと愛してるって言ってやれなかった僕の頼りなさ。快晴を背負って遠くに行く君が消えちゃいそうなぐらい儚くて、眩しかった。
今度はちゃんと言えるようにして君んとこいくからさ、頑張りすぎてつぶれないようにだけしといて。
「デイ、ドリーム、ビリーヴァー、そんで」
彼女がクイーン、最後の歌詞は涙と嗚咽に邪魔されて出てこなかった。
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