第2話 The Curse of the Mummy

「発端はミイラでしたの」

 彼女はそう切りだした。桂花は耳をそばだてながらも奥に引っ込み、どうやら茶の用意をしている様子。オペラは冷蔵庫に入り、変わりに出てくるのは多分、ラズベリーやブルーベリーに彩られたフルーツタルトだ。

 もう長いこと客は来なかったが、それでも彼がこの光景を見るのは四度目である。最初は自らが客であった。中華街に何でも屋がいると知人に聞いて、迷い込んだ店内。店主は今浮かべているような好意的な笑顔など見せず、開口一番帰れといった。

 今でも覚えている。忘れられるものか。事情があってこの男たちを頼らざるをえなくなったが、その言葉を聴いた瞬間だけは失望のあまり門前で首でも括ってやりたくなったものだ。

 ただ、その時そうしなかったことを、シドは腹の底からよかったと思っている。口も態度も性格も最悪だが、この二人は…特に唯蓮はその自信に違わぬ素晴らしい能力を持っているのだから。

 きっとこの能力を与えられたがためにここまで人格が破壊されたのだと、シドはそう思うことにしていた。

「ミイラ?特殊な保存加工がなされた死体ですか?」

 問い掛けは引っ込んでいた桂花から。彼は上等のアールグレイを蒸しながら茶器と共に現れた。彼の給仕の速さは天下一品。味の方も最高だ。シドは横目でカップの数を数え、今日は御相伴に預かれそうだと小さく笑った。全く、唯蓮ときたら、彼に飲ませる茶などないと意地悪をするのだからたまらない。今日は客が居るから見得を切ってそんな狡い事を言わないだろうと予想したが、案の定。唯蓮は横目でちらり、と茶器を見てあからさまに不快気な顔をしながらも、桂花に特別な指示は与えなかった。

 ここで三人しかいなければ、即座にカップを一つさげるようにと言い放つところである。

 そんな二人のケチ臭い攻防も知らず、彼女は沈黙に戸惑う様子を見せた。問いかけた当人である桂花はカップを分け、静かに茶を注いでいく。室内に紅茶のよい香りが満ちていった。

 桂花はカップを差し出しながらどうぞ、と小さく言い添え、残りを他の二人に、最後の一つは自分で手にとって背後に下がる。

 ミシェルはそこまで見届けてから小さく息を吐き、小刻みに頷き始めた。

「そう…そうです。そのミイラ。古代エジプトの、といえばイメージが固まりやすいかしら」

 彼女はそう言って小首を傾げた。唯蓮は億劫気に小さく頷いたが一声も発しはしない。彼は聞き手としては最低だ。こうして頷いているうちはいいが、暫く話が続くとほぼ間違いなく石のように動かなくなる。相槌を打ち、適度に質問して情報を補完していくのは専ら桂花の仕事だった。

が。

「どうも私たち呪われちゃったみたいで。助けて欲しいんです」

 彼女はそうとだけ言い放つと、それきり黙った。発端はミイラといったが、肝心の部分は全く話に登っていない。シドは破綻した論法に驚いて彼女を見たが、彼女はそれきり話すべきことはないとでもいいたげに黙りこくった。

「まず…。そうですね。まず、そのミイラはどのような経由で貴方ないし、貴方の御身内の元に参られたのですか?」

 沈黙の後、冷静に問いかけたのは桂花だった。順を追って聞いてくつもりだろう。彼は基本的なところから話を進めた。彼女は俯いたまま、お墓です、と小さく答えた。

「墳墓にあったミイラですわ。変なマスクとか、薬臭い包帯とか、尾頭つきの変な壷とか」

「尾頭…」

 反芻して黙る桂花に、唯蓮が珍しく助け舟を寄越す。

「カノポス壷」

 桂花ははっとしたように目を見開き、ミシェルを見た。この少女はどこか変わっていると思ったのだろう。

 シドの乏しい知識の中にも、幸いながらカノポス壷は含まれていた。大英博物館に社会見学に行った経験がこんなところで役に立つとは、人生とはよく分からないものである。古代エジプトでミイラを作る時に内臓を収めた壷で、彼女が言う通りホルス神の息子に似せた頭部がつけられている。ただそれは尾頭つきではない。壷には普通、尾はない。尾がなければ尾頭つきとは言い難いというのもあるが、何より内臓を詰めるような壷に尾頭つきだなんて表現をするだろうか?思っていれば、どうやら同じ疑問を抱いたらしい桂花が問いかけた。

「失礼、フロイライン。その壷に尾鰭があったということですか?言葉尻を掴むようで申し訳ないけれど…」

「鰭ではないですけどありましたの。長い尾みたいなものが」

 桂花はニコニコと笑ったまま、硬直してしまった。そうなってしまうと質問などする気のない唯蓮と、質問能力のないシドにはどうすることもできない。沈黙が襲う。カノポス壷に尾?全く想像がつかない。

 しかし、意外な事に沈黙を破ったのは唯蓮だった。何かを考えるように視線を伏したまま、低く問いかける。

「壷は幾つ?」

「四つですわ」

「揃っていますね」

 返事を受けて呟いたのは桂花。カノポス壷はたしかに四つで一組。ということは全て揃っていることになる。けれど、それが何を意味するというのだろう。シドだけが黙って事の成り行きを見ている。唯蓮は何故か苦悶の表情を浮かべ、こめかみを押さえて背を丸めた。簪の先にぶら下がった翡翠の飾りが小刻みに揺れている。シドはそれを見て漸く、唯蓮が震えていることに気がついた。

「大丈夫か?」

 思わず問いかけたが、唯蓮は凄い形相で一瞬睨んできただけで何も答えなかった。桂花がチラリとこちらを伺ったが口元に張り付いた微笑以外の表情はなく、彼にとってのその微笑といえば殆ど無表情と等価である。結局シドは再び黙し、唯蓮と同じく、眉間に皺を寄せて俯いた。

「話が前後しましたが、実際に見つかったものをその正確な数とともにおっしゃっていただけますか?名前を御存じなかったら大体の形容で結構ですので」

桂花だけが何事もなかったように話を続けている。なんとなくいつもと違う雰囲気だとシドは顔を顰めた。ふてぶてしい態度をとらず、こんな風に憔悴している唯蓮なんてはじめて見る。最も、付き合いはそんなに長くないのだけれども。

 唯蓮に気を取られているうちにミシェルは小さな声で答え始めた。

「壷が四つ、厨子みたいなパネルが何枚か、道具や武器や変な像がたくさん。マスクと棺とミイラと…あ、猫のミイラもありましたわ」

 彼女は答えたけれども、何一つとして名前は知らないらしい。シドとて聞いても心当たりの品は一つもなかった。

「誰か…ヒエログリフは読めますか?」

 唯蓮の声だ。はっとして顔を上げると、桂花も驚いたように彼を見ていた。とうの唯蓮はこめかみを押さえた例の姿勢のまま、唸るように言葉を紡いでいる。

「シェヌの中に王の名があったでしょう?」

 いわれたミシェルは困ったように眉根を顰めている。シェヌ、とはなんだろう。シドも知らない。シドは桂花を見る。桂花は長いこと目を伏せて考え込んでいたが、やがて、彼にしては少々取り乱した声で問いかけた。

「カルトゥーシュ…ですね?」

「そう。そう呼んでいる」

 唯蓮は小刻みに頷き、深く息を吐く。カルトゥーシュならば、シドでも聞いたことがある。ヒエログリフ、即ち古代エジプトの聖刻文字で王の名を書く時は、結界の意味をこめて縄の模様で囲むらしい。つまりそれがあったとすれば、そこには埋葬された王族の名前が書かれていた筈なのだ。

 しかしミシェルは顔を顰めたまま、首を横に振った

「誰も読めませんわ。それに私たち、変わった死体があるからって丸ごと買い取っただけで…」

 変わった死体を買い取る貴方も変わってますねとシドは心中でごちながら結局口に出すわけにもいかず、黙って目を見開いた。不思議なことばかりだ。死体を買う一家、尾付のカノポス壷、それを尾頭付と評する彼女…。そして、呪いなんて発言。何処もかしこも繋がらないように思えて、シドは強く頭を振る。混乱してきた。

 しかし桂花は頭の中で素早く問題の整理を済ませたらしい。流石に唯蓮と共に長いこと妙な仕事に携わってきただけある。落ち着きを取り戻した彼は冷静に続きを促した。

「呪われたみたい、とおっしゃいましたが、何か不思議なことが起きましたか?」

 問うと、彼女ははっとしたように腰を浮かせかけ、決まりが悪そうに座りなおした。こぼれる髪を幾度目か、耳にかけながら言葉を捜す。

「夜中に声が聞こえたり、走る音が聞こえたり、変な夢をずっと見続けたり…」

「ポルターガイスト現象、その他、といったところですかね」

 桂花が問いかけると、彼女は曖昧に頷いた。桂花はそれを受けて小さく頷きながら、困ったように眉根を顰める。

「しかし、情報が少なすぎますね…お住まいはどこですか?」

「今はエジプトです」

「はぁっ?」

 そんな失礼な問い返し方をしたのは勿論桂花ではなく、シドだった。いつもならここで唯蓮の容赦ない言葉の暴力に曝されるところだが、彼は相変わらず苦悶の表情で俯いている。

声は出さなかったものの驚いたのは桂花も同じだったらしい。彼は幾度か瞬きをしながら、唯蓮をチラリと伺い見、溜息をついて言った。

「折角おいでいただいたのですがミシェルさん、私たちは机上の空論での活動がメインなんです。しかし今回は与えられた情報が少なすぎます。お力にはなれませんね」

 そうなのか、とシドも驚く。確かにシドの事件以外では彼らは外に出なかったし、シドの時といえばロンドン界隈で話は終わってしまった。表情を見る限り、驚いたのはミシェルも同じようだったが、彼女は引き下がらなかった。

「ご無理は承知でお邪魔していますの。旅行がてらエジプトにいらしていただけませんか?…ちょっと暑いけど」

 日中四〇度を越すことすらある地域が果たしてちょっと暑いのか。シドはミシェルをまじまじと見つめる。雪白の肌にはしみ一つ見当たらず、とてもエジプトに住んでいるようには見えない。大体、少々特殊な事件を扱うからと言って何でも屋風情に会いにロンドンまで来るだろうか。俄かには信じがたい。

 漸く彼女に対する疑念を持ち始めた頃、桂花は唐突に笑顔を消し去った。チラリと主を伺い見てから、低い声で呟く。

「業の深い生き物ですね、貴方方は」

「え?」

 戸惑った表情のミシェル。シドも驚いたように桂花を見た。責めるような口ぶりではないものの、その言葉には哀れみに似た何かが含まれていたからだ。

「桂花、控えろ」

 諌めたのは唯蓮で、見れば彼はいつものように座りなおし、肘をついた手の甲で顎を支えている。その頬に、いつもの自信に満ちた表情が戻ってきている。シドは何となく安堵に胸を撫で下ろしながら成り行きを見守った。

 しかし次の瞬間、

「旅費はそちらもち、報酬は?」

 唯蓮の問い掛けに、ミシェルの表情がぱっと明るくなる。そしてその逆に、シドは驚愕の表情を浮かべた。驚きすぎて声の出し方も忘れてしまったというように、彼は口を開いたまま鯉のように口をパクパクさせる。その顔のまま振り仰いだ先の桂花はしかし、逆にほっとしたような、安堵の表情を見せていた。

 視線を戻したシドの目前で、彼女はにっこりと微笑む。さながら花が咲くようだ。

「好きなだけご用意しますわ!」

 言った彼女は早々に立ち上がり、ぺこりと礼をする。

「明朝お迎えに上がります。御機嫌よう!」

 立ち去る姿に逃げるが勝ち、といった雰囲気を感じたのは何故だろう。シドは胸を覆うもやもやを追い払う術も持たず、呆然とその背をみつめた。

 数分の沈黙があった。ミシェルの逃げ足の速さに飽きれていたシド、ただ考え込んでいた唯蓮。ただひとり薄笑みのまま控えていた桂花は、ゆっくりとテーブルに歩み寄る。

「どうなんだ、あれ…」

 シドは呟き、パイプ椅子を軋ませながらその背もたれに体を預けた。

 彼女の去った室内には華やいだ空気こそなくなったものの、愛すべき平穏が戻っていた。桂花は茶器を片付けながら曖昧に笑い返す。唯蓮は黙って立ち上がると、両脇に山積みになっている骨董品を見回した。誰もシドに返事をくれない。慣れていてもやはり少し憤りは感じるわけで、口を尖らせて膝を抱えれば、唯蓮は靴を脱げと小声で諌めた。

「探し物ですか?唯蓮」

 食器を運びながら、桂花が問いかける。唯蓮は曖昧な返事をしながら狭い通路を何度か往復し、漸くシドの右斜め前、つまり店の入り口から見て一番奥の左側で立ち止まった。

 どうやら何か取り出すらしい。シドは機嫌を直し、彼の動作を見失わないように目を見張った。

 その指先の黒が、力なく持ち上がる。翳された左の手はゆらゆらと動きながら、すぐに何かを掴むようにぐ、と握り締められた。そのまま拳を振り上げるようにして頭上に掲げたあと、ゆっくりと手の平を開く。すると…。

 シドは息を飲んだ。ガラクタの山の丁度真上に錫のようなものが忽然と現れたのだ。はじめて見たときこそ腰を抜かしそうになったものだが、今はそのメカニズムを必死で見極めようとしている。…どうせこの男のことだから種も仕掛けもないのだろうが。

 シドの目前で錫は勢いよく唯蓮の掌中に納まり、彼はそれを掴んでゆっくりと地に付けた。

「朽ちぬものもある」

 彼はそう呟いて杓を上に放った。重そうなそれは風車のように大きく回転しながら上昇し、そのまま掻き消える。普通にしていればただの奇人だったが、やはり彼は人ではないようだ。シドは深く溜息をついた。

 とはいえ、かく言うシド自身、一度は死んだはずの身の上だった。先ほどの彼女と同じく、この町の片隅にあるパン屋の小箱を抱えてここに辿り着いた時には既に瀕死の重症を負っていたのだ。だから正確には彼に帰れと言われたとき自分では容易に引き返せなかったのが真相だった。

 しかし…。目覚めてみると粗末なソファーベットに無傷で転がっていた。斜め前に設えられた例の長椅子に掛けた彼はやすりで爪を研ぎながら残念だったなと語りかけたのだ。

 もう人ではないと告げられた。しかしシドには未だに実感がない。この店にたどり着き、彼らに助けられ、シドの抱えていた事件が全て解決したその後もここにいて幾つか彼らの仕事を見てきた。とりあえず自分の全く知らない世界があったことは理解できた。だが、自分といえば彼らに会う前もあったあとも取り立てて変わったところはなく、ただの貧弱な英国人でしかない。彼らを訪ねてくる者たちや、彼ら自身と、自分には未だに大きな差があるような気がする。

 唯蓮は長袍の裾を大きく揺らめかせながら、些か乱雑な動きで椅子に掛けた。思案するような彼の伏せた瞳を、シドはじっと見る。

 シドに彼らを紹介したのは、変わり者の同僚だった。当時の自分は知らなかったのだが、その同僚はどうやら人と、それ以外の生き物の間の子、つまりはハーフだったらしい。それを教えてくれたのは桂花で、困ったことにその同僚自身、自分は人間だと信じているようだと続けた。血の薄い彼はこの店の何でも屋という肩書きが人以外を対象にしているという事実を知らず、シドを送り出したようなのだ。

『中華街に金さえ出せば何でもやる店があるらしい』

 彼はそう言った。だがそれは半分当たって半分間違っていた。

 シドも人であるときは知らなかったのだが、シドが人だと思っている社会のうちの、約二十%、凡そ五人に一人は人のふりをした何か、もしくは彼ら異形種と人との混血であるらしい。交配の進んだ今でも、やはり純粋な人間の方が圧倒的に多く、異種である人以外の者たちは自分たちの存在を隠すためにひたすら努力している…らしい。というのは、桂花からの伝聞だ。

 そんな彼らの悩み事を扱うのがこの二人。唯蓮とその忠実なる僕、桂花。二人の関係について詳しくは知らないが、唯蓮は尊大な様子で桂花を下僕と言い放ち、桂花はそれでも薄笑いを浮かべている。桂花は唯蓮に顎で使われている。彼らに家族のある気配はない。見た目で言えば唯蓮の方が年上のような容姿をしているが彼らもどうやら人ではないわけで、外見年齢と実際生きた年数の齟齬は間違いなくあるだろう。

 彼らは合図を携えて助けを乞う仲間に手を貸す。しかも大抵、二束三文でだ。見ている限り、彼らに快楽目的以外の食欲と言ったものはなく、この店に税だの、何だのの諸々の金はかからないものらしい。

 というのが…。どういう原理かは知らないがこの店は空間の歪にあって確かに存在するけれどもそこに土地建物はないことになっているらしい。初めて聞いた時は意味が判らなかったのだが、桂花に話を聞いているうちに大体飲み込めた。つまりこういうことだ。

 例えば計測の道具などで地図を作ろうとする。少々現実味がないが、原始的な方法で尺をもって測ったとしよう。地図を作るのだから綺麗に縮尺をして一軒の建物の大きさを正確に記載していくのだが、そうすると困ったことが起きる。丁度この店一件分、ないことになってしまうのだ。

 確かに目の前に存在する。けれど、実際ものさしではかればこの店の長さの分だけ、かき消えてしまう。ここは歪みであり、見えていても、ないはずの空間。試しにこの区画だけを測れば確かに計測は可能だが、直線で測って存在しない部分を加えたら地図までひずんでしまう。

不思議な話だが、実際シドも瀕死の重傷を負って町を彷徨う段になるまで、店の存在に気付けなかった。何かしら魔術的な力が関わっているのは確かだった。

 店は、確かにそこにあっても、人には認識しにくくできているらしい。そしてそれに気付くのは人ではない生き物たち。シドはどうしてか知らないが彼らの仲間入りをしてしまったらしく、今では迷うことなくこの店に戻ってくることができた。

 彼らに歓迎はされて居ないが、彼らはシドが恐れているのを知っているのだろう。シドは怖かった。人ではなくなった自分が、人ではない彼らに迷惑をかけるような重大なミスを犯すのではないかと。

 人でないという自覚を持たない自分が、人の社会で過ちを犯してしまわないか。自分で分からないだけに恐ろしいのだ。

 それにしても。

 仕事は意外に少ない。元々客になる者たちも少ない上、そうそう困ることもおきないらしく、世界にただ一件しかない彼らのための店であるにも拘らず暇をしている。

 それはそれで勿論いい事だが、シドが見てきた仕事は全て彼らがこの、大部屋の片隅で解決してしまったのだ。

 唯蓮は何でもできるらしい。それがシドの認識だ。先ほど錫を出した彼だが、あれはさまざまな、所謂超能力という奴を混ぜ合わせているようなのだ。

 まず見えないものの気配を辿る。遠隔感応であろうか。その上で埋もれた物体が実際に何処にあるかを見つけ出す、透視能力。そして他の物体を動かさずにそれだけを取り出す、瞬間転移。そこからは念動力の成せる業だ。唯蓮には人が知る超常的能力の全てが備わっているらしい。

 だからこそシドには不思議だった。わざわざエジプトに飛ばなくとも唯蓮ならばカルトゥーシュの中身も、例えばそれが本当に呪いだったとすればそれに対する対処も、ここから一歩も出ずにできる筈なのだ。なのに彼はわざわざ足を運ぶといった。

 そして恐らく、桂花もその理由を知っている。

 シドだけが知らない状況、というのは今まで幾らでもあったのだが、エジプトまで行くのにこれではさすがに不安が残る。まさか旅行がしたかったわけでもあるまい。

チラリと唯蓮を見ると彼は気付いて視線を寄越した。チェシャ猫のようにニヤニヤ笑っている。

「いかにも、旅行がしたかったのさ」

 思考を読まれた!と眦を吊り上げれば彼は気のない様子で再び思索に耽り始めた。シドは結局それを邪魔するのも悪い気がして、怒るのをやめて天井を仰ぐ。

 どうなるのかしらないけれど…。この二人の進む先が見てみたかった。結局彼らに惹かれているのだろう。シドはそう結論付けて大きな溜息をついた。

明日にはきっと、雲の上。

 

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