黒い風、真冬の一番星
扇智史
第1話
真っ黒な街の夜空を見上げながら歩くと、風は何もないところから押し寄せて来るように感じる。
重ねたネックウォーマーに口元を押しつけて、私は白くなりそうな吐息をそこに閉じこめる。
あの子の声を聞いたのは、何ヶ月前だっただろうか。
視線をすこし下げると、街の光が夜の地べたに積み重なっている。向こう側には海があるはずなのに、都市は私たちの視界を閉ざしていて、水平線の断片さえ見えない。
住む場所が離れて、はじめのうちは毎日のように電話をした。あの子の柔らかい声を間近に聞きたくて、いつも耳元にスピーカーを押しつけるみたいにしていた。
光のひとつひとつに生活があるとして、それらはどれひとつとして、私に関わりがない。あまたの色をしたあまたの光点に囲まれながら、私の歩みは孤独だ。
コートの中で、私の体はしめつけられるように縮こまる。
新しい暮らしが忙しくなると、声はいつの間にか遠のいた。文字の往信は続けていたけれど、それはいくぶん味気なく、だから執着もなく、次第にやりとり自体が減っていった。
一番星かな、と思ったのは、飛行機の光だった。橙色に点滅しながら、夜空をゆっくりと移動していく。
何もかもいつか消えてなくなるのは、自然なことだと思う。夜が訪れるように、私たちの周りからは、いろんなものが失われていく。
校舎のにおいがしみついたコートも、あの子の手のひらがあたたかく触れた手袋も、あの子の指に巻き付いた長い髪も、声の思い出も、何もかも。
すべてがなくなった場所では、きっと黒い風だけが吹いているのだろう。
寒い部屋のほうへ、角を曲がる。
東の夜空に、白いほんとうの一番星が見える。寒くて寒くて、きっと身動きひとつすらできないだろう冬の空に、真っ白な星は懸命にまたたいている。
光がまっすぐ、私の中に射し込んでくる。
あの子の声を聞こう、と決める。
黒い風、真冬の一番星 扇智史 @ohgi_
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