2日目
私の世界で一番大切な、いえ、何かと比較することすらおこがましい。私の全てであったお姉ちゃんが息を引き取ったので私は錯乱しました。
とりあえずお姉ちゃんの亡骸はクローゼットに押し込んだのですが大量の血が部屋の床をびしょびしょにしていてとんでもない有り様です。
錆びた鉄のような臭いと何かが腐ったような臭いが部屋を満たし始めています。
両親はあまり私たちに関心がないので昨日はなんとか誤魔化せました。消臭をなんとかすれば今日までは誤魔化すことも不可能ではなさそうです。しかしそれ以上は無理でしょう。
体調が悪いと言って学校を休み、今日1日でなんとかしようとしましたがなんともならなそうです。
何より、どんな時も私を助けてくれたお姉ちゃんがいないのですから私になんとかできるわけありません。私は無能のグズで、姉なしでできることなど何もありませんから。
私は自分にできないのだから人を頼るしかないと考え至りました。姉以外の人間を頼ることは酷く恐ろしいことですが姉が亡くなってしまった以上少しずつできることを増やさなければいけません。
私は姉の亡骸のポケットからスマホを取り出して起動しました。姉の顔をカメラに写せば顔認証もできるのですが、姉が私たちの誕生日をパスコードにしているのを知っていたのでそれを入力して開きます。
私は姉の無惨な姿をスマホのカメラで撮影し、SNSに写真付きで投稿しました。『殺されてしまいました。どなたか引き取ってくださいませんか?』
投稿してから少し考えて、特定の人にしか見れないようにアカウントに制限をかけました。死体を見るのが苦手な人もいるでしょうから……
SNSの設定を変更するという慣れない作業をしていると途端に姉のスマホがぶるぶると震えたりピヨピヨと鳴いたりし始めました。私はこの小さい板にお姉ちゃんの魂が宿ったのかと恐れ喜んだのですが実際にはスマホがその機能を過不足なく果たしているだけでした。
「これどういうこと」
「本物?冗談にしてもやばいよ」
「まな!!!!!!返事して!!!!」
「どうしたの!?!?」
「なにこれ怖いよ」
「グロい、なに」
「今からそっちいく」等々。
私は今からこちらに来てくださる方にだけ「早くきてください」と返信をして、慣れない作業に疲れて寝入ってしまいました。
気付くと夕方でした。まだ両親は帰ってきません。長く働いているのになぜ私たちの家庭は貧しいのでしょうか。
そんなことを考えているとピンポンピンポンとチャイムを鳴らす人がいます。引き取りに来てくれた人だろうと思い玄関を開けると三人の女性が立っていました。
お姉ちゃんと仲良くしているところを度々見かけた人たちです。そのうちの1人は時々私なんかとも話してくれてとても優しいので好きな人です。姉を引き取ってもらうならこの人がいいなあと思います。
「これ、加工じゃないね。まなが殺されたの本当なんだ。誰に殺されたの?私が絶対にそいつを殺す」
「私はまなさんが好き。死んでても好き。むしろ死んでからもっと好きになったかもしれない。このドキドキが何か確かめたいの。死体を頂戴」
「心配でいてもたってもいられなくて……ひとまず佳奈ちゃんが無事で安心したよ。まなちゃんに会わせて、まさか本当に死んでなんていないんでしょう?」
私からみて右から順に三人が口々に話します。
「私がお姉ちゃんを殺しました。お姉ちゃんの死体は、えっと、そちらの方(私にも優しくしてくれる人のことで、私の左手側にいます)に引き取って貰いたいのでごめんなさい。あの、引き取ってもらえますか?」
私はおずおずと切り出しましたが食ってかかるような勢いでまた右手から順番にお客さんが話し始めました。
「お前まなの妹だよな?頭いかれてんのか。いや、すまん。お姉さんがあんなことになれば錯乱もするよな、まずは落ち着いてやったやつ教えてくれ」
「なんで私には死体をくれないの!?もういいからとりあえず死体見せて」
「……佳奈ちゃん。嘘、だよね?」
私はなんとか事情を説明しようとしますが皆さんは世界より大切な姉を失い頭がおかしくなってしまった妹という認識でしか会話をしてくれません。
話が通じない苛立ちからかお姉ちゃんの友達たちは大声で捲し立てるようにしゃべったり、私の胸ぐらを掴んで揺さぶったりしてきました。
話を聞いてくれようとしたのは優しい方だけでしたが、やはり私がショックでおかしくなってしまっているという哀れみの目で見つめてきます。
私は自分1人では何もできないことや、おかしな子という扱いを受けることを恥ずかしく感じ始めましたし、こんなに長い時間人と関わるのは初めてだったので疲れてしまいました。
三人の姉のご友人たちも私の相手をするのは疲れてしまったようで、また明日落ち着いて話そうということになりました。
私は皆さんをお見送りしたあと、状況が何も変わっていない姉と私の部屋に戻り自分の無力さに涙するのでした。
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