100日後に殺す百合
白情かな
1日目
私には双子の素晴らしい姉がいます。
私たちの通う高校では常に成績上位、所属しているテニス部では入学当初からエースとして活躍しています。それに加えて、とても整った顔立ちをしていて、特にその笑顔は見ている人も幸せにしてしまうほど底抜けに明るいのです。もちろん性格も良く、誰に対しても優しく明るく面白く、誰とでも仲良くすることができ、どんな人でもお姉ちゃんと関わることを楽しみにしています。
こんなふうに、私のお姉ちゃんには欠点と言っていいほどの欠点は存在しないように思います。
対して私は特段成績が良いわけでもなく、ほとんど活動のない文芸部に所属しています。姉妹なので顔は似ていますが、お姉ちゃんのように人を幸せにするような笑顔はなく、不幸そうな雰囲気を漂わせていて、私とお姉ちゃんを見間違える人はほとんどいません。
性格は卑屈で内気で小心者で、こんな不出来な妹をかばってくれるお姉ちゃんがいなければ、まず間違いなく友達の輪に入ることもできなかったでしょう。
これは本で読んだことですがこんなふうに優秀な姉とそれに劣る妹が一緒に暮らしていると、劣っている妹は姉に憎しみを持ち始めるものらしいです。
しかし、私は全くそんな感情を抱きません。お姉ちゃんはこんな不出来な妹も愛してくれるからです。
自分のことを無条件で愛してくれる人をどうして嫌いになれるでしょうか?
お姉ちゃんは私が無条件で信じられるほとんど唯一の人であり、こういっては大げさかもしれませんがこの世で一番大好きな人なのです。
つまるところ、私は姉に依存しているのでしょう。
そして、私の愛を黙って受け止め、なおかつさらに無条件の愛を注いでくれる姉は、こんなことを考えることすらおこがましいのですが、私に依存しているのかもしれません。
あらゆる面で完璧で、あらゆる美徳を備えているであろう姉の、唯一の欠点を挙げるとすればこんな不出来な妹を持ってしまったこと、そしてその妹を愛していること、この一点に尽きるのです。
そして今日、どうしようもなく自分がお姉ちゃんの妹であることが申し訳なくなって泣いてしまいました。私は愚図でのろまでドジでお姉ちゃんが私と関わることで得をすることなど何もないでしょう。けれど私は妹だから否応なく関わらなくてはいけない、それにお姉ちゃんは責任感の強い人ですから私にあれこれと世話を焼いてくれます。私に使う時間があるならばお姉ちゃん自身のために時間を使ってほしいのです。その方がどれだけ姉のためにも、ひいては世界のためにもなることでしょう。マイナスしか生み出さない私なんて死んでしまえばいいと本気で思いました。
今日は共働きの両親が遅くまで仕事を抱えていて、お姉ちゃんはご友人と遊びに出かけていて私は家に一人でした。
私は死のうと思いました。いや、そんな論理的な思考ではなく、台所から包丁を持ち出して来て自分の首にあてがいました。
銀色の刃が首を冷たく刺激し、それは私が許されるために必要な温度で、このまますっと刃を引けば私の罪も少しは軽くなるかなと思いました。
玄関の扉が開く音がして姉が帰ってきたのを知りました。私と姉の部屋は共同だったので姉は部屋に入ってくるでしょう。本当ならこんな姿は隠さなくちゃいけません。きっとお姉ちゃんは心配してしまうでしょうから……
けれどその時の私はなんだかもう疲れ切ってしまって、見つかったらもう自分の思いのたけをぶつけて謝るしかないなと、そう思いました。
姉は部屋に入ると私を見てかなり驚き怖がっているように見えました。
それはそうでしょう、ただいまと言っても私は返事をしませんでしたしなおかつ目は泣きはらして真っ赤になっていて手には刃物を持っている、それはもう酷いありさまでしたから。
「何……してるの? そんな危ないもの持たないで」
お姉ちゃんは私に包丁を置くように言いました、私はこんな無粋なものを持ってお姉ちゃんと話すわけにはいかないと思ってそれを床に置いて、意を決して姉に思いをぶつけました。
「お姉ちゃんごめんなさい、生きててごめんなさい、お姉ちゃんの人生の荷物になってしまってごめんなさい、お姉ちゃんのことを好きでいてごめんなさい、お姉ちゃんの妹なのにどうしようもない無能に生まれてしまってごめ……」
言い終わらないうちに、私は姉に抱きしめられました。
「お姉ちゃん?」
姉は優しく言葉をかけてくれます。
「そんなこと思ってたの? 佳奈は荷物なんかじゃないよ、私の人生に必要だよ、無能なんかじゃない私の大切な大切な妹で私も佳奈のこと大好きだよ。だから泣かないで、生きててごめんなさいなんて謝らないで」
私は姉の腕の中でずっと泣いていました。涙が止まってもずっと姉を離しませんでした。姉が離れるそぶりをしたらもっとぎゅっと抱きしめました。わがままな自分だったと今では反省しています。
一通り泣いて冷静になり、こんな妹がいる姉が今後も人生を生きていかなければならないことを考えてそれがあまりにも哀れで気の毒になった私は一度置いた包丁を拾い上げ、それを姉の腹に優しく沈めました。
「……佳奈?」
姉は何が起きたかわからないまま私の名を呼んで、数瞬後にはその顔を苦痛に歪めました。
姉は私にもたれかかるように倒れ、私は押し倒されたようになりました。
お腹の辺りに暖かい液体が流れてくるのを感じます。姉は恐怖からか失われていく体温の補完を求めているからなのか私を必死に抱きしめます。すぐ横にある姉の口から不規則な呼吸が漏れ聞こえます。激しいけれど浅い呼吸、聞いているこちらまで息苦しくなってきます。少しだけ顔にかかった姉の髪が呼吸のたびにふわふわと動いてくすぐったくなります。
私はある興味から姉のお腹の傷口から指を入れてみます。
「……あったかい」
姉のお腹の中はぶにぶにした肉の感触と暖かい液体で全てでした。もっと姉のことを感じてみたくなって指でお腹の中をいじると姉は悲鳴をあげますがその声も段々小さくなっていってついには息遣いも聞こえなくなりました。
とまあ、こんなエピソードからもわかる通り私は姉のことが大好きで自分のことが大嫌いなのですが、大好きな姉が私を認めてくれるから幸せな日々を生きていけるのでした。
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