女子会
レンガ造りの商店街の一角。路地裏と言えるその場所は、ゴブリン達が密かに、違法に、営んでいた露店が立ち並んでいた。
立ち並んで いた。
「お兄ちゃんまだかな………」
潰れた露店の木材に腰掛ける見た目十六の女の子。しかも学校の制服を着込んでいる。
「そろそろ来られるでしょう」
地面をわざわざ掃除してまで座る女の子。羽織袴に刀の姿はまさに侍。
「ねぇねぇそういえば途中にクレープ屋さんあったよね! 帰りに食べて行かない?」
「私(わたくし)はそういう甘いのは苦手でして………」
「えーでも抹茶とか食べるじゃん」
「まあ、和菓子は食べ慣れているので」
「和菓子とクレープは一緒でしょ?」
「いえ、ああいうくりーむの入ったものはどうも………」
「ねえ? なんで敬語なの?」
「え?」
「え?」
なんとも、お花が咲きそうな女子トークだ。
しかしそこに花は咲かないだろう。
魚の腐った臭いは血の臭いと混ざり、さらにドぎつく周囲を漂い、殺されたゴブリンから流れる血は湿った地面に溜まる。
すべての露店はことごとく破壊され、ただの廃材と化した。
そんな戦場とも言える場所で女の子二人、会話に花を咲かせて誰かを待つ。
「あれ? 開かない」
「早く外出たいんだけどね。ここ寒くて仕方ないよ」
「よいっしょ!」
潰れた露店の一つから廃材が宙を舞う。取っ手付きの石畳は片手間に持ち上げられ、そこから男が二人出て来る。
「お兄ちゃん!」
真っ白になったイートンコートに抱きつく制服の女の子。あまりの抱きつきように埃が盛大に舞う。
「戦果は?」
「上々」
「そうですか。では、私(わたくし)はこれにて」
「え~クレープ一緒に食べようよ!」
端的な問答をすると早々と帰ろうとする侍女子――撫子――に、制服の女の子は待ったをかけた。
「くれーぷは遠慮します。それに、そこの妖怪えろじじいと一緒に居たくないので」
「妖怪って………」
侮辱の言葉で名指しされたのはジョン。
「もう………ねえ、ジョン。一度死んで」
直球にもほどがあるド直球を言い出す制服女子――ベリー――にジョンはニッコリと返した。
「え~、それならお葬式は使用済みのパンツで――ぐぅ…………」
パァン、と一発の銃声が鳴り、ジョンは腹を抱えて悶えた。
「はぁ――普通の銃じゃまともに傷付けられないのなんとかならないかしら。お兄ちゃんもう行こ」
お兄ちゃんと呼ばれたトニーは引っ張られる腕に姿勢を奪われそうになりながらも、後ろを向く。
「ジョン、遊んでないで行くぞ」
「………………みんな冷たいや」
「ただいま~…………」
「だからパンツこそが至上なんだ。俺は下着が至上と一言も言ってない。ましてや何も着けねえ奴は変態だ!」
「ふーんほーんへぇー」
カランカランとベル付きの扉が勢いよく開き、そこから入る喧騒は先頭の女の子を皮切りに止んだ。
「お兄ちゃん、お客」
よく分からないモノがいると言わんばかりのベリーに、トニーらも向くと同じ顔をした。
それもそうだろう。彼らの本拠地。ヘブンズケイブに客が来たのだ。
いつもは閑古鳥が泣き喚く喫茶店だ。客などまず来ない。もちろん客が来れば大歓迎だ。
しかし、その子は違った。
白いワンピースだろうただそれだけを羽織った女の子。
トニーらが入ってきて怯えたのか、カウンターのイスを盾にしてこちらを覗く。
一見すれば客とは思えない風貌に、トニーの顔も神妙になる。
「はっ!」
しかしジョンに関してはすぐさま表情を変え、まるで神々しい、崇めるに値するものでも見たかのように、数歩歩いて膝を折り、地に伏した。
「どうしたの?」
感涙に咽び泣くジョンをさすがに心配したのか、ベリーが聞くと――
「ノーパンだ!」
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パァン!
コルト・ガバメントが吐ける装弾数すべてを吐いて屈服させた相手はそれでも尚、涙を流す。
「本当に死んで欲しいんだけど」
殺気立たせて銃口をジョンの頭部でグリグリとこねくり回すベリーだが、ジョンにとってはそれでさえ心地良い。そう言いたげな多幸感に包まれた笑顔を見せる。
「ジョン、お前何も着けない奴は変態だって言ってたよな?」
いつものコントに辟易としながらも、そのコントで更に怯えたワンピースの少女にトニーは近づく。
「こんにちは」
カウンターに回り、適当にコップを食器棚に戻す。
まだ怯えているようで、カウンターのイスにさえ座ろうとしないが、トニーにはそれほど警戒してなさそうだ。
「お嬢ちゃん、ここに来るのは初めてか?」
その問いに少女はコクリと頷いた。
「じゃあ、どこから来たか、教えてくれる?」
しかしそれに少女は俯いた。
その反応はトニーにとっては悪い予感がしてならない。
「……………わからない………」
予感は的中した。
「なにもわからない……………」
口にする言葉のたどたどしさ。
この状況も、場所も、自分さえも分かっていない素振り。
これは危険な香りしかしない。それに気付いたのか、コントをしていた二人も表情を変える。
「自分の名前も分からないってことか?」
一応の確認だったが、それにも少女は頷いた。
「触っちゃいけない案件だ」
カウンターに来てトニーの耳元で囁くジョンだが、分かっていると言わんばかりにトニーはため息を吐く。
ジョンの言う通り。これは触らないのが一番いい。
だが、このままお帰り願うにもこの子には帰る場所も分からない。
ならどこかに置いていくか? 正直それは考えたくない。
「……………お嬢ちゃん、分からないなら、分かるまでここに居てもいいぞ」
「はぁ…………」
呆れの籠ったため息を吐くジョンは、そのままテーブル席に座り、ベリーはにっこりと少女を見やる。
「私はベリー・レイン。この人は私のお兄ちゃんのトニー・レイン。それと今タバコを吸ってるジジイには近づいちゃダメよ。もし何かしてきたら私に言って。必ずよ」
すぐさま自己紹介を始めるベリーには感服するが、まだ少女はそれを決めたわけではない。
ましてやその食い気味な姿勢に圧倒されている。
「みな無事か!?」
窓を割る勢いで入ってきた撫子にその場の全員が不意を突かれた。
「良かった………」
何事もない。そう確信してホッとつく撫子だが、周囲はみな疑問符が付くのは当然。
「どうしたんだい撫子ちゃん? そんな慌てちゃって――」
「去勢してください。先程こちらで殺気を感じたのですが、私の勘違いでよかったです」
ジョンに暴言を吐き捨て、安心した様子でカウンターに座る。
「こちらの方は?」
やっとカウンターの椅子に座ってくれたワンピースの少女だが、隣に撫子が座ったことですぐさま距離を取ってしまった。
「それがね。自分のことが分からないんだって」
「ほう…………………」
ジーッと、怖気付く少女を見やり、何か思い当たる節があるのか知れないが、少女が更に怯えている。
「撫子」
「おお! これは失敬。大丈夫ですよ。敵ではありません。あ、そこのじじいは敵ですので、近づかぬよう」
その忠告を真に受けたのか、今度はジョンとかなり距離取った。
「なあトニー、俺の風評被害酷すぎやし――」
「そんなことより! この子の名前どうするの?」
ジョンの事などことさら気にしていない女子二人に、トニーの答えは遮られた。
「まあ、確かに衣服も含めてこのままってのは………」
その時、全員の視線がジョンに向かった。殺気を孕ませたのも混じって。
「いいじゃねえか。ノーパン」
小言で愚痴を垂れ、その死線から目を逸らすしかなかった。
「…………! アン、というのはどうでしょう?」
「何か意味があるのか?」
「いえ………思いつきで………」
苦々しく笑って自分が言ったことを恥じるも、その後に続いたベリーの言葉でそれは晴れた。
「いいじゃない! あなたはどう?」
嬉しかったのか、ワンピースの少女は無表情で戸惑いながらもすぐに頷いた。
「じゃ、名前が決まった所で次は買い物だな。ソドムとゴモラでどうだ?」
「え~嫌よ。あそこ空気が悪い」
確かに、と言った本人も思うも、アンの買い物は次いでで本命がそもそもあった。
「行くのですか?」
「ああ。さっきのゴブリンからちゃんとパスもらったし」
「そういえばそのゴブリンどうしたの? シメた?」
「あいつな、良い奴だったよ………」
ベリーの疑問にジョンは遠い過去を見るように天井を仰いだ。しかし――
「逃したよ。ま、田舎に帰ったでしょ」
「エックシッ――寒気がする…………」
小さな風呂敷を背負い、一人道半ばで悪寒を感じたゴブリンが居た。
「じゃあ行きましょう。撫子、アン連れて私の部屋行ってて」
「なぜ――?」
「ワンピースだけで街中歩かせるわけにはいかないでしょ。私はこいつをシバいとく」
またしても愛用のガバメントのスライドを引き、手を挙げて降伏するジョンの頭部に照準を合わせる。
「アン、行きましょう」
銃声が鳴り響く中で、その異様さに戸惑うアンの手を引いて撫子は二階のベリーの部屋に向かう。
「覗いたらケルベロスの餌にするわ」
そう吐き捨てていそいそとベリーもその場を後にした。
「覗くとも言ってないのに………決定事項の様に撃ってくるのなんとかならないか?」
兄であるトニーに迷惑極まりないと言うが、そもそもの原因がジョンにあると、そう言いたげなトニーは押し殺した。
「傷の一つも付かないんだ。それだけでも自分は恵まれていると思った方がいいんじゃないか?」
剣だろうと、銃だろうとジョンを傷つけるのは無理だ。
ましてやそれが大量破壊兵器だとしても。彼の熱は全てを受け付けない。
しかし、至近距離から撃たれれば当たる反動で多少なりとも仰け反る。
ベリーはそれを憂さ晴らしの糧としていた。
「最近多いんだ。いくら俺でも疲れるよ。首も痛いし………」
「いい体付きしてるわね。私の服合うかしら?」
「申し訳ない。私が羽織袴以外に服を持っていれば………」
「あ、あの………寒い…………」
一階からでも聞こえる女の花園。
愚痴など垂れている場合ではない。すぐさまジョンは全神経を耳に集中させた。
「これいいんじゃない? 着てみて」
「少し派手ではないですか?」
「女の子ならこれくらいでいいわよ」
「大きい………」
「じゃあこれはどう?」
「少しハイカラではないですか?」
「撫子、あなたも少しは色気づいたら? ほら、せっかくお買い物いくんだから。その袴脱ぎなさい」
「ちょ、ベリー殿! やめっ、あぁ!」
「大きい………」
「おお………聞いているだけでも浄化される………私としてはアンには白を履いてもらいたい所。おお! 撫子殿ッ! その柄のパンティは刺激が強い! それでいいぞ! ベリープッシュだ! 倍プッシュ!」
「何がプッシュですって?」
無駄なダンディボイスで実況するも、こめかみに銃口が向けられたのに気づくとドッと冷や汗が吹き出る。
「あれ~今撫子に黒の紐パンプッシュしてるはずのベリーさんがなぜ――」
パン! パン! (以下六発)
「ったく、どこに居てもパンツの柄まで分かるなんて………お兄ちゃん行きましょ」
「ジョン行くぞ。撫子はアンと一緒に買い物に付いてくれ。ジョンは僕と仕事だ」
「わ、私は少しばかり急用が出来たので………」
なぜか下半身をもぞもぞさせる撫子に、ジョンは地に伏せながら満面の笑みでグーサインを向けた。
「クズが………」
今まで見たことのない、最大級の蔑視をジョンに向け、刀に手をかける一歩手前まで来ていたのが分かる。
しかしそれでもジョンは満面の笑みだ。
「アン! あなたも行くのよ」
先程から階段の影に隠れてこちらに来ようとしない。
しかしベリーの言葉に意を決した。
「どう? お兄ちゃん? あり合わせだけど可愛いでしょ!」
「肩出しとは恐れ入った。しかも下が長めなスカート。今時のカワイイファッションに十点満点。黒髪との相性も最高ですな」
「あんた下着にうるさいクセして衣服の名前は言えないのね」
一番突かれたくなかった所なのだろう。ベリーの言葉にジョンは一つ歯噛みをして答えた。
「クゥ~言わないでくれ。おじさんにはあれの名前が覚えられないんだ………ッ」
しかしアンはジョンと距離を取りつつベリーの腕にしがみついた。
「ほら、寄らないで。エロジイイ」
だらだらと長話に花を咲かせるも、トニーがドアノブに手を掛けると勢い良く開けた。
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