番外編⑤

「兄貴…………」

「あれ? 愛じゃんどうした?」


 休み時間、俺のクラスに愛が来た。

 同じ学校にいるのだからそういうこともあるのだが、俺のクラスに来たのは初めてだから少し驚いた。


「その…………」

「ん?」

「体操着を借りたいんだけど……」


 あ!

 さてはこいつ家に忘れてきたな!

 あれほど母が持ち物確認していたというのに!


「忘れたのか?」

「…………うん」

「珍しく寝坊してたもんな」

「…………うん」

「朝飯も食べてなかったもんな」

「…………うん」

「昨日は夜更かししてたもんな」

「もぉー朝の話はいいよぉー!! いいから体操着貸してよぉー!」


 おっとイジリすぎたか。


「体操着ぐらい貸してやれよキヨ。俺らは体育午後からだろ」


 俺が愛と話していたのに気づいたのか、桐生がやってきた。


「愛ちゃん困ってるんだろ」

「いや俺も貸すのにはやぶさかではないんだよ。でも一つ心配事があってだな」

「…………なに?」

「俺の体操着を着ることで、愛が実は男だったんじゃないかと疑われてしまうのではないかと」

「そ、そんなわけないじゃん馬鹿じゃないの!?」


 だってズボンの色は男子と女子で違うからな。

 苗字は一緒なのに青色のズボン履いてったら、まだ愛のことをよく知らない男子が「あれ? 加藤さんって実は男?」とか勘違いするやつが出てこないとも限らない……!

 そうして男と勘違いして愛に近づいてきた奴が、愛に対して男子並みのスキンシップを取ろうとして胸を触ろうもんなら、そこからラブコメのラッキースケベ的展開が起きてしまう恐れもあるんじゃないのか!?


「兄貴として、ラブコメ展開を繰り広げるのは桐生だけで食い止める義務がある!」

「何言い出したのこの人……」

「キヨは時々アホになるな」


 とはいえ?

 せっかく妹が上級生の教室まで来てお兄ちゃんに体操着を借りにきたんだ。

 ここで兄貴として頼れる一面を見せるのも兄として大事なことではなかろうか。

 万が一、愛のことを男と見間違える野郎がいたとしても、本物のラブコメ主人公とやらを見せつけてやるぜ。

 桐生颯というな!!


「あ、愛ちゃんだ! 久しぶり〜!」

「美咲さん」


 俺達が話しているところに気付いたのか、美咲ちゃんも寄ってきた。


「どうしたの? あ、もしかしてキヨに用事? キヨってばお兄ちゃん風ビュンビュンじゃん! いいなぁー私もこんな可愛い妹欲しかったなぁ。そういえばこの前ね───」


 超喋るじゃん!

 来た途端に怒涛の語りかけだよ! 女子怖え!


「み、美咲さんすいません、ちょっと時間が無くて……」

「あ、ごめんね。それで何の用事だったの?」

「キヨに体操着を借りにきたんだが、キヨが変な理由で渋ってるんだよ」

「別に渋ってねぇ!」

「じゃあ私の貸してあげるよ! まだ使ってないから安心して」

「いやでも悪いですよ……私が先に使っちゃったら汗とか……」

「全然気にしないから大丈夫だよ! 男子のジャージ着るのも少し恥ずかしいよね」


 あれ?

 これ、俺が兄貴としての見せ場を奪われる流れ?

 いや、愛が男に間違われる可能性が失われるのであればそれは喜ばしいことなんだけど、兄貴として妹に頼られる場面なんて今後めったになさそうなのに、この機会を失ったら俺はいつ愛に兄貴らしいことをできるんだ?


「いや天条さんに迷惑はかけられないよ。俺のを貸す」

「でもキヨのなんかじゃ愛ちゃんが可愛そうじゃん」

「どう言う意味? ねぇそれどういう意味?」

「もちろん……………………男の子の体操着だからっていう意味だよ」

「何その!」


 男子だからでいいんだよね!?

 俺が嫌われてるからとかそういう意味じゃないんだよね!?


「ねぇ天条さん! 俺嫌われてないよね!?」

「え? そりゃ……うん。まぁそれは一度置いておいて」

「置いとかないで! これ重要なとこだから! 下手したら今後の俺の人生悔い改めなきゃいけないやつだから!」

「大丈夫だよ。ほら、キヨ国語の点数高いし」

「…………今の話の流れのどこに関係性が……!?」

「国語の点数高い人って人の気持ちが分かるって言うよね。だからきっとキヨもやんややんやで……」

「何そのグニャグニャした回答! 何一つとして参考にならねぇ!」

「そんなことより愛ちゃんに体操着貸さないと…………あれ? 愛ちゃんは?」


 気付くと確かに愛の姿が無かった。

 どこ行った?


「愛ちゃんなら俺の体操着持ってクラス帰ったぞ」

「え!? な、何で!?」


 いつの間に!?


「いや愛ちゃんマジで時間なくてヤキモキしてたし、二人がずっと言い争って決着付かなそうだったから俺のを貸したんだよ。ほら、もうチャイム鳴ったし」

「えー!!」

「お、俺の兄貴面できるチャンスが……!」

「家でいくらでもチャンスあるだろ……」


 何だ桐生、まさかお前、愛の兄貴ポジすら俺から奪おうというのか……!

 やめろやめろ!

 お前のラブコメに愛を混ぜるな!


「桐生、断固として俺は拒否する!!」

「いやだからもう貸しちゃったって」

「私が愛ちゃんに貸してあげたかったのにー!」



 ────────────────────


 〜体育時間〜



(結局桐生さんに体操着を借りてしまった……。兄貴が全然貸してくれないから迷惑かけることになっちゃったじゃん)


「ね、ねぇ加藤さん。その体操着……」

「男子の奴だし桐生って名前が入ってるけどもしかして…………」

「え?」


 クラスの……二階堂さんと三朝みさささん? あんまり話したことないけどどうしたんだろう……。


「あ、これ……2年生の桐生さんのやつで……」

「きゃー! やっぱり!?」

「え!? え!? 加藤さんって桐生先輩とどういう関係!?」


(なになに!? どういうこと!? なんかすごいいっぱい人集まってきたー!)



 ────────────────────


 〜加藤家宅〜


「兄貴」

「はい兄貴です」

「何で兄貴なんかがあんな凄い人と親友なの……?」

「え? なに? 俺けなされてんの? 褒められてんの?」

「どちらかというと褒めてる」


 一体何があったんだよ……。

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俺はどうしても主人公にはなれない 旅ガラス @jiyu

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