Part3 閃光

「そんなッ……」


 アミカは地上から、忘れ得ぬ光によって焼夷弾投下編隊が焼き払われるのを見た。


 あの光は紛れもなく、〈ククルカン〉のシュバランケだ。いや、アキセがそんな事をする訳がない、恐らく敵にもシュバランケと同じクラスのエネルギー収束砲を持つコンバット・テクターがいたのだろう。


 地獄という言葉に詳しくないアミカにも分かる程の地獄が、そこにはあった。闇に包まれた空、地上を無に帰そうとする炎。


「流石は導師だ……」


 カインは陶酔していた。〈コトブキ〉に背中を向けている。


 アミカは、このような状況を楽しんでいるカインに、言いようのない怒りを覚えた。堪らぬ憎悪が少女の心を満たした。この男に同情する部分もあったが、最早この男は血の繋がらない兄ではない。平和と安穏を破壊する狂人だった。


 小回りの利く直刀・ハットリソードに代わって装備した大太刀・ガンリュウブレードを背中から引き抜く。物干し竿の如く長い刀身を、カインの肩口に叩き付けようとした。これならば、発勁の間合いに入り込まれる事もない。


 だが〈コトブキ〉は、横手から現れた黄色い閃光によって吹き飛ばされ、近くの樹の幹に身体を激突させてしまった。ガンリュウブレードは地面に落ちる。


「うぅ……」


 呻くアミカの視界に現れたのは、バッテリーを多く搭載した、重武装型のような逞しさの高機動タイプコンバット・テクター……〈INAZUMA〉だ。


「危ない所だったな、カインの旦那」

「アマクサ……」

「集合だってよ、行こうぜ、導師の所にさ」


 するとカインとアマクサの頭上に、一機の円盤がやって来た。円盤は底部から大振りな刃物を出現させ、回転する事で近くの木々を伐採しながら、着陸した。


〈ガギ・ギーガ〉と〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉……グラトリとアスランが乗っている。対六武衆に結成された部隊の誰一人として、彼らを打倒する事は出来なかった。


「珍しいものに乗っていますね」

「だろ? ……しかし随分と派手にやったね、カインさん」


 グラトリはその場に転がったコンバット・テクターを見て言った。腹部のリムーヴァータを突き出すと、その場にあったアーマーを吸収してしまう。


「欲張りな奴だぜ」

「弾数は幾つあっても困らないからね」


〈ガギ・ギーガ〉のリムーヴァータの側面には、カプセルを複数セットするパネルが取り付けられている。吸収したコンバット・テクターは粒子化され、そのカプセルに内蔵されるのだ。〈ガギ・ギーガ〉は今回の戦いで回収したカプセルを、弾倉のように身体に巻き付けていた。


「おや、そちらのお嬢さんは……」


 グラトリが、〈コトブキ〉を剥ぎ取られたアミカに気付いた。


「私の妹だ」

「カイン、あんたに兄妹がいたとはな、知らなかったぜ」

「私も初めて知りました」

「はぁ?」


 アスランが怪訝そうな声を上げた。


「兎に角、集合という事です。行きましょう、カインさん」

「ああ」


 グラトリに言われて、〈INAZUMA〉も円盤に飛び乗った。

 カインはアミカの腕を掴んで引っ張り、円盤の上に放り投げる。


「妹よ、見せて上げよう。この世界の行く末を、一番の特等席で」


 円盤が浮かび上がった。






 炎の森に佇む大巨人の周囲を、白と黒の光が駆け巡り、ぶつかり合っている。


〈ククルカン〉と〈ケツァルコアトル〉だ。


 怒りに呑み込まれたアキセはリュウゼツランの力で意識を失っている。しかし暴走や凶暴化といった表現とは裏腹に、リュウゼツランが指示する〈ククルカン〉の動きは、冷酷非情にして正確無比、敵を破壊する事を追求した、美しささえ感じさせる軌跡だった。


 その人智を超えたパワーや反応速度に、〈ケツァルコアトル〉は対応している。人間的なミスやブレは感じられても、〈ククルカン〉に劣っているという印象はなかった。〈ククルカン〉とデータを共有した〈ケツァルコアトル〉にもリュウゼツランと同様のシステムが組み込まれている事は想定が出来るが、導師グーリーはその力を使う事なく、〈ククルカン〉と渡り合っているのであった。


〈ククルカン〉と〈ケツァルコアトル〉の戦いを、ジュストは〈エージェント・オブ・ダークネス〉の内部から見ていた。


〈エージェント・オブ・ダークネス〉の装着者……インヘルは、巨大コンバット・テクターの胸の内側に位置している。通常のコンバット・テクターとは異なり、飛行機のコックピットのように座席に腰掛ける形だ。それでいてスイッチやレバーの類はなく、手足を肘掛けやフットレストに埋め込んで機体の動きを制御し、VRヘッドギアを装着して周囲の情報を確認している。


 パイロットというよりは、電気椅子による処刑を待つ罪人のようでもあった。


 その装着者本人が座るコックピットの足元に、一〇人程を収容出来そうなスペースがある。正面は周囲がモニターになっており、外の様子……〈エージェント・オブ・ダークネス〉の全身に取り付けられたカメラが捉えた映像を、リアルタイムで確認する事が出来た。


「凄まじいな……」


〈ジャミング・フェノメノ〉のヘルメット部分だけを解除したジュストは、地獄の様相を呈したジャングルの上で、閃光となって激突する白と黒のコンバット・テクターを見て、息を漏らした。


「これ程までとは思わなかった。ともすると、五年前の時よりも、〈ククルカン〉の力が引き出されているのかもしれない。そしてそれに喰らい付く奴……導師の力も……」


 敗北に追いやられた自分たちを集め、指揮を執るような振る舞いをするだけで、行動の指針を示さないだけの男かと思ったが、なかなかどうして優れた実力の持ち主だった。


「美しいな」


 突然声を掛けられて、ジュストは少し驚いたようだった。

 声の主は、ワカフだった。


「あれはまさに獣の王よ……」

「獣の王?」

「我々の言葉では、ククーラ・カンと呼んでおる」

「ククーラ・カン……ククルカンという名前と、似ていますね」

「主らの言葉で“戦士”に当たるものを、我らダヴェヌラではククールと呼んでおる。カンとは“獣”の意であり、又、“神聖な”という意味も持つ。ククーラ・カンとは獣戦士であり、獣の強さを持つ戦士は王……獣の王という事じゃ」

「――」

「無駄を削ぎ落とし、必要なものだけを残し、戦う為の道具として洗練されている」

「――」

「まるで人間のようだ」

「人間!?」


 予想だにしなかったワカフの評価に、ジュストは眼を見開いた。

 ワカフは淡々と言った。


「あらゆる余計なものを切り捨てて、目的の為に自分自身や生命でさえ擲ってしまえるのが人間だろう。それを人間的ではないと言うのならば敢えて否定はしないが、私はそう思う。神になる力があるのは人間だけだからな」


 尤も――と、ワカフは冷笑した。


「その方法と、その本当の目的とを、完全に一致させる事が出来ないのも、人間であるとは思うがね」






〈ククルカン〉は空中で、パンチを連続して放った。一見すると相手を近付けさせない為のようにも見えたが、その乱雑な軌道は全て、〈ケツァルコアトル〉の動きをミリ単位で予想したものだった。


 どのパンチをどのルートでどのように回避するか、それを見越しているのだ。


〈ケツァルコアトル〉は紙一重でラッシュを躱そうとするも、全て先読みされてしまい、ブロックするしかない。回避からのカウンターを狙っていた〈ケツァルコアトル〉は、受けに回ってしまえばそれだけになる。


〈ケツァルコアトル〉が左脚から銃を抜いた。一般に流通しているRCF専用の射撃武器。


〈ククルカン〉はそれを予想し、〈ケツァルコアトル〉の左手ごと、太腿に蹴りを見舞った。動きが止まった〈ケツァルコアトル〉に対し、インパクトマグナムを取り出そうとする。


〈ケツァルコアトル〉は右足を斜めに振り上げ、踵で〈ククルカン〉の右手を抑え込んだ。


 互いに残った手でパンチを放った。両者の顔面を拳が打ち抜く。


〈ケツァルコアトル〉は拳を開いて、〈ククルカン〉の頸を掴んだ。〈ククルカン〉も同じようにした。そして二人は同時にバーニアを吹かして、互いの頸椎に向けてGを掛け合った。


 根負けしたのはグーリーの方だった。リュウゼツランを使用していないグーリーは、アキセと違って痛みを感じている。苦しくなって逃げようとした。


〈ククルカン〉が〈ケツァルコアトル〉を押し出し、地面に叩き付けた。〈エージェント・オブ・ダークネス〉の足元だ。だが落下の瞬間、〈ケツァルコアトル〉は〈ククルカン〉の胴体に拳をあてがっていた。落下の衝撃を全て、〈ククルカン〉に浴びせる為だった。


 痛みはないとは言え、内部装着者にダメージはゆく。〈ククルカン〉の拘束から抜け出した〈ケツァルコアトル〉は、ほんの少しだけ反応が遅れた〈ククルカン〉の頭部を蹴り付けた。


 低空で錐揉み回転しながら、飛んでゆく〈ククルカン〉。

 着地した時には既に、胸の装甲が展開している。

〈ケツァルコアトル〉は同様に装甲を開きながら、〈ククルカン〉に飛び掛かった。


 突き出した両手が、受け止められる。手四つだ。


〈ククルカン〉と〈ケツァルコアトル〉は、胸の中心から伸びた砲口を触れ合わせて、同時に最強武器を発動した。


 シュバランケとテスカトリポカが、互いの砲身の中に溢れ返って、破壊する。


 終末の大鋼人の足元で、白と黒のコンバット・テクターが光に包まれた。


 光は地面を破壊し、森を打ち砕き、炎を消し飛ばしながら広がってゆく。行き場を失った破壊エネルギーは、二次元的な壊滅を迸らせるのをやめ、臨界に達した地点で上空へと伸び上がって行った。


 黒い太陽目掛けて、白い奔流が、龍の如く飛び出してゆく。

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