Part2 黒影

『……准将! 余り勝手な行動は……』


〈ククルカン〉の通信機が作動した。〈ジャミング・フェノメノ〉が撤退した事で通信機能が回復したのだ。キャンプには俺が〈ククルカン〉を装着している事が、もう分かっているだろう。だから、この〈ククルカン〉に連絡を入れたのだ。


「俺が今いるのが……奴らの本拠地です」


 俺は言った。


『え!?』

「俺の眼の前に、六武衆の内、インヘルとジュストの二人がいます。そして導師と呼ばれる男が、俺の眼の前にいるコンバット・テクターです」


 俺は〈ククルカン〉が見ている映像を、キャンプに転送した。俺の座標が分かっていれば、そこに爆裂焼夷弾を投下する事が可能だ。


『今から五分後に、焼夷弾を投下します』


 それを聞くと、俺は通信を切った。

 黒い〈ククルカン〉と、向かい合う。


〈ククルカン〉のコンピュータには、イアンたちが踏み込めなかっただけで膨大な魔導教団のデータが登録されていた。六武衆は五年前にも反乱に参加していたので、彼らのアーマーについてのデータも記録されていたのである。


 だが、今、俺の眼の前にいる黒い〈ククルカン〉に関しては、UNKNOWNの表示が出るばかりであった。


「貴方は……あの時の、魔術師なんですか。俺の前世について、教えてくれた」

「はい」


 黒い〈ククルカン〉は頷いた。そして頭部のアーマーだけを解除して、あの涼し気な眼元を見せてくれた。二度の対面の時には隠されていた口元も、露出した。


 顔の下半分が、焼け爛れてしまっている。……イアンは〈ククルカン〉を持ち込んだ人物が、口元を隠しており、それが火傷の痕を見られたくないからだと言われたと証言した。


「貴方が、〈ククルカン〉をイアンの所に持ち込んだんですか?」

「そうです」

「貴方は、この魔導教団の導師なんですか!?」

「はい」

「……何故!?」


 導師……あの黒尽くめの魔術師は言っていた筈だ。以前の聖痕神力騎士団のような過激派は、自分たちにとって迷惑な存在だ。宗教の復権の為に、武力を使って騒がれては困る。自分たち穏健派にとって、過激派の行動は宗教の復活を妨げるものでしかないと。


 それがどうして、テロ教団のリーダーなどをやっているのだ!?


 魔術師は答えなかった。火傷で引き攣れた唇を歪めると、再び黒い仮面で顔を覆ってしまう。


 額のランプが蒼い光を発した。俺の〈ククルカン〉のランプも、共鳴して赤く発光した。


 頭部のモニターに、さっきまでUNKNOWNだった表示が、



  Quetzalcoatl



 と、変わっていた。


〈ケツァルコアトル〉というのが、あのコンバット・テクターの名前らしい。


「〈ククルカン〉のデータを更新しました。これでやり易くなったでしょう?」

「な……」

「逆に、貴方の戦闘データもこちらにコピーさせて貰いました。これでスペックは五分と五分……」


〈ケツァルコアトル〉は背中に手をやり、翼から一対の剣を取り出した。〈ククルカン〉の剣と同じだった。

 そして俺に一息に接近すると、双剣を同時に振り下ろして来た。


〈ククルカン〉が動いた。俺の意志よりも早く反応して、双剣を双剣で受け止める。右肩を狙った左の剣を、右の剣を横にして受ける。脇腹に走った右手の剣を、逆手にした左の剣でガードした。


〈ケツァルコアトル〉はそこから何発もの斬撃を繰り出した。颶風のように迫る刃に、リュウゼツランが発動して、ガードと逆襲を始める。しかし〈ククルカン〉の眼にも止まらぬ剣技を、〈ケツァルコアトル〉も完全に受け切ってしまう。


 俺は〈ケツァルコアトル〉の剣を弾いて後退した。〈ケツァルコアトル〉も同じようにバックステップで距離を取る。俺が双剣の一方を投擲すると、同じように剣を手裏剣のように使った。


 白と黒の剣が、空中でぶつかり合った。切っ先と切っ先がぶつかり合い、ビデオの逆再生のように俺たちの手元に戻って来る。


 俺は剣を受け取らずに上昇した。〈ケツァルコアトル〉も同じだ。

〈ククルカン〉と〈ケツァルコアトル〉は、空中を縦横無尽に駆け巡り、攻撃を繰り出し合った。パンチも蹴りも斬撃も、鏡合わせのように同じ場所を攻め、受け、弾かれ合った。


 インパクトマグナムを引き抜き、放つ。細いレーザー光線を、〈ケツァルコアトル〉は右半身を下げる事で回避した。それと同時に、左脚から取り出した光線銃で俺の胸を射撃した。


 インパクトマグナムはイアンが好んでいた武器だ。持ち込まれたばかりの〈ククルカン〉には装備されていなかったので、〈ククルカン〉と同じ武装で構成された〈ケツァルコアトル〉の裏を掻くには最適だと判断した。だが、実際には〈ケツァルコアトル〉も射撃武器を備えており、俺はレーザーにやられて落下した。


 俺は、魔導教団の拠点たるピラミッドのてっぺん……祭壇のように平らな場所に着地した。


『准将!』


 通信が入った。


 高機動タイプのコンバット・テクターが一二機編成で、高空に待機している。爆裂焼夷弾を発射する為のバズーカ砲を、一つにつき三体で運搬しているのだった。その周りを、別のコンバット・テクターが囲んで戦闘している。焼夷弾投下隊を守る為だ。


「ほぅ、あれで我々を一網打尽する心算だったのですね」


 俺の傍に、〈ケツァルコアトル〉が降りて来た。黒い翼を広げて降り立つ〈ケツァルコアトル〉は、白い〈ククルカン〉とは違って禍々しい空気を纏っていた。


 いや、〈ケツァルコアトル〉と〈ククルカン〉の違いはカラーリングだけだ。姿の禍々しさで言えば、同じ筈である。〈ククルカン〉は五年前は、敵の象徴だったのだから。


「そんな恐ろしいものは、放っては置けませんね……」


〈ケツァルコアトル〉が翼を広げた。……まさか。


「や、やめろ!」


 俺は〈ケツァルコアトル〉に飛び掛かろうとした。すると、祭壇の床が下からぶち抜かれて、巨大な鉄の掌が俺の身体を掴んだ。〈エージェント・オブ・ダークネス〉だ。


〈エージェント・オブ・ダークネス〉はピラミッドを崩壊させながら、その祭壇の内側から巨大な姿を現した。俺は大鋼人の左手の中に捕らえられ、〈ケツァルコアトル〉は右掌に載っていた。


 地響きを立てながら現れた巨人に、連盟の兵士たちはたじろいだ。上空で教団のアーマーと競り合っていた者たちも、動揺を隠せないでいる。


「しょ、焼夷弾を……」


〈エージェント・オブ・ダークネス〉は、俺を握り潰さない程度の力で、しかし決して逃がさないくらいの力で、俺を固定していた。瞬間的な衝撃には強いコンバット・テクターも、じわじわと圧力を掛けられると弱い。リアクティブ機能も発動されず、全身が絞め上げられて軋むだけだ。


「早く焼夷弾を投下して下さい……」

『し、しかし』

「早く! でないと……」

「もう遅い。インヘル」


〈ケツァルコアトル〉が言った。


 俺は喘ぐようにして、天を仰いだ。太陽はすっかり隠されており、黒い孔が薄暗い空に穿たれていた。


 俺の身体を掴んだ〈エージェント・オブ・ダークネス〉が、右掌の〈ケツァルコアトル〉に顔を向け、眼を光らせた。その光を、展開した翼に設置された太陽光パネルが吸収し、エネルギーに変換している。鳩のように分厚い胸の装甲が開かれると、ぐっと砲身が突き出された。


〈ケツァルコアトル〉の姿を目視しているのなら、その正体が何であるか分かっている筈だ。


「テスカトリポカよ……全てを焼き払え」


〈ケツァルコアトル〉が呟いた。


〈ククルカン〉のシュバランケに当たるエネルギー収束砲……テスカトリポカが発射された。


 莫大なエネルギーを孕んだ光の奔流が、上空で待機していた焼夷弾投下編隊を包み込む。そればかりか、彼らを牽制していた教団員にまで、強力な光線は襲い掛かったのだった。テクター内部は電子レンジのように煮立たせられ、彼らが運んでいた焼夷弾は炎を噴き上げて爆発してゆく。


 上空で爆発させられた焼夷弾は、支えるものを失くして、破裂しながら地上に降り注いだ。焼夷剤が落下の勢いを伴って雨粒のように密林に落下する。緑の森はあっと言う間に炎に包まれて、ねっとりとした消えない劫火が燃え上がった。


 テスカトリポカを受けて活動停止に陥ったコンバット・テクターは、敵味方関係なく火炎の森に墜落して行った。辛うじて息があった者でも、リアクティブ機能によって落下の衝撃は和らげられても、その後に炎に焼かれてガスに殺される。


 恐ろしい光景だった。


 全ての惑星が直列して生み出された、金のフレアを纏う黒い太陽。地上では紅蓮の炎が燃え上がり、矢のように降り注ぐ鉄屑たちの姿がある。


 地獄――俺の頭の中にはそんな言葉が浮かんでいた。闇と死を齎す炎が踊るさまは、まさに地獄と呼ぶに相応しかった。


「貴様ぁぁぁぁッ――!」


 俺の視界が真っ赤に染まる。リュウゼツランが発動したのだ。俺の脳の奥深くから昏々と湧き上がる強い怒りと憎しみが、白い蛇の鎧と同調した。俺は頭の中に直接アルコールをぶち込まれたような感覚になって、全身に力が満ち満ちるのを感じた。


 めりめりと、俺を掴んだ〈エージェント・オブ・ダークネス〉の指を引き剥がしてゆく。俺は身体をばっと開いて、大鋼人の指を破壊する事で脱出した。


「ふ――来なさい、転生者よ」


〈ケツァルコアトル〉は〈エージェント・オブ・ダークネス〉の掌から浮上し、俺に向かって掌を引いた。俺は〈ククルカン〉と共に、黒い蛇が招く闇の空へと舞い上がった。

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