転章 二つの太陽
Part1 予兆
アスランはそれに気付いた。
夜が明けてから数時間が経過すると、辺りは妙に蒼褪めた光に包まれていた。少しずつ天体が移動して直列になり、太陽を隠してしまおうとしているのだった。
アスランは地上で敵と交戦していた。六武衆に対する遊撃班を結成した殲滅旅団だったが、選抜されたメンバーの内の半数を動員しているのに、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉一人倒す事が出来ないでいる。
アムリタシステムによって、感覚を敏感にしながら内分泌系を操作して恐怖や苦痛を消し去り、しかも六本の腕を自在に操る〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は、言葉通り八面六臂――実際は三面六臂であるが――の大活躍だった。
そのアスランが、ふと周囲の明るさの変化に気付いたのである。
日蝕が起ころうとしていた。
「始まったか……」
グラトリはアスランよりも早く気付いたかもしれない。
〈ガギ・ギーガ〉はリムーヴァータで高機動タイプのコンバット・テクターを取り込み、自分の乗り物として利用していた。対空砲やミサイルを備え、切断力を有した翼を持つ小型の円盤だ。例え撃墜されても近くのコンバット・テクターを、敵味方なく吸収してしまえば、すぐに回復が可能だ。
時には、地上で物珍しい敵のコンバット・テクターを捕らえた自軍のゲリラ兵が、上空まで引っ張って来る事もある。そうすれば一瞬ではあるが人質にもなり、テクターを奪い取った後は投げ捨ててしまえば良い。助けに入る者があればそれを狙い打ちに出来る。
他の多くのコンバット・テクターにとって、戦場は自機を消耗させる場所だ。しかし〈ガギ・ギーガ〉にとっては、餌場であった。味方がいればすぐに補給も可能である。
上空に位置していたグラトリが、薄っすらとした闇が深くなっているのに気付き始めた。
「期待してるよ、導師……」
アマクサも同じように、その時が近付いているのを気付いていた。
アマクサが使用するコンバット・テクターは、〈INAZUMA〉だ。本人の体格に合わせたテクターは、一見すると〈ブロッケン〉のような重武装タイプにも見える。だが実際には、機動力を重視したタイプだ。
両肩、両腕、両脚、そして背中と正面に一つずつ、巨大なバッテリーを積んでおり、そこから生み出される膨大なエネルギーが高速戦闘を可能としている。発生させた電流の余剰分は、拳や足に装着したスタンガンの動力源ともなり、又、電撃として放出する事も可能だった。
それ以外の武器は、フラッシャーと呼ばれる薙刀である。刃の峰が鋸のように逆立っており、掌で回転させれば敵の武器を封じ、場合によっては破壊する事も出来た。石突は十字槍になっており、自由自在な用法が可能であった。
〈INAZUMA〉は密林の中を高速で駆け巡り、敵に気付かれないままにアーマーを両断していた。切り裂かれたコンバット・テクターはバッテリーを破壊されて爆発し、森は炎で包まれてしまっている。
その炎に囲まれながら、アマクサは空を見上げた。
「黒い太陽か……」
〈コトブキ〉の装甲に触れようとしたカインだったが、横手から飛び出して来た黒いコンバット・テクターの襲撃から逃れるべく、攻撃を中止して後方に跳んだ。
「ダイア一佐!」
〈ブロッケン〉はカインと〈コトブキ〉の間にハンマーを叩き込んだ。地面が大きく陥没し、泥が飛び散る。
ダイアはすぐさまカインの方に向き直ると、ガトリングキャノンを突き出した。
カインの対応は冷静で、砲身が回転し始める寸前、周囲に転がったコンバット・テクターを引き起こしてガトリングの斉射を受け止める盾に使った。
「貴様ッ……」
仲間の遺体を利用された事にダイアは憤慨した。だがすぐに、その怒りは驚愕に変化した。ガトリングキャノンによって破壊されたコンバット・テクターの内側から、さっきまで装着者であったものが血を噴き上げて破裂したのだ。
ガトリングキャノンがアーマーを破壊し、内部の装着者の肉体まで傷付ける事は容易に想定出来る。ましてや今は戦時下であり、ガトリングの威力をそのように調整していた。実弾を使用してもいる。
だが、まるで腹の中に爆弾を飲まされていたかのように破裂する事は、あり得ない。
「俺の部下に何をした……!?」
「貴方にも味わわせて上げましょう」
破裂したコンバット・テクターを放り投げて、カインが笑った。顔に飛び散った血を舌で舐め上げながら、〈コトブキ〉に接近したのと同じ運足で肉薄した。傍から見ていると〈ブロッケン〉が反応していないのが分からないくらいだったが、ダイアの視界の中では、突然カインが自分の間合いに踏み込んで来たように見えた。
例えるなら、二次元から三次元にものがいきなり現れたような感覚だった。
「うぉっ」
ダイアは咄嗟に左のパンチを繰り出していた。
カインの頭部を吹き飛ばすには、充分以上の威力があった。
カインはふっと身を沈めて、〈ブロッケン〉のパンチを回避すると、懐に入り込み、掌を押し当てた。
硬質な金属を、柔らかい人の手が軽く叩いた――衝撃さえも伝わっていないように見えた。
しかし、ダイアは「うっ」と呻いて、その場で硬直してしまった。
カインは手を引き、〈コトブキ〉に向き直った。
〈コトブキ〉のセンサーは全く反応しなかったが、アミカはムサシソードを構えて距離を取った。カインに間合いの中に入り込まれる事が極めて危険だと、自分自身で気付いたのだ。
「待せたね、妹よ。順番が変わったが、次は君の番だ……」
そう言って〈コトブキ〉に歩み寄ったカインの背後で、〈ブロッケン〉が動きを取り戻した。カインの両肩をがっちりと手で掴むと、左の膝蹴りを背骨に打ち込もうとする。〈ブロッケン〉の左膝にはドリルが内蔵されており、少しでも喰い込めば脊椎を粉砕する。
「もう決着は付いているんですよ……」
カインは言った。それは紛れもない事実であった。
〈ブロッケン〉の左膝のドリルが回転し始めた瞬間、〈ブロッケン〉のリアクティブ機能が発動し、ガスと共に黒い装甲が弾け飛んだ。そして同時に真っ赤な霧とねじれた内蔵が舞い上がったのである。カインの背後に倒れたダイアは、最早、生前の姿を全く想像出来ない程の悲惨な姿になっていた。単なる肉塊であった。
「ハッケー……」
アミカは息を呑んだ。カインは少しだけ意外というような顔をした。
「流石は我が妹。勉強熱心なんだな」
ハッケー……発勁の事だ。かつて中国で創始された武術の技で、身体操作によって単純な威力以上のダメージを相手に与えるものである。カインはその発勁の衝撃でコンバット・テクターを振動せしめ、内部の人間に攻撃を加えたのだ。
コンバット・テクターを打撃する事で、衝撃を内部に浸透させ、人体に含まれる水分に波紋を起こす。肉体の七〇パーセントを構成する水分は叩き込まれた衝撃を何倍にも膨れ上がらせ、臓器や脊髄に極めて大きな損傷を与えるのだ。
ダイアを初めとしたコンバット・テクターを装着した兵士らがアーマーの破壊と共に破裂したのは、カインが送り込んだ衝撃が逃げ場のないアーマー内部でさらに膨れ上がり、解放された瞬間に一気に弾け飛んでしまったからだ。
「痛みはないから、安心しなさい……」
血にまみれたカインが、微笑みを湛えて言った。
アミカは全身に緊張感を漲らせた。ハガクレが反応しない事がおかしいくらいの
と、そのカインが歩みを止めた。
顔を持ち上げ、空を眺める。
「おお、これが……」
アミカも目線を上げた。
薄暗い空に、黄金の円形をした裂け目が現れていた。
俺は〈ククルカン〉を、思いの他冷静に扱う事が出来ている。
リュウゼツラン発動の兆候は見られない。
〈ジャミング・フェノメノ〉自体、特殊能力を除いては生身のジュストの身体能力に依存する。つまりスペックで言えば、〈ククルカン〉の方が大きく上回っている。
だから冷静に対処すれば、〈ジャミング・フェノメノ〉と戦って勝つ事は、難しくはない筈だ――
そう思って対峙していた〈ジャミング・フェノメノ〉との間に、上空から落下して来るものがあった。
石畳を砕き、粉塵を舞い上げたのは、恐らくコンバット・テクターだ。しかし、幾らジャミングスウィンガーによって能力を制限されているからと言って、ジャミング機能を相殺する〈ククルカン〉が全く反応しないという事は、考えられなかった。
落下したそれは、粉塵を自ら払い、俺の前に姿を現した。
「黒い……〈ククルカン〉……!?」
頭部の形状、巨大な胸部装甲、鳥の爪を思わせる足の装備、背中の大きな翼――スキン・アーマーもメタル・プレートも黒いという事以外は、〈ククルカン〉と全く同じ姿をしているのだった。
「導師……」
ジュストが言った。導師という事は、魔導教団の首魁だろうか。
「惑星直列が始まりました。六武衆をここに集め、インヘルに〈エージェント・オブ・ダークネス〉を起動させなさない」
「〈ククルカン〉は?」
「私が……」
「――分かりました」
〈ジャミング・フェノメノ〉はキャンプに戻り、インヘルと合流した。
追おうとする俺の前に、黒い〈ククルカン〉が立ちはだかった。
「よくぞここまで辿り着きましたね、いつかの転生者よ」
黒い〈ククルカン〉はそう言った。
「貴方は……」
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