Part6 理想

〈コトブキ〉は戦場に赴くに当たり、ヴァージョンアップが行なわれている。


 和服を連想させるような装甲の上に、陣羽織に似た複合装甲が取り付けられていた。朱色の袴を思わせる脚の装甲も、搾り上げられたようになって動き易さがアップしている。脛の部分の装甲も厚みを増しており、蹴りの威力が上昇していた。


 武器は、一対のハットリソードに代わって、大太刀ガンリュウブレードを背負っている。陣羽織状の装甲の裏側には、サスケシュートという手裏剣が内蔵されていた。又、手首の位置から反りのある両刃剣が突き出し、チェーンと共に射出する事も可能だ。バイケンサイスである。両方の太腿には一対の棍棒が隠されており、合体させればホーゾーロッドという長柄のメイスに早変わりする。


 そしてOSも最新のものが組み込まれていた。元からブシドーというリュウゼツランやアムリタに似ているシステムが採用されていたのだが、ブシドーを更に先鋭化したハガクレというシステムに切り替わっていた。


 身に降り掛かる危険を瞬く間に察知して、豊富な武器で反撃する、スペックだけで言えば〈ククルカン〉にも劣らない進化を遂げていた。


 その〈コトブキ〉と、カインは生身のまま向かい合っていた。


 だがコンバット・テクターを身に着けていないとは言え、彼の傍には幾つものコンバット・テクターが転がっていた。獣人部隊にやられたように、テクターが破壊されたという事はないようだったが、彼らはカインの足元に倒れ伏し、微動だにしなかった。


 カインも敢えてとどめを刺すような事はしていない。恐らく……


「私に妹はいない筈だが」


 カインは腕を組んで、〈コトブキ〉に言った。


「貴方が家を……ゲンジの家を出てから、私は正式にあの家に入りましたから」

「……ああ、あの時の娘か」


 カインの父――GAF社の重役であったアドニス=ゲンジは、妻を失くしている。その妻との間に出来た子供がカインだ。妻がなくなって失意に暮れたアドニスは、アミカの母のミキコと出会った。昨今では珍しい黒髪の未亡人に惹かれたアドニスは、彼女を何度か家に招き、そして再婚した。


 アドニスとミキコがデートをしている所に、アミカも同席する事があった。その折に、思春期のカインと顔を合わせた事が一度か二度、あったのである。


 アドニスが再婚する直前、カインは家から姿を消した。GAF社の看板を背負う一人であったアドニスはカインを厳しく育てたが、彼は反発した。カインが出て行ってからアドニスは、同じ過ちを繰り返さないよう、アミカに対しては甘く振る舞い、カインの悪口を吹き込んだ。


「幾ら何でも、噂の莫迦な兄が、テロリストになっているとは思わなかっただろうな」

「はい、まさか……と思いました。でも、私は貴方の事を愚かだなんて思っていません」

「む……」

「貴方は確かにお父さまの思い通りには育たなかったかもしれないけれど、私は寧ろ、そんな父の考えを良くは思いませんでした。人にはその人に見合った、お兄さんにはお兄さんらしい生き方が、あったと思ったからです。人は、自分に相応しい生き方をしても良いんです!」


 アミカが思い出したのは、内気で恥ずかしがり屋で、周りと馴染めなかった昔の自分だ。そして自分と一緒に本を読んで楽しんでくれた、アキセ=イェツィノだ。例え誰かが用意した生き方ではなくとも、人は生きてゆく事が出来る。自分らしさを切り開き、理解してくれる友達と出会う事がきっと出来る。


 アキセの苦悩を知り、それでも受け入れ、きっと同じように振る舞ってくれるルカやイアンの事を思い、アミカはそう理解していた。


 だから、その生き方を捨てて、人を傷付ける側に回ったカインを、許せないという思いがあった。


「ならば何故、妹よ、君はそちらにいるんだ」

「え?」

「親父に生き方を押し付けたのはGAF社だ。GAF社はガイア連盟と密接した関係にある。君が使っているそのコンバット・テクター……上物だな、恐らくそのタイプが量産されれば、兵士たちに採用されるだろう。そうすればGAF社は連盟から予算を受け、更に強力なテクターを造る事になる。親父の生き方を決めたのはGAF社、その会社の方針を決めたのはガイア連盟だろう。いいや、親父だけじゃない、あらゆる人間が連盟に縛り付けられている。奴らの押し付けがましい空っぽな理想に、だ。人間を科学の檻に閉じ込められた家畜にしてしまい、人間としての尊厳を金という餌で奪い取った連盟を、俺は許せない」


 カインは表情を崩さなかったが、激しい怒りが感じられた。一人称も、“俺”に変わっている。


「君が説く自由な生き方の為に、連盟の存在は邪魔なんだ。それが分からないなら、君も、所詮は籠の鳥という訳だ」

「……そうかもしれません。でも、お兄さん、貴方は間違っています。自由を求める戦いは、暴力であってはいけないのではありませんか? こんな戦争なんて、誰も望んでいないという事が、分からないんですか!? 私は、〈ククルカン〉の戦いを見ました……人を傷付ける為に組み込まれたプログラム……あれを見て凄く嫌な気分になりました。お兄さん、貴方が父から押し付けられた生き方を嫌がって逃げ出したように、誰だって嫌なものとは向き合いたくないんです。戦争、暴力、殺し合い……そんなもので掴み取った自由を、誰が喜んで受け入れるのでしょうか!?」

「受け入れないよ……だから壊すんだ」


 カインは〈コトブキ〉を指差した。


「君が俺の前で、そのテクターを脱がないのがその証拠だ」

「――」

「君だって分かっているんだ、非暴力、無血開城をどれだけ叫んでも、俺の心には届かない。俺の言葉だって連盟には一つも届かない。君が今や敵であるこの俺を信用せず、テクターを装着し続けながら説得を行なっているように、俺がどれだけ言葉を尽くそうとも連盟のお偉方には響かないと分かっている。人と人とは、信頼し合える程、綺麗なものじゃないのさ」


 アミカは言葉を失った。


 自分は、テロリストに身を窶した兄を許せないと思った。しかし同時に、彼を憐れんでもいた。


 家から失踪した頃から、父にはずっと兄の悪口を言われ続けた。アミカはそれまで周りから拒絶されるタイプであったから、父の話よりも兄に対して同情する所が多かった。


 兄に対する怒りは、戦場に出る事を決意して一週間の後、彼を説得したいという気持ちに代わっていた。大幹部の六武衆である兄が心を入れ替えてくれれば、若しかしたら戦争の規模は縮小されるのではないかと。そして自分なら、説得出来る心算であった。


 だが実際にカインの前に立ってみると、その説得が届かないばかりか、初めからそんな気持ちはなかったのではないかと思ってしまった。本当に彼を説得したいのならば、暴力の愚かさや戦争の恐ろしさを告げたい旨を、この身を以て証明しなくてはならなかった。


 だのに、暴力や戦争の象徴であるコンバット・テクターを纏ったまま、アミカは言葉を紡いでしまった。無数の武器を内蔵した鎧姿で、素顔も見せないままでは、非暴力の語り部たる説得力は皆無に等しい。


「今更、テクターを解除は出来ないだろう。俺もその方がやり易い」


 カインはゆっくりと動き始めた。アミカには彼の歩みが、不気味な踊りのようにも見えた。敵意を殆ど感じさせないまま、カインは〈コトブキ〉の間合いに踏み込んだ。


 ハガクレは反応しなかった。例えほんの数ミリの針が飛んで来るのにも反応し、精密な動作でキャッチする能力が、全く働かなかった。


 カインはにこりと微笑み、言った。


「私も、可愛い妹の顔が弾け飛ぶ所なんて見たくない」


 カインは緩やかに鋭く、右手を放った。掌が〈コトブキ〉の白い腹部に触れる。アミカは、彼の傍に倒れていたコンバット・テクターを装着した兵士たちがどうなったのか、瞬時に理解した。


 柘榴のように自分の身体が弾け飛ぶイメージが、アミカの脳裏をよぎった。






「あれが、我らが王の名を戴く鎧か……」


 ワカフは魔導教団の拠点として提供したピラミッドの最上階から、〈ククルカン〉と〈ジャミング・フェノメノ〉の戦いを見ていた。


〈ククルカン〉は素早く動いて、〈ジャミング・フェノメノ〉の繰り出す鞭を巧みに回避している。だが接近しても、双剣による攻撃は警棒で防がれてしまう。テクターの性能は〈ククルカン〉が、装着者の実力ではジュストが、相手をそれぞれを上回り、結果として戦力が拮抗し、互いに決定打を撃ち出す事の出来ない、嫌な戦いになっていた。


「誠の王の、足元にも及ばぬ……」

「それはそうでしょう。あれは飽くまでも同じ名前を持つだけの模造品ですから」


 ワカフの隣に、グーリーがいた。黒いマントを巻き付け、スカーフを鼻の下まで引き上げている。


「我らが主らのように、徒党を組む事を重視せぬ一族で良かったな」

「は……」

「我らが王を貶めた主らを、非難する所であった」

「確かに――」


 グーリーは笑った。集団になり力を持つと、どうしても過激な発言をする者が増えて来る。同調する力は倍増し、重箱の隅を楊枝でほじくるような者も出始める。余程の侮辱をされた場合はそれも仕方がないが、そうでなければマイノリティを認めない連盟と同じ暴挙を犯す事になるだろう。


「しかし、ジュストも疲弊の色が見えていますね。仕方がない、私が、少し手を貸して上げましょう」


 グーリーはそう言うと、おもむろにマントを取り払った。上着もズボンもブーツも黒い軍服を身に着けていた。スカーフを外すと、顔の下半分に残った火傷の痕が痛々しい。


 グーリーは両手足首と腰に、ベルトを巻いていた。左腕のベルトにはコンヴァータがあり、装填されているのは二つの黒いカプセルだった。


「着甲……」


 グーリーは呟いた。

 その頭上で、黒い太陽が現れようとしていた。

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