Part5 開戦
空は何となく薄暗い。日蝕が近いのだった。
夜とも昼とも言えない、不思議な世界の中で、俺たちの作戦が開始された。
初めに空中から、銃器を持った高機動タイプのコンバット・テクター部隊が、空爆を開始した。するとその爆撃に炙り出されて、敵の対空部隊が密林から飛び上がって来た。
一方地上でも、重武装タイプや近接戦闘を得意とするコンバット・テクターが交戦を始めている。
物量で言えばこちらの数が勝っていたが、実力では魔導教団に所属するメンバーの方が高いと言える。その上彼らには、こちらが把握し切れていない不思議な戦力があった。
或る兵士の報告では、敵のコンバット・テクターを一つ破壊した仲間が、突然空中に吊り上げられて頸の骨を折られ、地面に落下したというものがあった。ステルス機能を持ったアーマーがいたのかと思ったがそうではない、何か巨大な生物が自分たちの周囲にいた気配があるだけで、その姿は確認出来なかった。
又、密林の奥深くまで踏み入った部隊が、何者かの襲撃を受けたという話もある。三人で行動していた彼らの内、一人が奇襲によって倒れ、逃げた敵を追い掛けた所、もう一人が落とし穴に落ちた後に生き埋めにされてしまった。残った一人は敵を更に追跡したが、その姿は消えてしまった。
コンバット・テクター以外の敵がいる。
恐らく、現地の魔術師の類であろうとは推測も出来た。
だが、どのような手立てを用いて、連盟軍を翻弄しているのかは分からない。落とし穴や、植物の蔓を使用したブービートラップ、植物から採れる油などを使って兵士を火炙りにしたり、或いは力任せにアーマーを破壊したりと、手段は多岐に及んだものの全てがアナログで行なわれていた。
しかし、科学の粋を尽くしたコンバット・テクターを相手取り、優位に立てるくらいのアナログ戦法などが敢行された事を、隊員たちはにわかに信じられないようであった。
だが、俺は――
『……アキセ准将』
俺が装着したヘッドセットから、声が聞こえた。キャンプで全体の様子を見ている、第二部隊のミサキ=バーンロウ二佐だった。ミサキ二佐は参謀に当たり、前線には出ずに作戦本部を指揮している。
『一人で森の中を進むのは、些か危険かと思われます』
そう、俺は今、誰をも伴わずに、戦火を避けるようにして、密林の中を進んでいた。
〈ククルカン〉を装着してもいない。流石に白い軍服は目立つので、迷彩柄のジャケットとパンツ、防弾チョッキに、ヘルメットなどを用意して貰った。
『前線に出るべきではありません……』
「分かっています。でも、俺が前線になくちゃ、士気は上がらないでしょう」
〈ククルカン〉という名前だけで士気が保てる程、兵士たちは信心深くはない。だから彼らの士気を上げるのに〈ククルカン〉を使うとすれば、それは先陣を切って飛び、敵兵を瞬く間に墜として、かつて自分たちがやられたように一騎当千の活躍をしてみせる事が必要だ。
だが俺が一人で森の中を分け入っているのは、そうした理由ではない。
――知っている……。
俺は、この森の中を密かに進みながら、それを確信していた。
俺はこの森を知っている。いや、森の事は知らなくても、森の中で生きる術を俺は知っていた。
迷彩服の上に、木の葉や枝で擬態して、顔に泥を塗って自分を隠す。そうして木々の間をすり抜けて、時折遭遇する毒を持った生物を御し、平らではない地面を歩く事が、出来ていた。
それは、日常的にここで生活している人たちには及ばないだろう。だが、俺にはその記憶があるのだった。記憶は大きく分けると、知識と思い出からなる。知識というのは技術だ。思い出というのは何らかのエピソードに関連付けられた記憶だ。心で憶えたエピソードは忘れても、身体で覚えた技術は消えない。
俺が頼りにしている記憶は、その身体で記憶したものだ。
当然、俺にそんな記憶はない。だからこれは、前世の記憶だ。俺はこうした森の中で生活していた。俺の魂に残ったテクニックが、身体にフィードバックしているのだ。
森の中で空気が蠢動している。俺は風の動きや音の流れから、危険な場所とそうでない場所を判断した。危険な場所というのは、戦闘が行なわれている場所の事だ。そうでない場所というのは、魔導教団が危険に晒したくない場所……彼らが連盟に知られたくない場所へ続くルートだ。
『しかし、何処へ向かってるんです、准将』
ミサキ二佐が訊いた。
『戦闘区域から……どん、離れ…い……すが……』
通信にノイズが混じり始めた。
俺は構わず進んだ。森を掻き分けてゆくと、いきなり、視界が開けた。
そこは森の中に作られたほんの僅かな空白。密林の湿った土の上に、乾いた石畳が敷かれており、それを辿ってゆくと背の高い木々の中に紛れるようにして立つ、巨大な石造りの祭壇があった。
ピラミッドというと、大きな三角形の姿を思い浮かべるかもしれない。しかしユカタン半島に存在するピラミッドは、外側が階段状に削られていて、各部に動物の頭部を模したような飾りがあるものが多い。
マヤのピラミッドと呼ばれる、マヤ文明の信仰の中心となったものに、俺が出会ったピラミッドは似ていた。階段の左右を、巨大な石の蛇が挟むようにして下りているのだ。
そのピラミッドの前に、テントが張られていた。
テントの中にいた人物と、眼が合った。
「貴様……何故ここに!?」
立ち上がったのはジュストだった。その横には、ゴスロリ衣装を脱ぎ、タンクトップにハーフパンツという姿のインヘルもいた。
俺は電波の悪くなったヘッドセットで、どうにかこの場所――魔導教団の拠点について連絡しようとしたが、それより早くジュストが動いていた。
ジュストは例の鞭を取り出し、俺の頭部を狙った。俺は木の陰に隠れたが、鞭は何と樹の幹を切断して、俺の頭部に迫った。
俺はヘルメットを投げ出して、石畳の上に身を投げた。ジュストの鞭が唸り、ヘルメットを破壊した。
受け身を取った俺はそのまま立ち上がり、ジュストに向けて駆け出した。ジュストが鞭を引き戻そうとする。
「着甲!」
「ええい……着甲!」
俺は右腕に装填したコンヴァータから、白と銀の粒子を噴射させた。ジュストもコンヴァータである鞭から、黒い金属粒子を身体に蒸着させた。
接近し、翼から剣を引き抜いた〈ククルカン〉に、ジュストは〈ジャミング・フェノメノ〉のジャミングケインで対峙した。
双剣を繰り出す俺を、ジュストは一本の警棒だけで見事に捌き切った。
「どうしてここが分かった?」
〈ジャミング・フェノメノ〉は、以前よりも少し姿が変わっているようだった。前よりも装甲が分厚くなっている。だがその特異な能力からすると、装甲の厚さで防御力をアップさせた代わりに、速度が遅くなっているであろうことは明らかだった。
「投降して下さい」
俺は言った。
意外な程に、俺の心は落ち着いていた。リュウゼツラン発動の兆候さえ見えないくらいだ。
「投降?」
「こんな戦いに意味はありません! 余計な犠牲を出すだけです」
「ふん……お前たちはいつもそうだな。世の中には命よりも大切なものがある。そんな事も分からずに表面的な問題を解決する事ばかりに躍起になって、解決の難しい根本には蓋をする。面倒なものや理解の出来ないものには我関せずの姿勢を採りながらも押し潰す事で解消した気になっているだけの連盟の手先は、いつだって空虚な言葉しか用意しない」
ジュストは吐き捨てるように言った。
「命を捨てるのが、貴方たちの信仰ですか!?」
「無論、違う。……が、命を賭さねば成らないものもある。ガイア連盟だって同じだ。多くの犠牲を出して我々を潰そうとしている。奴らは無神論こそが差別を失くすという信仰に憑りつかれているだけだ。信仰とは理性的であってはならない、本能的なものだ。生きる為に懸命になる……命を懸ける事を忘れさせる言葉など、生物としての我々が耳を傾ける必要もない事だ」
「――」
「お前にはないのか、信じるものが。信じるもののない人間はな、生きてちゃいけないんだよ!」
ジュストは吼えると、ジャミングスウィンガーを大きく振るった。ウィップモードの黒い風が、俺を狙って奔る。石畳を簡単に砕いてしまう破壊力だった。
ジャングルのあらゆる場所で、戦いが始まっていた。
空中では、敵の攻撃の前に敗れたコンバット・テクターが爆発し、地上に落下してゆく。
地上では、獣人部隊に翻弄されて斃れる兵士と、どうにか彼らに反撃するテクターがいた。
川の中に飛び込み、不得手な水中戦を挑まれたコンバット・テクターは、敵の策略に載せられ溺死した。又は、強力無比な爪や牙を持った獣人に、装甲を喰い破られた者もある。
日蝕の時は近い。薄暗い空で、幾つもの爆炎が弾けていた。木々に吹き飛んだテクターがぶち当たり、爆発して火を起こす。
〈コトブキ〉を装着したアミカは、混戦の中で部隊とはぐれてしまった。しかしその場合は、別の部隊と合流して協力する事になっている。だがアミカが合流しようとした部隊は、既に全滅させられていた。
大きな泉の傍に、一人の男が立っている。セノーテから湧き上がる泉だ。
「……兄さん……」
アミカは声を掛けた。
「私の事を知っているのか?」
カインは言った。
〈コトブキ〉は大小のムサシソードを抜いて、切っ先をカインに突き付けた。
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