Part4 就任
月明かりが照らす瓦礫の街を、俺たちは暫く歩いた。俺は時折空を見上げたが、こんなに大きくて明るい月を見るのは、初めてであるような気がした。
月の表面は薄っすらと赤く染まり、夜道を照らしてはくれるものの、不気味ささえ感じさせる。
「君たちも知っているかもしれないが、明日の昼、惑星直列が起こる可能性が高い」
ダイア一佐が言った。
「惑星直列?」
「太陽系の惑星が全て、一つのラインで並ぶという事さ。昼頃には日蝕が起こるって話だ」
「日蝕かぁ……」
アミカちゃんが呟いた。
「写真でしか見た事がないけど、美しい光景ですね」
「ああ……」
俺は実際にその光景を見た事はない。アミカちゃんと同じように写真では何となく眼にした事もあるが、俺が生まれてから今日まで、大きな日蝕が起こった事はないようだった。
しかし、俺の記憶を辿ってみると、俺がアキセとして生まれる前に、その光景を見ているようだった。
昼間だと言うのに、辺り一面が暗くなった。太陽が消滅してしまったかのような不安に、周りの者たち誰もが浮足立つ。やがて、その闇を裂くようにして黄金の光が溢れ始めた。空に空いた黒い孔、その隙間から漏れ出す王冠の如き輝き……
俺たちは破壊され尽くした駅に入り、リニア鉄道が走っていた線路を歩き始める。線路と言っても見た目は道路と変わらない。設定されたルートに沿って電気的な作用で目的地まで滑る、快適な旅だ。
その線路を歩いてゆくと、光景が町から森へと変わってゆく。やがて大きな川に差し掛かった所で、線路が途切れていた。その先は切り立った崖になっており、こちらとあちらを、明確に区切っているようだった。線路の先にはトンネルがあったものと見られるが、崩落して、道を阻んでいる。
「ここだ」
ダイア一佐はアンカーガンを取り出した。銃口にロープの付いた鉤がセットされており、それを何処かに引っ掛けて移動する。ダイア一佐はアンカーを線路のふちに引っ掛けて、俺とアミカちゃん、二人を抱えて降下し始めた。
銃口からロープが伸び、俺たちは川の流れの真ん中に落下していた橋の破片の上に降り立った。
すると、岸の方から近付いて来るものがあった。見れば、黒っぽいカバーを掛けた小舟である。小舟に乗っていた二人は、カバーを取り払って立ち上がると、ダイア一佐に向けて敬礼をした。
「魔導教団殲滅旅団第三四隊、ロバート=アンドグラ三等陸佐であります」
「同じく、シーザー=ダーテング三等陸佐であります」
「ダイア=ギルバートだ。そしてこちら……」
ダイア一佐は俺の方に眼をやった。俺は三人に倣って敬礼をした。
「アキセ=イェツィノ臨時准将です」
「アミカ=ゲンジ三等陸曹であります」
アミカちゃんも、同じようにやった。
ロバート三佐は、
「お話は聞いています。こちらへどうぞ」
「我々のキャンプにご案内します」
シーザー三佐に促されて、俺たちは小舟に乗った。
ロバート三佐もシーザー三佐も、ダイア一佐に劣らないくらいの見事な体格の持ち主だった。しかし船の中で身体を折り畳んでしまうと、ちょっとだけ大振りな荷物にしか見えないようになる。
「准将もご協力下さい」
「あ……はい」
俺とアミカちゃん、そしてダイア一佐も彼らを真似て身体を縮めた。するとロバート三佐がカバーを掛け直して、シーザー三佐が船を漕ぎ始めた。エンジンではなく、目立たない大きさの櫂を使用していた。
「アナログも悪いもんじゃないだろう」
ダイア一佐が囁いた。
「はぁ……」
という煮え切らない返事は、悪いものではないと言える程、堪能しているとも思えないからだった。そして恐らく、前世でも俺はこのようなものを使っていたという記憶があるからだった。前世の記憶と俺の人生を照らし合わせてみるに、アナログな過去よりも今の技術の方がずっと便利という事が分かった。
普通に船を使えば、二分くらいで着く所、一〇分以上を掛けて船は停止した。ロバート三佐とシーザー三佐がカバーの間から周囲を窺い、カバーを取り外した。
「一佐、准将、こちらへ」
「陸曹、君は部隊と合流しなさい。もう異動命令は受けているだろう」
「は、はい」
俺とダイア一佐はロバート三佐に案内され、アミカちゃんはシーザー三佐に言われて移動を始めた。
そこで気付いたのだが、さっきまで人の気配もなかったように思えた川岸には、いつの間にか大勢の人間の姿が立ち上がっていた。俺たちが小舟で移動して来たのと同じように、カバーを被って姿を隠していたのだ。
彼らはカバーの下から出て、気を付けの姿勢で整列していた。あっと言う間に立ち並んだ人の群れに委縮していると、ダイア一佐が小声で言った。
「ビビるな、これから全員が君の部下になる……」
「俺の……部下……」
「三四五一名です」
ロバート三佐が言った。
「減ったな……」
「はい」
「初めは四〇〇〇人だった筈だ」
「はい」
ダイア一佐もロバート三佐も淡々としていたが、それはつまり、この戦争で五〇〇名以上が命を落としているという事だった。いや、これはこのユカタン半島での戦闘の犠牲者に過ぎない。各地での犠牲者の数を合わせれば、もっと多くの命が失われている。
“俺たちは破壊の上にしか生きられないんだ”
ダイア一佐の言葉が圧し掛かる。何かを犠牲にする事なしに、何かを成し遂げる事は出来ないのだろうか。その世界を否定する為に、どれだけの命や文化を犠牲にしなくてはならないのだろうか。
逆に考えれば、命を奪われるという行為は、何かの礎になる為でなければならないという事でもある。
だとすれば俺は――
何を得る為でもなく、ただ死を撒き散らした俺の魂が犯した罪は、余りにも重い。
例え何度生まれ変わっても、俺の罪は消える事はないだろうと思われた。
ロバート三佐が、歩みを止めた。三五四一人が整列している様子を、丁度両翼等しい人数、見る事の出来るポジションだった。
ロバート三佐が引っ込むと、ダイア一佐が一歩前に出て、語り始めた。
「魔導教団殲滅旅団第一部隊長、ダイア=ギルバート一佐だ」
ダイア一佐の声は大きくはなかった。端の方にいる人には、川の傍という事もあって水の流れの所為で、聞こえていないかもしれない。敵陣にいるようなものだから、仕方ない事ではある。
「魔導教団の宣戦布告より二週間が経過している。その間、諸君や他の部隊の者たちの活躍により、テロリスト集団をこのユカタン半島内に追いやる事に成功した。今日の正午、我々は最後の作戦を開始する。この日を以て、邪悪なテロ集団の殲滅を完了するのだ」
空気が軋んだような気がした。誰も身じろぎ一つしなかった。声さえも上げていない。だけれど彼らの中で、何か強い気持ちが膨らんでゆくのが、ひしひしと感じられた。
「最後の作戦に際し、臨時の旅団長の任命式を行なう。事前に通告はなされているから当然知っているものと思われるが、改めて紹介しよう。アキセ=イェツィノ臨時准将である」
ダイア一佐に促されて一歩前に出る。と、さっきまで微動だにしなかった軍人たちが、一斉に右手を額の上まで持ち上げた。一糸乱れぬ揃った動きだった。
「あ――アキセ=イェツィノです。この度、超法規的措置によって、魔導教団殲滅旅団長となるべく、臨時的に准将相当の地位を賜りました。よろしくお願いします」
「略式ではあるが、ここで任命式を行なった。以降、諸君らはイェツィノ准将の指揮の下で戦闘に参加して貰う事になる。これより二分後に各部隊長によるブリーフィングを行なう。各人、部隊長の指示があるまで待機せよ。充分に体力を回復させ、作戦に備えてくれ」
ダイア一佐の指示によって、三五ある部隊の隊長と副隊長たちが前に進み出て、その他の隊員はそれぞれ休息ポイントや哨戒の任に戻った。俺の前に現れた七〇名は年齢の幅こそあったが、何れも場馴れしているという雰囲気だった。中には女性や、俺よりも二、三ばかり年上と見える者もいたが、彼らに至ってもその表情に甘さはなかった。
「各部隊長には分かっていると思うが、イェツィノ准将は飽くまでも臨時……我々の戦意高揚の為にいて貰うだけだ。実際には俺が指揮を執る」
「了解」
俺とダイア一佐を囲むようにして、三五名の隊長たちが会議を始めた。各部隊の副隊長たちは、自分たちのリーダーの周囲を警戒するように、外を向いていた。
作戦内容としては至ってシンプルで、拠点と思しき場所に魔導教団のメンバーを追い詰めて、高機動タイプのコンバット・テクターで爆裂焼夷弾を投下、又、遠距離からの狙撃が可能なアーマーの持ち主には、俺が渡された焼夷徹甲弾を使用して貰う。
敵拠点を主に防衛しているのは、あの巨大なコンバット・テクター〈エージェント・オブ・ダークネス〉だ。あの闇の巨人がいる場所が、彼らの本拠地という事になる。
それ以外にも警戒が必要なのは、〈エージェント・オブ・ダークネス〉を使用するインヘルを含めた六武衆だ。即ち、
アスラン=アージュラ、
BBグラトリ、
アマクサ=ゲンイチロウ、
ジュスト・ザ・ビーストテイマー、
インヘル=シヴァジット、
カイン=ゲンジ、
この六名である。
彼らは教団の中でも特別に能力が高く、まともにやり合っては決して勝つ事が出来ない。チャンスがあるとすれば、それは爆裂焼夷弾で一網打尽にする事だ。
俺は一度、アスランと互角の戦いをして、ジュストのアーマーを破壊しているが、あれは幸運以外の何ものでもない。彼らの目的が、あの時は〈ククルカン〉を奪い返す事だったからだ。しかし、完全に敵となった〈ククルカン〉に、彼らが容赦するとは思えない。
六武衆を〈ククルカン〉や〈ブロッケン〉を含む一二名で結成した遊撃隊で押さえ、他の部隊がテロリストたちを追い込んで離脱する。その離脱するルートについて、特に細かく話し合った。
「質問があります」
会議のおおよそが終了した所で、第三二隊の隊長が訊いた。
「自分は五年前、〈ククルカン〉と遭遇した事があります。その際〈ククルカン〉は、強力なエネルギー収束砲を使用しておりました。今回の作戦では、使用しないのでありますか」
「使わない」
ダイア一佐が言った。そして、俺に視線を投げる。
「エネルギー収束砲……シュバランケは、使用までに時間が掛かります。それに今日は日蝕が起こる可能性があるので、太陽エネルギーをチャージするのに手間取る可能性があります。そして恐らく〈エージェント・オブ・ダークネス〉にはシュバランケを防ぐ手立てがあります」
シュバランケに相当するエネルギー収束砲自体は、実は珍しいものではない。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉のプラズマハリケーン、〈エージェント・オブ・ダークネス〉のレーザー、そして〈グランド・バスター〉のサラマンドラにも、同じ機能がある。
〈ククルカン〉はプラズマハリケーンを防ぐ事が出来た。同じ機構を用いているのなら〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉にも同じ事が出来るだろうし、〈ククルカン〉を知り尽くしている魔導教団の防衛の要である〈エージェント・オブ・ダークネス〉が同様の力を持っていない訳がない。
「なので、今回の使用は控える事にします」
「了解であります」
第三二隊長が、敬礼と共に言った。
「他に質問はないな。では、これより遊撃班の選出に入る。誰か立候補する者はあるか。又、推薦したい者があればその隊員の了承を得た後、集合せよ」
会議はこのように、ダイア一佐が仕切った。俺はまさに、お飾りの旅団長という事だ。それで良いのだ。俺は人を率いる器ではない。俺はただ、俺の魂の贖罪の為に、前線に出て戦う事しか出来ないのだから。
「月……」
一旦、隊長たちが解散して、これぞと思う隊員の下へ向かった。又、隊長自らが遊撃班に志願する場合は、副隊長や隊員にその旨を伝えなければならない。
俺は会議の合間に、ふと空を見上げた。
薄い血の色をした月が、天空の眼のように孔を開けていた
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