Part2 獣師

「状況は?」


 開戦から約二週間が経過している。導師グーリーと六武衆はユカタン半島の密林の奥深くに発見したピラミッドの傍に集まり、作戦会議を行なっていた。


 訊いたのは、カインだ。

 グーリーは滅多に表に出ない。実際の命令はカインが出す。


 会議に参加しているのは、グーリーと六武衆、そして現地で徴用した兵士たちを纏めるワカフという男だ。ワカフは肌の色こそ浅黒いが、顔立ちはモンゴロイドのそれと似ていた。


「芳しくないな。各国では多くの部隊が既に制圧され、逃走を図った者たちも捕虜にされ、半島まで情報を持って辿り着けたのは極僅か」


 ジュストが答える。


「ワカフ師の獣人部隊が、密林への侵攻は抑えてくれています。しかし時間の問題でしょう。メキシコシティは我々の戦闘でほぼ壊滅、互いに消耗し合っても、援軍が来るのは向こうの方。港も占拠されてしまったと見て良いと思います」


 グラトリが言った。グラトリはワカフたちの部隊と共に、特にゲリラ的な戦法を採っていたが、次第に追い込まれ、メキシコシティに重武装のコンバット・テクターが集結した事で撤退した。兵士の練度と士気で言えば魔導教団の方が高いように思われるが、数と火力ではどうしても劣ってしまう。


「こちらへ続く鉄道を破壊し、トンネルを塞ぎましたたが、余り意味があった事とも思えません」

「それにしても俺たちでさえこうなのに、ワカフの旦那の部下には驚かされるぜ」


 アマクサがワカフを眺めた。ワカフは古ぼけた貫頭衣を身に着けている。元は白い色だったように見えるが、密林生活の中で土や植物の汁で汚れ、迷彩服のようになっていた。その下には、連盟の兵士から奪った軍服と軍靴を着て、旧式のライフルを抱えている。


「獣人部隊……大昔の戦争では、ナチスとかいう連中がそういうものを用意していたようだが、あんたの所のは本物の獣人だからな」


 アスランも感心しているようだった。


 彼が言ったナチスの部隊というのは、人狼部隊と呼ばれたゲリラ兵士たちの事だ。しかし彼らは、その特性から人狼ヴェアヴォルフと呼ばれたのみである。一方、ワカフの下の獣人部隊は、まさしく獣の力を宿した者たちの集団であった。


「人は誰でも心に獣を飼っている……」


 ワカフは静かに言った。


「心は身体に現れる。ならば、身体を獣とする事が出来るのも当然の事じゃ」

「素晴らしい……」


 ジュストが呟く。


 ワカフたちは、マヤ族の生き残りであるらしい。マヤ文明を築いた一族の末裔である。マヤ文明は高度な文明を発展させたが、或る一時を境に衰退し、勢力が弱り切った所を白人の侵略によって滅亡させられてしまった。ワカフは、その侵略の嵐を逃れ、ひっそりと、しかし脈々と、自分たちの特殊な血を継承して来た。


 ワカフの話では、彼の祖先はククルカンだという。ククルカンとはマヤの創世神話に於ける、世界創造に携わった神の一人だ。神話を現実的に解釈した場合、神と呼ばれる者は統治者、即ち偉大なる王の事を差す事が多い。だが、ワカフの言うククルカンとは、単にそうした名前の王というだけでは終わらなかった。


 ククルカンは、“翼ある蛇”という意味だ。それは、その姿を形容したものである。


 ワカフが言うには、ククルカン王は人間の姿から、“翼ある蛇”の姿に変身したという事だ。そしてワカフの一族には、そうした変身能力が備わっていた。


 グーリーの命令でユカタン半島に集結した六武衆たちは、初めは信じられない様子であった。だがワカフは、実際に自分自身の姿を別なものに変形させてみせた。毛深く逞しい腕、発達した顎、尻から伸びる尾、鋭い爪と牙、遠くまで見える眼と聞こえる耳に、多くの匂いを識別する鼻……人としての自在性を残しながら、野生動物のパワーやスピード、感覚を手にする様子を示したのだ。同じ能力が、ワカフを長と認める者たちにも備わっていた。


 その姿を見て、自然と獣人部隊と名付けたのだった。


 しかしワカフによると、その能力故に自分たちは崇められたが、同時に忌避されていたともいう。文明を築くに当たり、その特異な能力は役に立ったが、生活が整って来ると彼らの力は気味悪がられ、追放を余儀なくされた。マヤ文明を興したのも、生まれ付いた者たちの中で王として認められたからではなく、別の土地から渡り歩いて来たその時に、力を見せて神と思わせてしまったからだ。


「出る杭は打たれると言います」


 カインはワカフの話を聴いていた時、そう言った。


「師よ、ではマヤの地を訪れる以前、貴方は何処からいらしたのですか」

「その地では、ケツァルコアトルと呼ばれていた」

「アステカ……」


 そう言ったカインばかりではなく、六武衆全員が、その意味を分かっていた。


 北米に存在した太陽信仰の文明、アステカ王国。その地に於ける創世の神の一人がケツァルコアトルであり、その名前も“羽毛の蛇”という意味があった。ケツァルコアトルとククルカンは、その神話やネーミングの類似性から同一の神とされる事が多かったが、ワカフによればまさにその通りであるという。


「我々は流浪の民ダヴェヌラだ」


 ワカフは言った。マヤの言葉ではなく、獣人の血を引く彼らの言葉だ。


 世界各地に残る獣人伝説や半獣半神の物語には、自分たちの血族が関わっている可能性が高い。ワカフの祖先たちは複数のグループに分かれて世界各地に散らばった。その先々で現地の人々の記憶に残り、崇められ、恐れられ、そして追放され、次の旅に向かった。アステカもマヤも、その通過点に過ぎない。


 一族の内に血は薄れ、今では殆どの血が絶えてしまっている事だろう。残っていても、ワカフたち程の変身能力を維持している一族はいないと言って良いかもしれない。ガイア連盟によって信教の自由が奪われ、能力を覚醒させる儀式を行なう事が出来なくなっている現在は、特にそうだ。


「我々は争いを好まない。しかしお前たちに協力する。その理由は、お前たちの敵は我々の平穏を脅かすからだ。差別なき世界は我々も望む所だが、その為に我々の伝統や血筋を奪われる事は我慢がならないのだ」


 流浪の民ダヴェヌラと呼ばれるワカフの祖先は、マヤの地で文明を築いた後、現地のマヤ人によって追放されたが一部のメンバーは密林に残り、自分たちの力を隠して生きて来た。白人の侵略にも立ち会い、生き延びて、とうとう伸ばされた戦争の魔手や大災害からも命を繋ぎ、ここまで来たのである。


 今回の魔導教団の蜂起によって、あらゆる宗教や儀式などに関する規制は厳しくなるであろう。そうなった時、反社会性を持たない筈のワカフたちの行動にまで、何らかの制限が掛けられるかもしれない。それによって血が絶える可能性があるとすれば、戦う為に立ち上がらなければならなかった。


 話は、教団の会議に戻る。


「導師、何かお考えは?」


 カインが訊いた。


 グーリーが考えるような仕草をしていると、会議中の八人の元へやって来る人物があった。


「アムナ、どうした」


 アムナはワカフの一族の一人だ。ワカフも若いが、彼はそれに輪を掛けて若い。まだ少年のようだったが、変身能力はずば抜けていた。密林に紛れて進軍し、乗り込んで来たコンバット・テクターを幾つも戦闘停止に追い込んでいる。


「お告げがありました」

「む――」


 お告げというのは、ワカフの一族の祈祷師カンが神から与えられる啓示の事だ。ワカフは一族のリーダーだが、彼の行動は祈祷師カンの指示によって決定される。二人の関係はほぼ同等だが、意見が衝突した場合は祈祷師カンの言葉が優先される。


 祈祷師カンは彼らの一族のピラミッドの奥に潜み、儀式を行なっている。狭い部屋の中で火を焚き、植物をすり潰して調合した薬を飲み、トランス状態になって聖句を唱えて踊る。それによって神と交信出来るとされていた。


「何と?」

「“白い蛇あり。闇の翼あり。

 真昼の空、天魔の軍勢、太陽と月の下で乱交す。

 水鏡は逆立ち、鴉の眼は赤く、虚空の盾を破る矛。

 転ぜよ、転ぜよ、蝕の光の下で生まれし者よ、汝れは太陽の子なり。

 汝れは月の王子なり”……と」

「ワカフ師……それは」


 ジュストが訊いた。


「我々の勝利の予言と、受け取ってもよろしいのか?」


 白い蛇とは、〈ククルカン〉の事だろう。その翼が闇と形容されたのは、コンバット・テクター〈ククルカン〉がガイア連盟の傘下に入った事を示しているように思う。


 真昼の空とは時間の事で、天魔の軍勢は魔導教団とガイア連盟の攻撃軍。丁度昼頃に、決戦が始まるという暗喩と判断しても良いのではないだろうか。


 そこからは解読が難しい。しかし“鴉の眼は赤く”というのは、アルビノの鴉……白い鴉の事を意味しているのではないだろうか。本来は黒い鴉が白い鳥に変わるとは、一度は敵に渡った〈ククルカン〉が再び味方に就くという意味だろうか。


“虚空の盾”とは、見えない障壁。それを破る矛がある、即ち、自分たちにとっての障害を打ち壊し、勝利へと導く何かが現れるといった予言になるかもしれない。


 後半の句は難解だが、その予言が正確だとすれば、魔導教団に希望はあるという事だ。


「導師、如何に?」


 ジュストがグーリーの方を見た。


「団員全てに、正午までに戦闘準備をさせなさい。六武衆も着甲し、前線に出て指揮をお願いします。ワカフ師、貴方の部隊にも活躍して頂きます」

「分かった」

「では皆さん、連盟は恐らく、今日、この場で総力戦を仕掛けて来るでしょう。これを最後の戦いにしましょう」


 グーリーは言った。

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