Part5 責任
気持ちの良い沈黙ではなかった。
ダイア一佐は一通り話を終えた。俺に、軍属しろという話だった。
別に、ダイア一佐も、彼にその命令を出した連盟の上層部も、アキセ=イェツィノが欲しい訳ではない。〈ククルカン〉という、かつての敵が味方に付いていればそれで良いのだ。だから、俺が〈ククルカン〉を手放しさえすれば話は済む。
そういう訳でもない。リュウゼツランシステムは装着者の闘争心を引き出し、人間性を消滅させる。戦場という戦う気持ち以外の多くを切り捨てるべき場所では、尤も力を発揮するだろう。しかし、敵味方の区別なく戦いを挑む可能性があった。仮に敵兵を殲滅しても、味方にまで牙を剥くようでは兵器ではない。
俺が眠っている間に、何人かの軍人が〈ククルカン〉を試してみたという。しかし問題だったのは、リュウゼツランを扱える人間がいないという事ではなく、〈ククルカン〉自体が、俺以外の人間を拒むプロテクトを自らに課してしまっているという者だった。
イアンは俺の為に〈ククルカン〉を設定し直したが、そのイアンでさえ、プロテクトを解除する事は出来なかった。多くのコンバット・テクターのコンピュータには学習機能が初めからインストールされているが、〈ククルカン〉はそれによって、俺以外の人間を拒むテクターになってしまっているのだ。
完全にフォーマットしてしまう事も不可能ではないと思うが、そうなるとイアンのお父さんが受け取った時点に存在し、アクセスが制限されていたものも含め、これまでの戦闘データまで失ってしまい、戦闘力低下の可能性は否めない。
だから、現状、尤も〈ククルカン〉との親和性が高い俺が、必要なのだった。
「……私も、行く心算です」
アミカちゃんが言った。
「あの人……カインと呼ばれていたのは、私の兄でした。と言っても義理のですけれど……」
つまり、GAF社の重役であるアミカちゃんのお父さんの、前の妻との間の子供という事だ。直接顔を合わせたのは一度か二度しかないらしいが、義父が“駄目息子”の話を写真や映像と共にとっくりと聴かせてくれたので、憶えていたらしい。
「身内の恥は、身内が雪がねばなりませんから……」
一介の学生であるアミカちゃんにとって、それはとても厳しい決断だったのだろう。
俺は、ルカちゃんやイアンを眺めた。
「私も行く……って言えれば格好良いんだけどさ、今回はパス」
「俺はご覧の通り。足手纏いにしかならないんでね」
「私も……」
イツヴァちゃんを含めた三人は、参戦しない事を表明した。それが当然だ。何ならば、アミカちゃんだって戦場に赴く必要はないのだ。
「行くよ、僕……」
俺は言った。
「その決断をする前に、言って置きたい事がある、アキセ」
ダイア一佐は、この時初めて、俺を呼び捨てにした。……今の俺に、その名前が相応しいかは兎も角。
「軍人に命令されたから、友達が行くと言ったから――そんな気持ちで頷かないでくれ。頷いてしまった場合、君はこれから戦場に出る。そこではあらゆる責任を、連盟に押し付ける事が出来る。仮に誤って味方を抹殺してしまった場合でもね。だからこそ、初めに踏み出すその一歩を、誰かの責任にしてはいけない。……何て、今の俺が言っても説得力はないな。俺は確かに、君に軍人……戦士としての嗜みを強要している。人を殺す覚悟を持てと、要請しているんだからな」
イアンにも、同じような事を言われた。
〈ククルカン〉を使ってタクマをいたぶった事を、俺は嫌悪した。もうテクターを纏いたくない、テクストロには出たくない。でも、と、俺は言った。イアンが出ろというのなら俺は出る、と。
でもイアンは、そんな気持ちで出られても嬉しくないと言った。俺が全ての責任をイアンに明け渡して、逃げ出す事を許さなかった。
当たり前だった。人は、自分の事しか背負えない。他人を背負う事なんて出来はしない。背負う事があるとすればそれは勝手な思い込みで、自分を奮い立たせる為の暗示のようなものだ。何人もの思いを背負うなんて良く言うけれど、そんなのは自分から逃げる事だ。自分の責任から逃げる為に、他人をダシに使うような事なのだ。
でも、それは普通の人間の話だ。
現世でしか背負う者のない人間ならば、それで良い。
俺は、世界を跨いで尚も消えないこの罪を背負い、罰と向かい合い続けなければならない。
俺はそれを、逃げる事だとは思いたくない。
「分かっています……」
俺は言った。
「俺、〈ククルカン〉として、戦います」
俺は言った。
俺に、更に一週間の猶予が与えられた。
身体の調子を取り戻す為の時間だった。
様々なトレーニングや栄養補給、充分な休息で、眠っている間に失った体力を取り戻し、スタミナの上限を引き上げて、戦場に耐え得る身体を作り上げる。付け焼き刃である事に変わりはないが、リュウゼツランの力をより効率的に引き出すには、健康的な肉体が必要だと判断した。
その間に、魔術師たちを殲滅出来れば、それはそれで構わない。
出来得る限り、既存の軍人や募集した市井のコンバット・テクター使いたちで奮闘し、魔術師を追い詰める。各地に散らばったゲリラを殲滅し、彼らの拠点となった南米大陸の特にユカタン半島に退却させ、そこで決着を付ける。
その時に、〈ククルカン〉はジョーカーとして出撃する。
ダイア一佐は、〈ククルカン〉をお飾りと言った。中世ヨーロッパに於けるジャンヌ=ダルクのような、勝利を約束された軍団の象徴として、〈ククルカン〉を扱うと。その存在によって、味方の士気を上げ、敵の戦意を削ぐ事が最大の目的であるという事だった。
だが、リュウゼツランによる一騎当千を期待している事も確かだ。
アスランとの戦いでは、リュウゼツラン発動までに時間が掛かったし、俺自身、あのシステムを拒絶している部分があった。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉がA級のコンバット・テクターであった事を差し引いても、万全の状態ではなかったのだ。
仮に俺がリュウゼツランを受け入れて、〈ククルカン〉の真の力を解放した場合、テクターは俺自身の意識さえ引き千切りながら、全ての敵を葬り去るだろう。誰一人として追い付けないスピードと何者にも屈しないパワーで、無双を誇る事だろう。
イアンは、〈ククルカン〉は俺にしか扱えないと言っていた。それは、俺に闘争心が極めて少ないからだ。しかし実際にはそうではなく、闘争心の発露を、俺自身が恐れているからだ。前世の記憶を引き継いでいる俺は、過剰なまでの闘争本能……殺意と呼べるものを抱いている。リュウゼツランはそれを無理矢理引き摺り出してしまうのだ。
だが、それだけでもきっと、リュウゼツランは使用者を暴走させるに留まるだろう。俺が〈ククルカン〉を纏い、冷酷なまでの戦闘スタイルを採れる理由は、俺の殺意が決して情動に揺り動かされるタイプではなくて、冷徹な合理性に基づいた殺傷本能によるものだからだ。
前世の記憶を辿るに、俺は鬱憤を晴らす為に殺しを行なっていたが、感情的に殺した事はない。腹の底に溜まった黒いものを、純粋に殺意の刃に尖らせて、淡々と殺しを愉しんでいた。まるで食事をするように、単なる栄養補給のように、無言で差し出された頸に刃物を押し当てていたのだ。
そんなやり方で、残酷に過ぎる報復を受ける程に罪を重ねたのだ。俺は日常生活に於いても周囲の人間たちを欺き、恐らく友人と言うべき者たちと微笑み合っていたのだろう。
友達や仲間の前では温和に振る舞い、けれど合理的に知的に冷静に殺しを愉しむ――心理学的に言うとサイコパスという人格の一種だった。
アキセ=イェツィノはそうではないが、この俺の本質は、そういう所にあるのかもしれない。そうした冷酷な面が、リュウゼツランの力を最大限に活用するのに必要な力なのかもしれなかった。
トレーニングを終えて、マッサージを受けた俺は、用意されたVIPルームで寛いでいた。
ヒノクニでも最高峰のジムからトレーナーを呼び、短期間で肉体改造を行なった。最初はきつかったが一日も続ければ慣れ、それからは身体が軽くなったようだった。身体が軽くなった分、より激しいトレーニングにも付いて行けるようになる。
トレーニングの後は超高級メイドロイドによるマッサージだ。メイドロイドも高級になればなる程、人間に近い容姿を持ち始める。人工皮膚だと分からないくらいで、表情や思考の動きも機械とは思えなかった。下手をすれば恋をしてしまいそうだったが、だからこそアンドロイド関連の法案で、人間に近い容姿のアンドロイドは厳しく規制されている。
身体には良くないだろうが、投薬もしている。トレーニングの時間を出来るだけ確保するのに、ショートスリーブを身体に叩き込んだ。あの悪夢は殆ど見なくなり、夢の中でもトレーニングを続けている。
寝そべっているだけでも、母親の胎内を感じられる柔らかくて温かなベッドで、俺は天井を見上げていた。
あれから、もう五日が立っている。
明日にはヒノクニを立ち、その半日後には地球の裏側で僕が指揮する事に――形だけだか――なっている部隊に顔を見せる。
次の日までに作戦を共有し、そして夜が明けたら……
そう思っていると、ドアがノックされた。
「アキちゃん? 入って良いかしら」
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