Part4 戦禍

 俺はベッドの上に寝かされているらしかった。光を反射する白い壁に囲まれており、眩しさに眼を細めた。手で顔を覆おうとしたが、巧く手が動かなかった。


 頸が痛む。眼球だけを動かして周囲を見渡すと、左手には窓があり、綺麗な青空が広がっていた。


 鼻の感覚が戻って来たので匂いを嗅いでみると、何となく消毒薬の匂いがした。それに、動かない左腕を見てみると、肘の辺りからチューブが伸びている。その先には液体の詰められた袋がぶら下がったパイプのスタンドが立っていた。点滴スタンドだ。


 どうやら俺は、病院にいるようだった。

 イアンが入院していた所とは、少ししつらえが違うようだ。


 記憶が、途切れている。


 憶えていたのは、〈ククルカン〉を纏い、テロリストのアスラン=アージュラと戦って、彼らの仲間が呼び出した巨大なコンバット・テクターに敗れたという事くらいだった。


 そこから記憶がない。という事は、それから今まで、ずっと眠り続けていたという事なのだろうか。


 上体を起こそうとしたのにやたらと固まってしまって動けないのを見るに、その想像で当たっているのかもしれない。


 やがて、病室のドアがノックされた。


 病室は広いのだがベッドは一つしかなく、部屋の端の方に大型のテレビが置かれていた。今時、あんなに大きなインチのテレビは流行らない。映画館だって数が少なくなっているのだ。迫力のある映像ならば、VRなどの方が普及している。


 まるでVIP室、その扉を開くのなら、中にいる俺に用があるという事だった。


「アキセ!」


 ルカちゃんだった。彼女は病室に飛び込んで来ると、俺のすぐ横にやって来た。


「眼が覚めたのね!?」

「ルカさん、いきなり大声は……」


 横からアミカちゃんが、ルカちゃんを諫めた。ルカちゃんは口元を押さえて、「いっけね」と舌を出した。


「でも、眼を覚まして良かった。アキちゃん、一週間も眠りっ放しだったのよ……」

「そうそう、ルカ先輩もアミカ先輩も、ずっと泣いて心配してたんですよ」


 ひょっこりと顔を出したのは、イツヴァちゃんだった。見れば、確かにルカちゃんもアミカちゃんも眼を真っ赤にしている。こんな俺の為に涙を流してくれるなんて、俺は申し訳ない気分になった。


「も、もう、イツヴァ! 余計な事は言わないの!」


 ルカちゃんがイツヴァちゃんの頭を腕で締め上げた。イツヴァちゃんがぱんぱんと腕を叩く。アミカちゃんなどは泣き腫らしたらしい眼ばかりでなく、耳まで真っ赤にして俯いてしまっている。


「お前ら、病院だぞ。少しは落ち着け……」


 車椅子の上から、イアンが言った。頸もサポーターを使ってきつく固定している。前以上に包帯でぐるぐる巻きにされ、ミイラのようだったが、いつだかベッドの上で見た時よりは元気になっている様子だった。


「今度は逆だな」


 そう言ってイアンは笑った。

 俺もどうにか、微笑みを浮かべた。


「ここは?」


 俺が訊くと、イアンが答えてくれた。


「警察病院さ。ダイア一佐の口利きで、一番良い部屋を使わせてくれてる」

「ダイア一佐の?」

「お前は眠ってたから知らないだろうが、俺たち、表彰されたんだぜ。コンバット・テクター使いのテロリストから、被害を未然に防いだってさ」


 イアンの言葉に、ルカちゃんたちも胸を張っていた。話では、病院を破壊しようとしたテロリストたちと俺たちが戦い、彼らを退却させたという事になっているようだった。


 しかし、俺はそんな気分にはなれない。一番被害を齎したのは、俺だと思っているからだ。リュウゼツランを発動した〈ククルカン〉が、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を抱え上げて病院の中に飛び込んだのだ。


 病室のドアが、ノックされた。


「入って良いかな」


 ダイア一佐の声だった。


 入室した一佐に、ルカちゃんたちが背筋を伸ばしたが、ダイア一佐は手で制して不要との意思を示した。


「眼を覚ましたようで安心したよ。話は出来るかな?」

「はい……」


 と、返事はしたものの、口の中がからからに乾いており、巧く言葉を紡ぐ事が出来ないようだった。ダイア一佐はベッドをリクライニングにして上体を起こしてくれた。アミカちゃんが洗面器を、ルカちゃんが水を注いだコップを持ってやって来て、俺はうがいをして口の中を潤した。


「君たちが受勲した事は聞いたかな」

「はい」

「居住エリア、地区、ブロック、それぞれ一枚ずつイアンくん、ルカさん、アミカさん、イツヴァさんに感謝状が贈られた。君にはそれに加えて連盟政令国家……このヒノクニから表彰されている。イアンくんは公務員試験のブラックリストから消去され、アミカさんのご実家のGAF社には多額の報奨金が振り込まれたよ」


 イアンは、父親が町のコンバット・テクター工場をやっていた事で、新法の成立以来、試験を受ける事が出来なくなっていた。その禁則が解除されたという事だった。


「また、君の学費も一六期まで全額免除される事になる予定だ」

「……凄いですね……」

「だろう?」

「僕たちは、そこまでの事を、したんですか?」

「勿論、下心あっての事だ」


 ダイア一佐は隠そうともせずにそう言うと、部屋のテレビをベッドの前まで移動させ、電源を入れた。


 どのチャンネルを回しても、ニュースでいっぱいになっていた。


 内容は、魔術師たちが団結して魔導集団を結成し、ガイア連盟に向けて宣戦布告をしたというものだった。既に各国ではゲリラ的な反連盟活動が活性化し、ヒノクニに於いてもテロリズムが横行しているという。


 当初は多くの国の代表者が、武力による制圧ではなく対話による和解を声高に叫んでいたが、相手に交渉の意志がないと分かると、いつまでも手をこまねいている連盟に市民からの不満が爆発した。それまでは軍備の強化を推進していた大臣や党派に反対していた者や、魔導という名称を好まない文化人たちも、掌を返して魔導教団の殲滅に乗り出すようデモを起こしている。


「あの二日後だ。そしてたった二日で、世界は戦争へと突入した」

「――」

「各地に潜伏していた魔術師たちが一斉に蜂起し、連盟に戦いを挑んで来た。彼らはノースアメリカを拠点に、各地に戦闘員を派遣している。連盟はどうにか破壊行為を喰い止めようと奮闘しているが、死を恐れない魔術師たちの戦法に戦力差を覆され掛けている。戦いは長引き、こちらの戦意も低下している状況だ」


 ダイア一佐は苦い顔で言っていた。


 チャンネルを回してみると、各国の戦闘の様子が映し出されていた。空を埋め尽くす程のコンバット・テクターの群れ同士がぶつかり合い、爆発し、墜落してゆく。連盟のマークを付けたコンバット・テクターを次々と倒してゆく魔導教団のアーマーの中には、あの時眼にした〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉や〈ガギ・ギーガ〉などの姿も確認出来た。


〈エージェント・オブ・ダークネス〉が出撃した時などは最悪だ。一個師団があっと言う間に壊滅させられている。まるで虫を踏み潰し、払い落とすかのように振る舞っている“終末の大鋼人”だが、実際に失われているのは無数の人の命だった。


「俺が、病み上がりの君にこの話を聞かせた理由が分かるか?」

「――」


 分からない……と言えば、嘘になる。ダイア一佐自身が経験した事を、俺にさせようとしているのかもしれない。


「僕に、軍人として、出撃しろって事ですか……?」

「そうだ」


 ダイア一佐はテクストロで優勝した学生時代、〈ブロッケン〉を伴って魔術師の反乱に参戦している。


 テクストロに参加した人間には、そういう事もあると分かっているのだろう。


 しかし俺は自ら進んで参加した訳ではないから、学費の免除という破格の条件を出している。いや、実際には俺がやった破壊活動を、全てアスランたちの責任として処理しているのだった。


「何も、前線で戦えという事じゃない。……いや、前線に出て貰わなければならないという意味では変わらないが……」

「――〈ククルカン〉ですか」

「そうだ。〈ククルカン〉は、彼ら魔術師にとって自分たちの大将のような意味を持つ。前回の戦いの折には率先して敵陣に飛び込み、戦力差を引っ繰り返した天使さまだからな。それが敵に回った時、彼らの戦いへのモチベーションは少しく減少するだろうという、上層部の判断だ」

「――」

「既に〈ククルカン〉の情報は国民全てに開示されている。かつての我々にとっての悪魔が、正義の心を宿して連盟に味方したと、そのような報道がなされているんだ。もう、〈ククルカン〉は国民的ヒーローなんだよ」


 ダイア一佐は無表情にそう言った。きっと、胸の内の何らかの思いを隠そうとして、被った仮面だった。

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