Part2 六道

 俺を含めて、六つのコンバット・テクターが集まっている。


“白い太陽王”〈ククルカン〉。

“黒の重装騎士”〈ブロッケン〉。

“七変化の鷲”〈ラプティック・ブレイヴ〉。

“切断女帝”〈コトブキ〉。

“紫紺の閃光”〈ユリムラサキ〉。

“神速の紫焔”改め“紫の火薬庫”〈パープル・ペイン改〉。


「――良いじゃねぇか、てめぇら、全員纏めて、火葬にしてやるぜ!」


 アスランが吼えた。


 炎を絡み付かせた三面六臂の赤いテクターは、“闘争紅魔”〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉。


 その横に、“暴食の鬼人”〈ガギ・ギーガ〉がいる。


 グラトリはアスランの前に手を出して、今にも躍り掛かろうとしている彼を制した。


「ジュストがやられたんだ、少し冷静になろう」

「何言ってやがる? てめぇだって盛り上がって来た所だろう!?」


 ジュストというのは、“蠱惑の獣師”〈ジャミング・フェノメノ〉を装着していた女性の事だろう。彼女の武器を利用して、俺は〈ジャミング・フェノメノ〉を行動停止に追いやった。〈ジャミング・フェノメノ〉はコンバット・テクターとしての機能の多くを使う事が出来ず、テクターを破壊されたままその場に寝転がっている。


「俺もそれをお勧めするぜ」


〈ブロッケン〉を纏う、ダイア=ギルバート一佐が言った。


「学生諸君の力を見縊り、油断し、弱ったお前たちに、ここから逆転する術はない。大人しくお縄についたらどうなんだ?」


 ダイア一佐の言う通り、戦力差は明らかだ。ジュストは気を失っているし、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉は放熱の影響で装着者が行動出来なくなるまでそう時間はないだろう。〈ガギ・ギーガ〉はさほどダメージを負っているようには見えないが、それでも〈ブロッケン〉と戦った疲労がある筈だ。


〈ククルカン〉はシュバランケを失ったが、それでもリュウゼツランの力を解放すれば、彼らをより追い込む事だって可能と思われた。


〈ブロッケン〉が詰め寄ると、


「その通りです」


 丁寧な口調と共に、彼は現れた。


 俺たちとアスランたちの間に、平然と歩み寄って来たのは、礼服を身に着けた、長身の美青年だった。同じく美しい容姿のイアンに少年っぽい甘さが残っているのに対し、彼は研ぎ澄まされた刀のように、曇りのない美貌の持ち主だった。それでいて線の細さがなくてがっちりとしており、彫刻のような逞しさがあった。


「カイン、何故……?」


〈ガギ・ギーガ〉が訊いた。


 カインと呼ばれた男は、その質問には答えずに倒れていたジュストを抱え上げた。防御力が低いと言っても、決して軽い訳ではないコンバット・テクターを含めた人一人の体重を、軽々と抱き上げてしまう。


「お前、何処かで見た顔だな? リストには載っていなかったが……」


 ダイア一佐が訝しむように言った。

 カインは微笑みを湛えたが、やはり質問には答えなかった。


「アマクサ、インヘル……」


 カインが言うと、彼と連れ立って来たのであろう、二人の男女が現れた。一人はカインに輪を掛けて背が高く、筋肉で膨れ上がった見事な体格の男。もう一人は、ゴスロリ衣装を纏い、黒い犬のぬいぐるみを抱えた少女だった。


「お前は……!」


〈パープル・ペイン改〉の中で、イアンがインヘルと言われた少女を確認した。あのリストにも載っており、イアンが敗北を喫したというゴスロリ少女だった。


「情けねぇな、アスランちゃんよ。奴さん、まだリュウゼツランを使ってないみたいじゃねぇか」


 冷静な〈ククルカン〉……俺を見て、アマクサが言った。リュウゼツランが発動していれば、こんな風に悠長に敵とお話をしている事はない。相手がどうであろうと、戦闘不能になるまで追い詰めるという機能の筈だった。


「やかましい……糞ッ」


 アスランは前に出ようとしたが、カインが「待て」と言ってやめさせた。


「ここは退却しよう……」

「な――〈ククルカン〉は良いのか!? 放って置いて」

「良い、と、導師が仰っていました」

「てめぇ、リーダー気取りのくせに、あんな奴の言う事にへいこらするのか!?」

「彼の理想は私たちの思うよりもずっと高い……優れたものを礼賛するのは人として当然の事」

「ぐ……」

「それに、貴方や彼女の傷を見たら、心配すべきは〈ククルカン〉よりも貴方たちの方である事が分かります。一応様子を見に来て、正解でしたね」

「全くだ」


 ダイア一佐が口を挟んだ。


「インヘル……インヘル=シヴァジット。それにアマクサ=ゲンイチロウ。まさかA級のテロ魔術師が勢揃いしているとは思わなかったぜ。一網打尽にしてやる」

「それもお断りします。……インヘル、頼みました」

「わかった」


 インヘルは頷いて、胸に抱いた犬のぬいぐるみを前に突き出した。子供らしいぱっちりとした眼が細められると、妙齢の魔性が溢れ出すようであった。


「逃げろ、皆!」


 イアンが叫んだ。以前、彼女と相対しているイアンは、彼女が何をするか、知っていたのだろう。


 俺と〈ブロッケン〉は同時に〈パープル・ペイン改〉の左右に付き、〈ラプティック・ブレイヴ〉が〈ユリムラサキ〉を抱えた。〈コトブキ〉は自らの力で後方に跳んでいる。


「着甲」


 少女は艶やかな口調で呟いた。すると、犬のぬいぐるみの顔が持ち上がり、空に向かって顎を開いた。口の中から赤や蒼や黄色や黒や白の粒子が大量に舞い上がり、上空で渦を巻いて、太陽の光を覆い隠してしまうようだった。


「離れろ、もっと離れるんだ!」


〈ククルカン〉と〈ブロッケン〉は、〈パープル・ペイン改〉の指示に従って、更に遠くへと離脱した。


 五色の雲に隠された太陽から、巨大なものが墜落して来た。病院の建物を軽々と凌ぐ大きさを持った、鉄の塊であった。俺は、太古の昔、王の墓として作られたというピラミッドや古墳の姿を思い描いた。


 しかしそれは、旧世代の建築物ではない。何故ならそれは地響きを引き起こしながら二本の足で立ち上がって、二の腕にはさっきの五人を乗せていたからだ。


 黒いボディから、犬をモチーフとしたような赤と蒼の両腕と黄色い両脚が生え、背中には白い棍棒を背負っていた。巨体の落下によって舞い上げられた粉塵が、空を地上から覆ってしまっている。四〇メートルくらいはあるのだろうか、頭部は余りに高い場所にあり過ぎて、地上から確認する事は難しかった。その関節のアクチュエータはロケットのエンジンのように大型のものを使用している。直立する寸前に垣間見たものが顔ならば、髭を生やした憤怒の表情の男性をモデルにしているようだった。


〈ククルカン〉のモニターには、〈エージェント・オブ・ダークネス〉と表示された。“終末の大鋼人”だ。


「これって、イツヴァ、やっぱり……!」

「ええ、あの魔導教団の本尊……」


 ルカちゃんとイツヴァちゃんが何か言葉を交わしていたが、俺にはすぐには分からなかった。


〈エージェント・オブ・ダークネス〉は、胸の前で左手の上に右手を乗せている。その右掌の上に、カイン、アマクサ、ジュスト、アスラン、グラトリが乗せられていた。


「〈ククルカン〉を纏う少年!」


 カインが、俺に向けて大声で語り掛けた。


「大罪を転ぜしめ世界を超越して生まれ落ちたるその身をいとえよ! お前は我らが御子! その忌まわしき記憶こそが聖痕を授かりし者であるという自覚を、ゆめ忘れぬようにな。……やがて、お迎えに上がります、我らが御子よ……」

「な……」


 知って、いるのか。

 あの男は、俺の事を……。


 俺が別の世界で罪を犯し、その罰のままにアキセ=イェツィノとして生まれた事を!?


 動揺した俺を、リュウゼツランが蝕んだ。脳内に溢れる闘争心が剥き出しになる。眼の前が真っ赤に染まった。鼻の奥から鉄の匂いがする。口の中に血の味が満ち満ちた。


「アキセ!?」


 ルカちゃんが、翼を展開して飛び立った俺に、声を掛けたようだった。


 俺は数十メートルを一気に駆け上り、彼らのいる暗黒巨人の胸元まで到達した。にこりと微笑むカインの顔を見ると、益々俺の闘争本能に火が付いた。俺はまだ腕に残っている〈グランド・バスター〉のカプセルから、今度はサラマンドラを呼び寄せた。


〈エージェント・オブ・ダークネス〉はエネルギーチャージを始めようとした俺を見下ろした。そしてその口を開くと、俺よりも速くチャージしたレーザーを俺に向けて放射した。


〈ククルカン〉は再び、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉のプラズマハリケーンを防御したのと同じ方法を取ったが、エネルギー残量の問題か、完全に防ぎ切る事は叶わなかった。


 落下した俺は、その衝撃で解除された〈ククルカン〉が爆発させたガスのお陰で、地面に激突する衝撃から逃れる事が出来た。ガスを少し吸い込んで咳き込むと、全身が軋むように痛んだ。リュウゼツランの発動によって、自分の肉体の許容範囲を超えた動きをしてしまったからだ。


「アキセ!」


〈パープル・ペイン改〉と〈ラプティック・ブレイヴ〉、〈ユリムラサキ〉が駆け寄って来る。


〈ブロッケン〉と〈コトブキ〉は、〈エージェント・オブ・ダークネス〉を見上げた。


〈エージェント・オブ・ダークネス〉は、全身から濃厚な霧を噴射し始めた。それは余りにも巨大なコンバット・テクターの姿をすっかり覆い隠してしまった。


「センサーが効かない……」


 ダイア一佐が言った。あの霧に、そういう効果があるのだろう。


 既に〈エージェント・オブ・ダークネス〉の姿は、ブロッケン現象のように幻だけが残るものになっている。巨人の眼の光だけが、霧の中に暫くの間、残留していた。


「兄さん!」


〈コトブキ〉がそう言っていた。


 寝そべった俺の顔を、雨が叩いた。〈エージェント・オブ・ダークネス〉の噴き出した霧が、凝結して局地的な雨を降らせたのだった。その冷たさの中で、俺は全身の痛みに眼を閉じた。そのまま、意識を闇の中に沈めて行った……。

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