第六章 戦禍の序章

Part1 集結

〈ククルカン〉を纏った俺と、〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉を纏ったアスランが、病院のフロントで向かい合っている。


 フロントと言っても、屋根をぶち抜かれ、床に大穴を開けられ、既に周りに人はいない。瓦礫が重なり、煙で満ちた、廃墟の様相だった。


「白けるぜ……」


 アスランが俺に言った。


 俺は〈グランド・バスター〉のドラゴブレードを構えながら、アスランを睨み付けていた。


 こめかみの辺りで、心臓が鳴っているような気がする。眼の前が真っ赤に染まっていた。リュウゼツランが齎す脳内麻薬の大量分泌が、俺の意識を再び奪い取ろうとしているのだ。


 俺はどうにか、それに抗っていた。耳の中に、タクマの狂乱した叫びと恐怖の表情が残っている。


「あんな餓鬼を助けるなんてよ。戦いの最中に、それ以外の事を考えるんじゃねぇ」


 タクマは、前のテクストロで俺……〈ククルカン〉と戦い、圧倒的な力の差を見せ付けられ、シュバランケによってトラウマを植え付けられた。だから、〈ククルカン〉そのものや、俺の姿を見て、その時の事がフラッシュバックして発狂しそうになっていた。


 俺は、建物から避難しようとした彼の前に〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉と共に現れた。〈ククルカン〉を見たタクマは絶叫し、危うく〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の手に掛かる所だった。


 その恐怖の叫びが、一瞬、俺の頭を冷やさせた。リュウゼツランの為に加熱していた俺の頭が急速にクールダウンして、タクマとアスランの間に飛び込ませたのだった。


 あの叫び……

 人が、理不尽に命を奪われそうな時に発する叫びだった。


 俺がアキセ=イェツィノとしての生を受ける以前、自ら好んで上げさせた悲鳴だ。俺は以前、その声を出させるのが、その表情を見るのが好きだった。腹の底から湧き上がる言いようのない鬱憤を、他人に残虐を尽くす事で晴らしていたのだった。


 けれど、今はもう、ごめんだ。


 何故なら、人に対してそんな事をやった俺は、人から同じ事をされて死んだからだ。


 上げさせた悲鳴の何分の一だって、俺は発していない。俺が与えた傷の何十分の一だって、俺は味わってはいないのだ。


 世界を跨ぎ、俺は俺を裁く律法から解放された。けれど、俺自身の、アキセ=イェツィノとしての道徳心のようなものが、俺を許していなかった。


 だから俺は、もう、あんな風に人を傷付けてはいけないし、誰かがそれをやろうとしているのならば止める責任がある。俺はきっと、俺の命を懸けて人を救う為に生まれ変わったのだ。


 タクマを助けようとした時、俺にはそれが分かった。

 いや、イアンの懇願を聞いた時から、それを知っていた。

 そうじゃない、あの時、名前も知らない少年をテロリストから庇おうとした時に、もう理解していたのだ。


 俺は、俺が奪った命の分まで、自分の命を擲ってでも命を守らなければいけないのだ。


「さぁ、続きだ! もっと燃え上がろうぜ、もっと熱く、もっと強く、もっと激しくゥ!」


〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の装甲の表面が、歪み始めた。いや、強力な熱が発せられているので、そのように見えているだけだ。どれだけの熱なのか、〈ククルカン〉のセンサーが検出する。……不味い。


 俺は〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉に背中を向けて逃げ出した。間もなく、爆発が起こる。〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が発生させた熱が、病院の瓦礫から舞い上がった粉塵を着火させたのだ。連鎖的に弾ける室内から、俺は素早く脱出した。


 開きっ放しだった自動ドアを壊すように病院の外に出ると同時に、空気が大量に流れ込んで、炎は更に大きく燃え上がった。激しい爆音から耳を守る為、〈ククルカン〉が集音機能をシャットする。無音の空間の中で、俺は遠くまで弾き飛ばされた。


「え……あ、アキセ!?」


 病院の中庭まで吹き飛ばされた俺は、花壇に墜落した。俺に呼び掛けたのは〈ラプティック・ブレイヴ〉を装着したルカちゃんだった。


「〈ククルカン〉……!」


 もう一つの声は、ボンデージ風のコンバット・テクターから聞こえて来た。〈ククルカン〉内部のモニターに、〈ジャミング・フェノメノ〉という名称が表示される。


〈ジャミング・フェノメノ〉は俺の姿を見るなり、手にした鞭で攻撃して来た。ジャミングスウィンガー・ウィップモードでの振り下ろしを、俺は横に転がって避ける。そして〈ククルカン〉は、俺の意志に関わらず〈ジャミング・フェノメノ〉を敵と認識し、ドラゴブレードで斬り付けてゆく。


「あれ、〈グランド・バスター〉の……?」


 アミカちゃんがそう呟くのが聞こえた。〈コトブキ〉は〈ユリムラサキ〉と共に〈ラプティック・ブレイヴ〉に寄り添っている。


 ドラゴブレードの一撃を〈ジャミング・フェノメノ〉は躱した。大剣の扱いはどうしても動作が遅くなり、隙が生じ易い。だから一発で仕留めないと、敵に与えてしまう反撃を準備する時間が増えてしまう。


〈ジャミング・フェノメノ〉はまさにそれを利用して、俺の懐に飛び込んで来た。剣を引き戻すより、拳を放つより近い距離で、ケインモードに変形させたジャミングスウィンガーで突きを放ったのだ。


「返して貰うぞ、我らが王の鎧!」


 ジャミングケインの先端が、俺の胸を突き刺そうとした。刹那、コンバット・テクターが爆ぜて、俺と〈ジャミング・フェノメノ〉は後方に吹き飛ばされてしまった。メタル・プレート内に充満したガスが、リアクティブ・アーマーの働きをしたのだ。


 最強武器シュバランケを内蔵した胸部装甲が弾け飛び、攻撃力と防御力を同時に失う事になった。しかし見るからに防御力で言えば低いと見える〈ジャミング・フェノメノ〉は、吹き飛ばされはしたものの受け身を取って立ち上がり、すぐさま追撃を掛けて来た。再び鞭の一閃。


「着甲!」


 俺の口が自然と動いた。

 すると右腕装甲内にセットした〈グランド・バスター〉のカプセルから、胸部装甲だけが噴射された。白いコンバット・テクターだった〈ククルカン〉の胸だけが、〈グランド・バスター〉の金色に染まった。


 ジャミングウィップにはテクターを解除させるだけの威力は出せないようで、俺は装甲から鞭が跳ねた瞬間、左手で鞭を捉えていた。


「不味い……」


 鞭を通じて、〈ジャミング・フェノメノ〉内の女の人の声が聞こえて来た。彼女が不味いと言ったのは、このままではコンバット・テクターの主導権を奪われて、俺に逆襲されるからだ。


〈ククルカン〉は、〈グランド・バスター〉の装甲や武器を自らのものとしたのと同じ原理で、〈ジャミング・フェノメノ〉の武器にハッキングし、彼女の装甲の機能を低下させた。〈ジャミング・フェノメノ〉は他のコンバット・テクターのパフォーマンスを低下させる能力を持っているが、それは同時に自身のテクターにも影響を及ぼし、テクターとしての機能の大半を使えなくしてしまうようだった。


 そして〈ジャミング・フェノメノ〉の機能は、テクターとジャミングスウィンガーが近くになくては使用出来ない。テクターに最低限残った機能も、スウィンガーを手放してしまうと無効化される。


 俺は鞭を手繰り寄せて、武器を放せない〈ジャミング・フェノメノ〉を引っ張った。地面にハイヒールをめり込ませて堪えようとするが、〈ククルカン〉の膂力の方が遥かに上だった。


 宙を舞い、俺の方へ近付いた〈ジャミング・フェノメノ〉の胸元に、〈ククルカン〉の拳が炸裂した。装甲が破壊されたがリアクティブ機能は発揮されず、直接的な打撃のダメージと、装甲を振動させられた鎧徹しの原理によって、内部の人間へのダメージは倍増されただろう。


〈ジャミング・フェノメノ〉装着者は蹴鞠のように高く飛び、地面に落下した。その衝撃でヘルメットが割れ、素顔が現れる。


「莫迦な……ただの学生風情が、何故、〈ククルカン〉を使いこなせるのだ……?」


 落下したインパクトで、内臓が歪んでいるのだろう。苦しげに言うと、女はそのままがくりと頭を地面に落とした。


 俺は彼女を助けるべく、歩み寄ろうとした。


「〈ククルカン〉!」


 グラトリと呼ばれた男の声がした。〈ガギ・ギーガ〉が、俺の方へ走って来る。その後ろには、〈ブロッケン〉と、〈パープル・ペイン改〉の姿があった。


「〈ククルカン〉!」


 燃え盛る病院の出入り口から、炎を纏った〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉が飛び出して来た。あれだけ放熱し、粉塵爆発を起こさせる程に表面温度を上げた装甲の中では、地獄の苦しみを味わっているだろうに、凄まじい精神力だった。或いは、どれだけ苦しくても戦いを続けさせるのが、あの〈ヴァイオレンス・ブレイザー〉の機能なのだろうか。


「アキセ!」

「アキセくん!」

「イェツィノ先輩……」

「アキちゃん!」


 俺の下に、その場にいたコンバット・テクターたちが集まって来た。

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